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2話
しおりを挟むそれから数日が経ち、レベッカの屋敷にアレッサンドの家から使いがやって来た。どうやら、アレッサンドを城へ連れていく為に態々迎えにやって来たらしい。レベッカはアレッサンドに別れを告げられて以来、別室に滞在していた彼とは会話どころか会うことすらしていなかった。
「……アレッサンド」
自室に引き籠りベッドで涙を流していたレベッカは、鼻を小さく啜りながらアレッサンドの姿を窓越しに見つめた。
(……本当に、こんな風に終わってしまうのね)
ぎゅっと握り締めたレベッカの手が震え始める。
アレッサンドは屋敷の中から覗いているレベッカには気付かずに、迎えの馬車に乗り込もうとしている。
この機会を逃してしまえば、アレッサンドは永遠に手の届かない場所へ行ってしまう。
(……こんな終わり方をしてしまうくらいならば、最後にもう一度だけ、アレッサンドと話がしたい)
レベッカは小さな勇気を振り絞って、部屋を飛び出した。
屋敷の入り口へ辿り着いた時には、アレッサンドが乗り込んだ馬車は既に走り出していた。レベッカは泣きたい気持ちを堪えながら、先の道を駆け抜ける馬車を追い掛ける。
「待って! アレッサンド!」
ガタンガタン、と砂利道を荒々しい音を立てながら馬車は進んでいく。レベッカとの距離は遠ざかっていくばかりだ。
「アレッサンド……! 待って、最後に……!」
今更になって、レベッカは裸足で屋敷を飛び出したことに気が付いた。小石や木屑が足の裏に刺さって、酷い痛みに襲われる。しかし、こんなことで止まることはレベッカには出来なかった。早くしなければ、アレッサンドが行ってしまう。
「アレッサン、ド……!」
レベッカは必死に彼の名を叫ぶ。
しかし、馬車は止まらない。溢れ出る涙で視界が霞む中、アレッサンドを乗せた馬車はどんどん小さくなっていく。
「……アレッ……サン……ド……」
レベッカの声は北から吹き付ける冷たい風と共に消え去っていく。
もう追い付くことが出来ない。声は届かない。レベッカの足はとうとう止まってしまった。
「……っ、う……」
愛する婚約者は行ってしまった。
レベッカと結婚するはずだったアレッサンドは、王女の元へ行ってしまったのだ。
「……アレッ……サンド」
あの時、『それでいいのか』と聞かれた時に、素直に『嫌です』と答えていたら何かが違ったのだろうか。諦めてなければアレッサンドと離れ離れになることはなかったのだろうか。
しかし、どんなに悔やんだって、もう何もかもが遅い。遅すぎたのだ。
レベッカは溢れ出る涙を手で拭い、顔を上げた。せめて、彼を乗せた馬車が視界から完全に消えるまで見送ろう。そう自分の心に言い聞かせた──その時だった。
「……え?」
レベッカは一瞬、顔を顰めた。
遠くへ向かっていたはずの馬車が止まっている。目を凝らすと、中から人が出てくるのが見えた。
黒髪の長身の青年、見間違いようもない。あれはアレッサンドだ。レベッカの方に身体を向けてじっと立っている。
「……っ!」
レベッカは迷わず走り出した。
息を切らしながら、必死に、愛する人の元へ。
「アレッサンド……!」
段々とアレッサンドとの距離が縮まっていく。
アレッサンドは漆黒の髪を風に靡かせながら、レベッカを真っ直ぐに見つめている。
彼との距離が目の前に差し迫った瞬間、レベッカは両腕を広げてアレッサンドに抱き付いた。
「アレッサンド……アレッサンド……っ!」
レベッカは声に出して泣きながら、必死にアレッサンドにすがりつく。誰よりも愛しい存在に。
本当は行って欲しくない。
ずっと自分の側にいて欲しい。
アレッサンドの背中に回ったレベッカの手が、彼の服をぎゅっと握り締める。
「アレッサンド……愛しています。行かないで……」
レベッカは心の中にあった言葉を、そのまま口にした。そしてアレッサンドの顔を見ようと、彼の胸元に埋めていた顔をゆっくりと上げ──刹那、息を呑み込んだ。
「……アレッサンド?」
アレッサンドは無表情だった。
何の心情も感じとることが出来ない、そんな顔。
灰色の瞳は細められ、口角は上がっても下がってもいない。恐ろしいほどに冷たい眼差しでレベッカを見下ろしている。
「ど、うしたの……?」
普段の優しい彼からは考えられないその表情に、レベッカの声が震える。レベッカの腕がアレッサンドから離れそうになったその時、アレッサンドの手がレベッカの手首を勢い良く掴み上げた。
「っ、アレッサンド……!?」
「来い。レベッカ」
威圧感を含ませたアレッサンドの低い声。
アレッサンドは先に馬車へと乗り込み、小さな抵抗を見せるレベッカを無理矢理中へと引きずり込む。
暫くして聞こえたのは、馬車の扉が勢い良く閉まる音と、レベッカの小さな悲鳴だった。
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