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after story2
しおりを挟む父に情事の現場を見られてしまったレベッカは、別室へと一人連れ込まれ、お説教を食らっていた。
「全く、結婚式まであと一ヶ月だと言うのに、何故お前達は我慢ができんのだ!」
両腕を組みながら仁王立ちをする父を前に、レベッカは身体を縮こめるようにして視線を落とす。
「……ごめんなさい。でもアレッサンドは悪くないんです。三ヶ月前に初めて誘ったのは私なんです」
「さ、三ヶ月前!?」
声を裏返して目を大きく見開く父に、レベッカは慌てて口元を覆う。これでは三ヶ月前からずっとアレッサンドとセックスをしていたと告白しているようなものだ。
レベッカの父は暫く微動だにせず固まっていたが、何かを諦めたように深々と息を吐き出した。
「……結婚前にお前達の寝室を一緒にしたのは間違いだったか。アレッサンドを信用した私が馬鹿だった。後であいつは、なぐ……きつく言っておこう」
「……お父様。ごめんなさい」
レベッカは消え入りそうな声で謝罪し、唇をきゅっと結ぶ。レベッカの父は二度目の深い溜め息を吐き出すと、ゆっくりと手を伸ばし──レベッカの頭をくしゃりと撫でた。
「愛し合うことが悪いと言っている訳じゃない。ただ、正式な夫婦となる前に子を授かれば、誰よりも負担が掛かるのはお前なんだ、レベッカ。それを分かってくれ」
「……はい」
「今更かもしれないが、式まではお前とアレッサンドの寝室は分ける。分かったな?」
「…………はい」
僅かな間を経てレベッカが頷くと、レベッカの父は胸の衣嚢からとあるものを取り出した。
──それは光輝くエメラルドの宝石が嵌められたネックレス。レベッカが首を傾げながらそれを見つめていると、父は何かを懐かしむような表情を浮かべた。
「……これは母さんが昔、結婚式の時につけたものだ。本当は式の前日に渡そうと思ったんだが、持っておきなさい。御守り代わりだ」
「お母様、の?」
「ああ、結婚式でつけるといい。一つしかないから、妹達には秘密にしておけ」
眼鏡の奥の瞳を細めて笑う父に、レベッカの目頭がじんわりと熱くなっていく。
──馬車まで父が自分を追い掛けてきてくれたあの時、父は家のことよりも娘である自分のことを心配してくれた。普段は家のことを優先しているように見えるけれど、その奥には何よりも深い家族に対する愛情があって。
(……お母様が病で亡くなった後も、お父様は新しい妻を娶らなかった。跡継ぎとなる男が生まれなかったのに、それでも)
そんな家族を誰よりも愛する父が本当に大好きなのだと、レベッカは改めて痛感した。
「……ありがとう。お父様」
レベッカは父の背中に腕を回し、ぎゅっとその身体を抱き締める。父は一瞬戸惑ったような表情を浮かべたものの、直ぐに笑みを綻ばし、そっと娘の背中を撫でた。
そして「幸せになりなさい」と優しい声で囁いた。
ウィツールの王都にある大聖堂──
純白のドレスを身に纏ったレベッカは、多くの人々に見守られながら、アレッサンドと聖壇の前で向かい合っていた。普段より美しさを際立たせた彼女の胸元には、父から貰った母の形見が翡翠色の煌めきを放っている。
「……綺麗だ。レベッカ」
聖壇の前で誓いの言葉を立てる神父を前に、アレッサンドは穏やかな表情で笑い掛ける。
「ありがとう。アレッサンドも素敵よ?」
「いや。お前には敵わないな」
周囲の人々に聞こえないように囁く婚約者に、レベッカはクスクスと微かな笑い声を漏らす。アレッサンドはつられるように柔らかな笑みを浮かべると、隣に佇んでいた神父が控えめに咳払いをした。
「──ではベールを上げてください。誓いのキスを」
神父から告げられた言葉に、アレッサンドはレベッカの顔を覆ったベールをそっと捲り上げる。
レベッカは愛しいアレッサンドと見つめ合い、引き寄せられるように一歩近付き。アレッサンドは彼女の肩に優しく手を乗せた。
「レベッカ。幸せにする」
「ふふっ。よろしくね、お父さん」
「……え? おと……」
目を大きく見開くアレッサンドの顔を見て、レベッカは微笑みを返して。繊細なものに触れるように、お腹の子の父親となる夫の唇をそっと塞いだ。
(──愛しい私の婚約者。心優しいアレッサンド。私は貴方と幸せになります)
唇から伝わる愛する人の温もりに涙を流し、レベッカは心の中で優しい婚約者に愛を誓うのだった。
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ハッピーエンド、良かった
感想ありがとうございます(^^)
ハッピーエンドでした✨
感想ありがとうございます(^^)
レベッカ妊娠ハッピーエンドでした✨
きっとこの先も二人は幸せに暮らしていけると思います!
最後までお読み頂き、ありがとうございました!
感想ありがとうございます(^^)
作者がヒロインとヒーローのいちゃラブハッピーエンドが好きなもので(^o^;)
幸せなのが一番ですね💕
是非ラストは更新をお待ち頂けると幸いです✨