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第一章 愛想のない護衛騎士

5話 

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 シエナが連れて行かれた先は普段使われていない客間だった。人払いされたのか、周囲に使用人ひとり見当たらない。
 いつになく厳かな表情を浮かべる父の姿に、シエナの胸中を不穏な予感が過ったが、そのままシェーズロングソファに腰掛けるように促された。

「……あの、お父様。婚約者の話って」

「お前の結婚相手が決まった」

 ガシャン、と何かが音を立てて割れた。

 どうやら扉の側に飾られていた白い陶器が床に落ちてしまったらしい。すぐ側にいたアランが「すみません」と謝りながら、無表情で落ちた欠片を拾っている。怪我をするから素手で片付けないで、そうシエナは忠告しようとしたが、父の咳払いが場の空気を制した。

「……お父様。婚約は学園に入った後にすると仰っていたはずでは」

「お前をま……いや、縁談の話が舞い込んできたんだ。相手はリヴェール侯爵家の次子であるオーブリー卿。王族とも繋がりがあり、王都学園の経営の一端を担っているこの国の重鎮とも呼ぶべき家の人間だ。年もお前と近い」

 不相応でない相手だろう、と父は言葉を続ける。
 シエナは言葉をまだ呑み込めていなかった。
 貴族の家の娘とはいえ、結婚の話は疎かその相手候補の話すら上がったことはない。

 どうして突然この話を持ち出したのだろう。
 シエナには父がどこか焦っているように見受けられた。

「お父様、その話は今すぐに」

「それと。婚約に当りアランをシエナの護衛騎士から解任することにした」

「……えっ!?」

 更なる追い打ちを駆けるような言葉に、シエナの目の前が真っ白になる。

 (解任? いきなりどうして!)

 何が何でも話が急すぎる。
 無言で割れた花瓶を扱うアランと、俯いたままの父。シエナは二人を交互に見やり、無礼も忘れて父の両腕を揺さぶった。

「お父様! 婚約の話と言い、すべてが唐突過ぎます! どうしてアランを解任するのですか! 意味が分かりません!」

「お前が知らないだけで護衛は期限付きのものと前々から決めていたのだ。学園に入れば自ずと友人もできる。アランはもう必要ないだろう」

「いいえ、必要です! 私の護衛はアランでなければ嫌です!」

「話は終わりだ。一人で部屋に戻りなさい」

 父はそれ以上シエナの言葉に聞く耳を持たなかった。

 そのまま外へ出るように顎で指図され、シエナはどうしようもできない不甲斐なさに涙を溢しそうになる。話の当事者であるアランはどうして他人事のように目を逸らしているのか。顔を向けようとしないのか。父もどうして娘の意見も聞かずに事を進めてしまうのか。

 普段とは打って変わって無情な態度を取る父に、シエナは行き場のない不満と悲しみをぶつけるようひだのついた胸飾りを勢いよく引っ張って首を絞めた。

「ぐ、えっ、しえな」

「お父様の言うことは聞きません! お父様の頭なんて鶏以下ですわっ!」

「こ、こらっ……あだっ!」

 最後に腹いせに父の顎髭をちょびっとぶち抜き、扉の側に立ち尽くしたままのアランを避けて客間を飛び出した。


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