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2話

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 それからも、シルヴァナとレイバードの夜は変わらなかった。どんなにシルヴァナが願っても、レイバードはまだ早いと、断るばかりで。シルヴァナの不安は増すばかり。
 結局、何の進展も無いまま数ヵ月が経ち、シルヴァナは十五を迎えた。国の者が揃って彼女を祝い、レイバードも彼女に首飾りの贈り物をした。しかし、シルヴァナは心の底から笑えなかった。今宵、レイバードが触れてくれなければ、一生抱いてくれることはない。シルヴァナはそんな気がしていた。





 お祝いという名の長い行事を終え、シルヴァナはその日の夜も寝室でレイバードと二人きりだった。

「……その首飾り、似合っている」

 レイバードは、シルヴァナの首元に光る藍色の宝石が嵌められた首飾りに指先で触れる。刹那、シルヴァナの肌にも彼の指先が当たってしまい、シルヴァナの薄紅色の愛らしい唇から甘い吐息がこぼれた。そんな彼女に気付いてか、気付いていないのか、レイバードは彼女の身体をそっと抱き寄せた。

「私の可愛いシルヴァナ。今日はお前を抱き締めて寝るとしよう」

「っ、陛下」

 シルヴァナの言葉を遮るように、レイバードは彼女を抱いたまま横になる。顔を上げれば、レイバードは彼女の黄金の柔らかな髪を梳かすように撫でてくれて。触れてくれてはいるものの、それ以上のことをしてくれる気配は見られなかった。

「へい、か」

「どうした」

 レイバードの翡翠色の瞳が、優しく彼女を見つめる。

 (……優しい陛下。愛する、陛下。わたくしは貴方に触れて欲しいのです)

「陛下。お慕いしております」

 締め付けられるような胸の痛みに耐えながら、シルヴァナは想いを口にする。願いが込められたその言葉にレイバードは口元に柔らかな笑みを浮かべると、シルヴァナの額に優しく口づけをした。

「シルヴァナ。私もだ。お前を愛している」

「な、ならば!」

 どうして抱いてくださらないのですか、という言葉が続かない。声が出ない。代わりにシルヴァナの藍色の瞳から大粒の涙がはらはらと零れ落ちた。

「……シルヴァナ。何故泣くのだ」

「わ、わたくしは」

 子供としてではなく、一人の女性として見て頂きたいのです。愛する陛下に触れていただきたいのです。言葉だけではなく、身体でも愛を伝えて頂きたいのです──口にしたい言葉が一気に脳内に絡みつき、結局何も言えなくなってしまう。シルヴァナは小さな背中を震わせながら、鼻を啜り、むせび泣いた。レイバードはシルヴァナを見つめたまま唇を結び、彼女の背中を優しく擦る。

「可愛いシルヴァナ。私はお前の泣く顔は見たくない。泣かないでおくれ」

 レイバードの温もりが、じんわりと服越しに伝わる。温かくて、優しすぎる、温もりが。

 (陛下は優しい。でも、わたくしがして欲しいことは、望んでいることは叶えてくれない。私は、私は──)

「……心も、身体も、愛してほしいのです」

 シルヴァナは消え入りそうな声で呟き、顔を上げる。目の前には、彼女をじっと見つめる愛しいレイバードの姿があって。その表情は驚いているようにも見受けられた。

「……陛下」

 シルヴァナは唾をゴクリと呑み込み、彼の頬を小さな両手で包み込んだ。

「……愛しています。陛下」

 シルヴァナは覚悟を決めた。
 抱いてくださらないのならば、自分から襲うまで、と。

「シルヴァ、ナ」

 レイバードの薄い唇が、シルヴァナの柔らかな唇によって塞がれる。柔らかく湿った感触が唇に触れた瞬間、シルヴァナの心の奥がじんわりと温かくなって。触れるだけで終わるはずだった口づけが長く続いてしまう。

「ん……っ……へい、か」

「シ……ルヴァナ……」

 じっと重ね合わせているだけだった唇が次第に動き始める。レイバードの少しだけかさついた唇に、しっとりとしたシルヴァナの唇が押し付けられて。擦り付けあうような口づけから、食むような口づけへ。シルヴァナは夢中で愛する人の唇に吸い付いた。

「んっ、ふ……っ、へい、か……」

「……っ、ん……」

 自分からしているにも関わらず、シルヴァナはこんなにも長い口づけをするのは生まれて初めてだった。おかげで自分が先に息が乱れてしまって、心臓もドクドクと鼓動を打っている。

「っ、は……」

 必死に続けた口づけも終わりを告げ、唇がゆっくりと離れていく。はぁはぁ、と必死に呼吸をするシルヴァナに対して、レイバードは無表情で彼女を見据えていた。真っ直ぐに自分を見つめるその瞳が怒っているようにも見えてしまって、シルヴァナの中に小さな焦りが生まれる。

 (……勝手にこんなことをしてしまったから、怒っているのかも。でも今更、後戻りはできないわ)

 シルヴァナは決死の覚悟を決め、レイバードのシャツに手を伸ばした。しかし、気付かないうちに手が震えてしまい、ボタンをうまく脱がすことが出来ない。なのに、レイバードは何も言わず、抵抗もしないで彼女を見ているだけで。何だかシルヴァナは泣きたい気持ちになってしまった。

 (どうしよう。自分からこんなこと、しておいて)

 段々と視界が歪み始め、更に服を脱がすことが困難になる。何とか二つ目のボタンを外し、三つ目のボタンに手を伸ばしたその時、微動だにしていなかったレイバードの手がシルヴァナの細い手首を掴んだ。

「もうやめろ。シルヴァナ」

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