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「陛下。わたくし、もう十五を迎えます」


 白藍色の夜着を纏ったシルヴァナは、寝台の上で声を震わせた。帝国の主──そして彼女の夫であるレイバードの大きな手をぎゅっと握りしめながら。

 この一言を告げるのに、どれほどの勇気を絞ったことだろうか。

 王国の第一王女であるシルヴァナが、グレンデール帝国の皇帝であるレイバードと結納を交わしてから二年。彼女は一度足りともレイバードに抱かれたことは無かった。かと言って、日頃から冷たい扱いを受けていた訳でもない。夜は必ずと言っていいほど、添い寝をしてくれたし、不安で眠れない時は額や頬に何度も優しくキスをして、シルヴァナの小さな手を握りしめてくれていた。そんな優しい彼を、例え政略結婚とは言えども、シルヴァナは深く愛していた。故にもっと愛されたい、触れて欲しいと日々思っていたのだ。

 レイバードは願いを乞う彼女を前に、一瞬だけ目を見開いた。

「何か欲しいものでもあるのか」

「陛下が、欲しいのです」

 シルヴァナの声は更に震えた。もう、緊張しているなんてものではなく、口から出そうなほど心臓が暴れていて、寝着から染み出してしまうのではないかというほどに汗が噴き出していた。

 一方のレイバードは表情を全く変えない。生まれたての小鹿のように震える彼女を前に、一つ深い息を吐くだけだった。

「そうだな。お前ももうそんな年か。だが……まだ早いだろう」

「へ、陛下」

「おいで。もう寝よう」

 レイバードの唇が、シルヴァナの額に落ちる。そして有無を言わさずに身体を引き寄せられ、彼女はいつものようにレイバードの逞しい腕の上に頭を乗せられた。

「……へい、か」

「おやすみ。シルヴァナ」

 ちゅっ、とレイバードに頬をキスされ、シルヴァナは何も言えなくなる。

 (また、はぐらかされてしまった)

 チクチクと針が刺すような痛みが、シルヴァナの胸を襲う。

 キスだって、そう。婚姻の儀式で口づけをして以来、唇へは殆どして貰っていなかった。一回り年上であるレイバードが紳士なのか、それとも自分に女としての魅力が無いのか、シルヴァナには分からなかった。しかし、時が経つにつれて後者なのではないかと、不安が増していくばかりで。

「……へいか」

 シルヴァナはレイバードの胸に顔を埋め、唇をきゅっと結んだ。そして、気付かれないようにほんの少しだけ泣いた。



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