【R18】今日から私は貴方の騎士

みちょこ

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第四章 再会からの逃亡、そして捕まる

17話

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 誰一人として、助けを求めることができない。
 幼い頃からほとんどの時間を家族と過ごし、社交界でもうまく人に馴染めず、それまで学校にも行けなかったシエナには友人の一人もいない。

 親戚の元へ足を運べばいいのだろうか。
 でも、片手で数えるほどしか話したことがない。

 屋敷の使用人を探せばいいのだろうか。
 しかし、彼等が今どこにいるのかも分からない。

「おなかすいたな……」

 気付けば周囲もすっかり薄暗くなり、シエナは名も知らない街の隅を彷徨っていた。途中、人とすれ違うこともあったが、昨夜のようにまた追われてしまうのではないかと、結局は助けを求められずにいた。

「……これから、どうしよう」

 どうして、こんなことになってしまったのだろう。シエナには分からない。ただ一つ、理解できるのは、自分が地位も名誉も家族までも失い、婚約者にも見捨てられてしまったという事実だ。

「うっ」

 漂う悲愴感を打ち消すように、シエナの腹の虫が鳴る。
 考えてみれば、昨日の夜から何も食べていない。野鳥の蒸し煮に赤身魚のパイ、季節の野菜を煮込んで作った古株料理人特製の伝統的スープ。こんな危機的状況であるにもかかわらず、頭の中に好物の料理ばかりが浮かんでしまう。

 幻嗅なのか、ほとんど店仕舞いをしたはずの街からパンのいい匂いがふわりふわりと漂ってくるような気がした。

「ふぁ」

 気のせいではなかった。
 燻製と小麦の芳しい香りを撒き散らす白い紙に包まれたなにかと、見るからに暖かそうな外套がいとうが置いてある。
 近くに人影は見当たらない。一時的に席を外しているか、もしくは誰かが忘れていったのだろうか。しかし、今のシエナにはそんなことはどうでもよかった。いや、どちらかと言うと余裕がなかった。

「あ……ぁ……」

 シエナはごくりと息を呑み、匂いに釣られて白包みの中を覗き込む。
 黒と緑の粒々が練り込まれた分厚いソーセージが葉物野菜に包まれ、更に白いふわふわのパンで挟まれている。ハーブとスパイスの香りなのだろうか。こんがりと焼かれたソーセージの香ばしい匂いと一緒に運ばれ、シエナの鼻腔から脳の髄まで甘く蕩けさせてしまう。

 もしかして、これが巷で流行っている食べ物なのだろうか。街中でフォークもスプーンも使わずに食べるだなんて端ないと義母に叱られそうだが、シエナの空腹は限界だ。

 シエナは口の中に溢れる唾液を呑み込み、寒さから身を守ろうとちゃっかり外套を羽織った。

 貴族の風上にも置けない行為を働いている自覚はあったが、背に腹は代えられない。後で主に事情を説明した上でしっかりと謝罪すれば、問題はないはずだ。きっと、恐らく、多分。

「主様。どうかお許しください。寒くてお腹が空いて今にも死にそうなのです」

 シエナは誰もいない空気に向かって両手を擦り合わせ、ぺこりと軽く頭を下げる。
 そのままソーセージサンドらしきものを両手に取り、再び音を立てて唾を呑んだ。ベンチに置き去りにされたばかりなのか、出来立ての熱さが残っている。   
 持ち主が近くにまだいるかもしれない──なんていう考えはシエナには及ばず、控えめに口を広げた。


「いただきま──」
「おい、こそ泥。そこで何をしている」

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