【R18】婚約者の優しい騎士様が豹変しました

みちょこ

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4話

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「な、何をしているんだ、お前達は……!」

 馬車の扉から姿を現したのは、レベッカの父だった。娘とその婚約者の乱れた服装、椅子や服、床に飛散した体液、そして明らかに情を交わした後の二人の表情、距離感。淫らな二人の姿を前に、レベッカの父は顔を真っ赤にして、わなわなと身体を震わせた。

「ち、違うんです! お父様……あっ!」

 慌ててアレッサンドから身体を離そうとしたレベッカだったが、アレッサンドの逞しい腕に腰を抱かれ、妨げられてしまった。

「ア、アレッサンド! お父様が誤解を……!」

「誤解ではない。私はレベッカの純潔を今、此の場で奪った」

「えっ……!?」

 レベッカは翡翠色の瞳を大きく見開く。

 確かに、今しがた愛を営む疑似行為はしたが、最後まではしていない。レベッカの純潔は辛うじて守られている。しかし、その事実を知るのはアレッサンドとレベッカの二人だけ。今の彼等の姿を目にすれば、誰もが身体を重ねたと勘違いするだろう。
 その内の一人であろうレベッカの父は肩で大きく息を切らしながら、血走った目でアレッサンドを睨み付けた。       

「アレッサンド……! お前は自分がしたことを分かっているのか! レベッカはまだ嫁入り前なのだぞ! 他の男を婿に迎えられなくなるではないか!」

「レベッカに他の男を宛がう必要はありません。彼女の夫となるのは私です」

「なっ……!?」

 あくまで冷静に、淡々と言葉を告げるアレッサンド。彼のあまりにも落ち着いた様子に、レベッカの父は言葉を失い、口は半開き状態と化す。
 アレッサンドは義父となるはずだった男の取り乱し様をじっと見据えながら、そのまま言葉を続けた。

「先ほどの行為で、レベッカは私の子を孕んだやもしれません。少なくともそれが確実に分かるまでは、婿探しはしない方が賢明かと」

「なっ、なっ、アレッサンド! お前はもうレベッカの婚約者ではない! 王女と結婚をする身だろう! それに婚約解消の書類はつい先ほど使者に……!」

「ああ。それなら」

 アレッサンドはレベッカを抱えたまま服の乱れを整えると、椅子の側に置いてあった鞄からとある物を取り出した。

「そ、れは……!」

 レベッカの父の前に翳されたもの、それは婚約を白紙に戻す旨が記された羊皮紙。先日レベッカとアレッサンドがサインした婚約解消の書類だった。
 何故それがここに──とレベッカが驚いたのも束の間、アレッサンドは再びそれを鞄の中へと戻してしまった。

「な、何故お前がそれを持っているのだ!」

「グレイス卿が使いの者に此れを渡す前に、本物と偽物を差し替えさせて頂きました。暫くしたら貴族院から偽物は返されることでしょう。私は今から此れを持って王に直談判しに行きます」

「は……っ! お、まえは……!」

 レベッカの父は荒々しい呼吸を繰り返しながら馬車へと乗り込み、アレッサンドの片腕を掴む。その勢い余り馬車が大きく揺れ、レベッカはアレッサンドの腕の中で小さな悲鳴を上げた。

「自分が何を言っているか分かっているのか! 王命は絶対だ! 逆らえばお前の命だけではなく、お前が大切に想っているレベッカをも危険に晒す可能性がある! それを分かっているのか!?」

「分かっています。レベッカは私が命に代えても守ります。両家が不利益を被るような事態にもさせません」

「っ、んぐ……!」

 迷いが一切見られないアレッサンドの瞳に、レベッカの父は下唇を噛み締める。

 一方のレベッカは、しっかりと自分を抱きながら言葉を紡ぐ婚約者の姿に、目頭がじわりと熱くなるのを感じた。今までアレッサンドが自分の父に対して、反抗的な態度を取ったことは一度足りとも無かった。いつだって父の話を笑顔で聞いて頷いて、嫌な顔一つしないで。それが今は、自分達の婚約関係を守る為に芯を貫き通した姿を見せてくれている。
 心の奥から熱が込み上げるのを感じながら、レベッカはアレッサンドの服裾をぎゅっと握り締めた。

「……私はレベッカを心の底から愛しています。彼女以外を妻にすることは到底考えられません。私に少しだけ、時間を頂けないでしょうか」

 レベッカの腰に触れていたアレッサンドの手にぐっと力が入った。レベッカもそれに応えるように、アレッサンドにしがみ付く。
 寄り添って抱き合う二人を前に、レベッカの父は眉間に皺を寄せて唸り声を上げ──そして地に付くような深い溜め息を吐き出した。

「……レベッカも城に連れていくのか」

「そのつもりです」

「……そう、か」

 レベッカの父は声を途切れさせながらも頷き、自分の娘へと視線を向ける。父の鋭い眼差しに、レベッカは微かに身体を震わせたものの、愛する婚約者から離れようとはしなかった。

 レベッカの父も娘の心の内に気付いたのか、諦めたように視線を足元へ落とした。

「……もし、だ。レベッカの身に何かあれば、陛下がお前を殺さずとも、私がお前を殺す。それを覚えておけ」

 レベッカの父は落ちかけた眼鏡を掛け直すと、淀んだ表情のまま踵を返し、その場を後にした。そのまま勢い良く扉が閉められ、馬車の中はレベッカとアレッサンドと二人だけの空間となる。

「レベッカ」

 父が去っていった跡を目に焼き付けるようにして眺めていたレベッカだったが、穏やかな声が頭上から落ち、顔を上げた。
 視線を持ち上げた先には、真剣な眼差しを向けるアレッサンドの姿があった。窓の隙間から射し込む陽の光が彼の瞳を煌めかせ、それに魅入られるようにレベッカの心臓がトクン、と小さく跳ねる。

「……私と一緒に、来てくれるか。レベッカ」

「……アレッサンド」

 少しだけ。ほんの少しだけ震えていたアレッサンドの声。筋肉に覆われた彼の胸にそっと手を当てれば、鼓動が振動となって伝わって。
 レベッカはアレッサンドの心の中に潜んでいた感情が分かってしまったような気がした。

「……勿論です。貴方と一緒なら、私はどこへでも行きます。愛しています、アレッサンド」

 彼の中の不安を拭おうと、アレッサンドの頬にそっと触れる。アレッサンドはほっとしたように笑みを綻ばすと、レベッカの身体をぐっと抱き寄せた。

「私もだ。レベッカ、お前を誰よりも愛している」

「……アレッサンド」

 睫毛を伏せたアレッサンドの顔が近付き、レベッカも彼と同じようにゆっくりと瞼を閉じる。そのままどちらからともなく唇が重なり、二人は互いの心を確かめ合うように熱い口づけを交わした。











 レベッカはアレッサンドと共に馬車に乗って、王都に存る城へと向かった。道中、これから起こり得るであろうことに対して不安が過ることもあったが、アレッサンドが手をずっと握ってくれた為、直ぐに心に安堵が齎された。同時に、やはりアレッサンドは優しい婚約者だったと身に染みるほど痛感した。
 何があっても決してアレッサンドと離れない、レベッカはそう心に固く誓った。



「レベッカ。身嗜みは大丈夫か」

「は、はい。大丈夫です」

 レベッカはアレッサンドが前もって用意をしてくれたドレスと靴に着替え、彼に優しく手をひかれながら馬車を降りた。

 目の前に聳え立つは、長きに渡り国の繁栄を築いてきたウィツール城。
 此の正門を通り抜けた先に、国王とパトリツィア王女がいる。

「っ……!」

 城の前に立っているだけで、自然と身体が震え、首筋には汗が伝い、動悸に見舞われる。今までとは比べ物にはならないほどの不安が波のように押し寄せた。

 視界が僅かに歪み、レベッカが目眩を起こしかけたその時──掌にぐっと握り締められたような感触を覚えた。

「レベッカ、大丈夫だ。私がいる」

 顔を上げると、アレッサンドが優しい眼差しを向けていた。心と身体を包み込むような温かい声に、レベッカの震えがゆっくりと収まっていく。

 レベッカは深く息を吸い、そして吐き出し、アレッサンドの大きな手をぎゅっと握り返した。

「……ありがとうございます、アレッサンド。行きましょう」

「ああ」

 二人互いに顔を見合せ、頷き合ったその時──眼前に屹立する鉄の門扉が軋む音を立てて開いた。

「あっ……」

 左右に開かれた門扉の先に佇んでいたのは、護衛に囲まれたパトリツィア王女。パトリツィアは二人を前に驚く様子一つ見せず、にっこりと愛らしい笑顔を浮かべた。

「レベッカ、アレッサンド。会えるのを心待ちにしていたわ。中に入って?」

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