7 / 9
7話
しおりを挟むそれから二週間も経たない内に城から婚約解消の撤回が言い渡され、パトリツィアは隣国の王族へ輿入れさせることが決まったとの報せも同時に届いた。パトリツィアは「レベッカと会えなくなってしまう」と泣いて縋ったようだが、国王はそれを聞き入れることは無く。毎日王女は泣き腫らしているとのことだった。その噂を耳にしたレベッカは王女の為に「時間を作ることが出来れば、可能な限り会いに行きます」と手紙を書いて送ったところ、「お手紙もちょうだい」と可愛い我が儘が書かれた返事が直ぐに届いた。
此れから忙しくなると苦笑するレベッカだったが、その後は大きな事件が起こることもなく、アレッサンドと共に幸せな時間を過ごしていた。
「レベッカ。もっと此方に」
「……はい」
ベッドの上で寄り添うように寝ていたレベッカとアレッサンド。婚約者の艶めいた言葉に、レベッカはすり寄るようにして彼にゆっくりと近付く。アレッサンドはレベッカの身体を抱き寄せると、彼女の額にそっとキスをした。
「……レベッカ。私の愛しいレベッカ」
「アレッサンド……」
夜は一緒に寝て、抱き合って、キスをして。
これはいつもと変わらぬこと。しかし、アレッサンドはそれ以上のことをしてこようとはしなかった。つまり、レベッカの純潔は未だに散らされていなかったのだ。
(……あの時は、あんなにも激しく求められたのに)
レベッカは幸せを感じつつも、心の奥にじわじわと染み出す黒い蟠りが存在感を主張してきていることに気付いてしまった。
アレッサンドは婚約解消騒動が起こる前の、優しい婚約者に戻ってしまって。それが悪いことだとは言わない。寧ろ喜ぶべきなのかもしれない。しかし、心の奥底では──
レベッカはアレッサンドの腰に腕を回しつつ、唇を不満げにぎゅっと結んだ。そんな彼女の様子には気づかずに、アレッサンドはレベッカの頭を優しく撫で続ける。
「心優しいレベッカ。式を挙げるまではお前を大事にさせてくれ」
(えっ──)
アレッサンドの言葉に、レベッカは思わず彼の顔を見上げた。
結婚式を挙げるのは、数ヶ月後。
それまで、手を出さないということなのだろうか。
やはり、あの時は状況が状況だったから、仕方なく愛の営みの疑似行為を働いただけであって。愛していると口では言っても、欲情はしていないということなのか。
レベッカの心の中に悶々とした不満が込み上げていく。
「レベッカ?」
やっとレベッカの異変に気が付いたのか、アレッサンドは眉を顰めて顔を覗き込む。
もうレベッカは限界だった。
あんなに淫らな行為をした後に、愛しい婚約者とただ添い寝を続けるだけの毎日を過ごすなんて。愛されていないのではないかという不安な気持ちと、身体の奥底に潜む劣情が爆発してしまいそうだった。
「レベ……っ!?」
気付けば、レベッカはアレッサンドの身体に覆い被さっていた。
瞬きを繰り返して硬直する婚約者を見下ろしながら、レベッカはゆっくりと顔を近付けていく。
「アレッサンド。どうして私を抱かないのですか」
「な、だ……ど、どうしたのだ。いきなり」
「いきなりではありません。毎晩同じベッドで眠りながら、手を出さないのは私に魅力が無いからということでしょうか」
レベッカは更に顔をぐっと近付ける。
もう、少し動けば唇が触れ合ってしまいそうな距離で。
アレッサンドの喉仏が唾を呑み込む音を立てて上下に動いた。
「落ち着け、レベッカ。万が一、式の前に子供が出来てしまったら……」
「まぁ、あの時お父様に強気な態度を取られたアレッサンドはどこに行ってしまわれたのですか? どうせお父様には馬車の件で一線を超えたと思われているかと。それに」
レベッカはアレッサンドの唇を一周するように舐め、厭らしく音を立てて吸い付いて離して。乱れたシャツから覗かせる胸に手を添えれば、アレッサンドの心臓がドクドクと音を立てて波打っているのが分かった。
「……愛する人にただならぬ色気を出されながら、襲わない方が無理と言う話ですよ。アレッサンド」
にっこり笑うレベッカを前に、アレッサンドは喉の奥から小さな悲鳴を漏らす。慌てふためきレベッカを止めようとしたものの、レベッカがアレッサンドのシャツを盛大に引き裂くようにして脱がしてしまい──
アレッサンドは豹変した優しい婚約者に美味しく頂かれてしまうのだった。
25
お気に入りに追加
2,618
あなたにおすすめの小説
平凡令嬢の婚活事情〜あの人だけは、絶対ナイから!〜
本見りん
恋愛
「……だから、ミランダは無理だって!!」
王立学園に通う、ミランダ シュミット伯爵令嬢17歳。
偶然通りかかった学園の裏庭でミランダ本人がここにいるとも知らず噂しているのはこの学園の貴族令息たち。
……彼らは、決して『高嶺の花ミランダ』として噂している訳ではない。
それは、ミランダが『平凡令嬢』だから。
いつからか『平凡令嬢』と噂されるようになっていたミランダ。『絶賛婚約者募集中』の彼女にはかなり不利な状況。
チラリと向こうを見てみれば、1人の女子生徒に3人の男子学生が。あちらも良くない噂の方々。
……ミランダは、『あの人達だけはナイ!』と思っていだのだが……。
3万字少しの短編です。『完結保証』『ハッピーエンド』です!
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【完結】お飾りの妻からの挑戦状
おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。
「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」
しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ……
◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています
◇全18話で完結予定
あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます
おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」
そう書き残してエアリーはいなくなった……
緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。
そう思っていたのに。
エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて……
※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。
【完結】どうか私を思い出さないで
miniko
恋愛
コーデリアとアルバートは相思相愛の婚約者同士だった。
一年後には学園を卒業し、正式に婚姻を結ぶはずだったのだが……。
ある事件が原因で、二人を取り巻く状況が大きく変化してしまう。
コーデリアはアルバートの足手まといになりたくなくて、身を切る思いで別れを決意した。
「貴方に触れるのは、きっとこれが最後になるのね」
それなのに、運命は二人を再び引き寄せる。
「たとえ記憶を失ったとしても、きっと僕は、何度でも君に恋をする」
拝啓 お顔もお名前も存じ上げない婚約者様
オケラ
恋愛
15歳のユアは上流貴族のお嬢様。自然とたわむれるのが大好きな女の子で、毎日山で植物を愛でている。しかし、こうして自由に過ごせるのもあと半年だけ。16歳になると正式に結婚することが決まっている。彼女には生まれた時から婚約者がいるが、まだ一度も会ったことがない。名前も知らないのは幼き日の彼女のわがままが原因で……。半年後に結婚を控える中、彼女は山の中でとある殿方と出会い……。
外では氷の騎士なんて呼ばれてる旦那様に今日も溺愛されてます
刻芦葉
恋愛
王国に仕える近衛騎士ユリウスは一切笑顔を見せないことから氷の騎士と呼ばれていた。ただそんな氷の騎士様だけど私の前だけは優しい笑顔を見せてくれる。今日も私は不器用だけど格好いい旦那様に溺愛されています。
国王陛下は愛する幼馴染との距離をつめられない
迷い人
恋愛
20歳になっても未だ婚約者どころか恋人すらいない国王ダリオ。
「陛下は、同性しか愛せないのでは?」
そんな噂が世間に広がるが、王宮にいる全ての人間、貴族と呼ばれる人間達は真実を知っていた。
ダリオが、幼馴染で、学友で、秘書で、護衛どころか暗殺までしちゃう、自称お姉ちゃんな公爵令嬢ヨナのことが幼い頃から好きだと言うことを。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる