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第1章 身代わりの婚約者
7話
しおりを挟むリディアがアーノルドに手を伸ばしたとき、強く腕を引かれたような感覚があった。石像から彼を庇うつもりが、なぜかリディアが守られるような体勢になっていて。
土砂崩れを起こしたように降りかかる砕石は、アーノルドの背中を容赦なく襲った。
「アーノルドさ、まっ、んっ」
途中、彼を呼ぼうとしたリディアの声はなにかによって塞がれる。
そして、気づけば彼の瞳がすぐ目の前に。それこそ、誓いの口づけを交わそうとしたあのときよりも近い距離にアーノルドの顔があった。
「……ん、むっ」
むにゅっとした柔らかいなにかに覆われている唇。しかも、微妙に生温かいような。初めて触れる感触だ。
リディアは視線のすぐ先にある緋色の瞳をじっと見つめる。宝石のような綺麗な瞳。ずっとずっと、このまま眺めていたい。
危機的事態にもかかわらず、そんな淡い願いを抱いてしまう。状況が読み込めていないのか、何度も何度も瞬きを繰り返すアーノルドに、リディアは両腕をするりと回した。自分の手から離れないようにぎゅっと。
「っ……!」
白く冴えたアーノルドの顔が熟れた果実のようにぼっと赤く染まり、ちゅっと可愛らしい音を立てて唇が離れる。リディアから距離を取ろうとすることで切羽詰まっていたのか、そのまま後方の砕けた石像に頭をぶつけていた。
「アーノルド様!」
「ん、ぐっ……!」
骨が歪んでしまうような痛々しい音だった。
相当、強い衝撃だったのだろう。
アーノルドは本日二度目の白目を剥いて、ふらりふらりと頭を揺らす。リディアは慌てて彼を受け止めようとしたが、それを遮るようにどこからともなく突風が吹き荒れた。
「んっ、あっ、アーノルド様……!」
アーノルドの背中に伸し掛かっていた石像の破片が宙に浮かび、吸い込まれるようにして一つの塊に圧縮されていく。忽ち小石ほどの大きさまで縮んだ石像の破片は、そよ風に吹かれるように空気中を漂っていった。
「……ふん。まさか、あの男の息子だったとは」
低く呻くような声が頭上に落ち、リディアは気を失ったアーノルドを守るようにして腕の中へと抱き寄せる。視線を上げた先に立ちはだかっていたのは、酷く冷たい眼差しを向けた父親だった。
まるで、眼力だけで人を消してしまいそうな恐ろしい形相。形だけでも父を止めようとしていたのか、衛兵達はすぐ側て石像のように硬直していた。
アーノルドを抱き締めるリディアの両腕も、自然と震え始める。
しかし、どんなに父が恐ろしく感じられても。リディアはアーノルドの側からは絶対に離れない。
アーノルドを巻き込んでしまった罪悪感からか、それとも心の奥底にひっそりと芽生えた感情からか。彼を父親という名の魔王から守らなければいけないという鋼の意志がリディアを奮い立たせていた。
リディアが青く透き通った瞳でアーノルドを見守る中、娘と同じ色を宿す父の瞳は徐々に狭められていく。
「……王都騎士団員の若僧が。リディア、その男を渡せ」
「嫌です、お父様。アーノルド様に危害を及ぼすのなら尚更です」
「アーノルドさま、だと?」
隠し切れない魔力のせいか、リディアの父親の髪が別の生き物のように揺らめく。
リディアとは似ても似つかない切れ長の瞳はこれ以上ないほどに見開かれ、身体を貫いてしまうような眼力が放たれていた。
はっきり言って、大魔王以外の何者でもない。
「お父様、まずはどうか話を聞いてください」
「嫁入り前の娘を誑かすような男の話を聞けと言うのか」
「どうしてそうなるのですか! アーノルド様は……」
リディアが誤解を解こうと異を唱えようとしたそのとき──
鼓膜を突き破るような轟音と共に、甲高い悲鳴が聖堂内に響き渡った。
父親が勢いよく振り向いたその先。
聖堂内前方の一際目立つ派手な椅子。
そう、本来はリディアの父が座るはずだった空白の席に。淀んだ色を交えた光の柱が、地響きを立てながら天へと凄まじい勢いで昇っている。
リディアは思わず言葉を失った。
実際のものは目にしたことはないが、幼い頃に地下の書斎で読んだことがある。
あの光は一種の莫大な魔力に反応して、爆発を起こす高位魔法だ。数十年前、ギルシュタイン侯爵家の頭領の暗殺で使われたことをきっかけに禁忌とされたはずなのに。
魔力の持ち主に触れなければ反応しないはずだが、誤作動を起こしたのだろうか。
いや、それよりも。
そんなことよりも。
「……一体、誰が」
混乱に陥った大聖堂内を冒していく冷たい空気。底知れぬ恐怖に震える中、リディアは無意識にアーノルドの手をぎゅっと握り締めていた。
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