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4話
しおりを挟む『ヒギゥッ!』
人魚の身体が凄まじい勢いで吹き飛んだ。
悴んだ吐息を呑み込み、顔を上げると、そこには無表情で佇むレオンの姿が。レオンは錆び付いたサーベルを人魚の首に宛がい、氷のように冷えきった瞳を向けている。
『ヒ……アッ……』
人魚の首に食い込んだ刃の先から血が垂れ落ちる。
凶器を突き付けられたせいなのか、それともレオン・エドワーズという海賊から醸し出された威圧感に怯えたのだろうか。人魚は白磁の肌を一瞬にして青白くさせ、逃げるように海の中へ飛び込んだ。
「ったく、お前は何回襲われれば気が済むんだよ。西の海は毒を持った人魚が腐るほどいる。普通の人間が生身で泳いで逃げるのは自殺行為だぞ」
レオンは血のついたサーベルを海水で濯ぎ、後ろを振り返る。しかし、オリビアにはまともに受け答えする力が残っていなかった。息はすでに絶え絶え、身体は言うことを聞かない。もしかしたら、先ほどの人魚の唇から漏れていた謎の液体のせいなのだろうか。自分はこのまま死んでしまうのかと、涙が目尻を伝った。
情けない。本当に情けない。皆の役に立ちたくて、お祖父様に認められたくて、海賊船に乗り込んだ結果がこれだ。深海の心臓すら手に入れることもできず、今はこうして人魚の毒で死にかけている。
オリビアは泣きじゃくりながら、心の中で祖父に何度も謝り続ける。
(ごめんなさい、お祖父様。こんな場所で死ぬ私を許し…………ひっ!?)
突然のことだった。あられもなくビリッと服が引き裂かれ、日に焼けていないオリビアの無垢な肌が惜しみなく晒された。いつの間にか、目の前には自分に股がるレオンの姿がある。
突拍子もない行動に、オリビアは呆然。レオンは真顔のままオリビアの裸体を見据えると、長い睫毛を伏せて造形の整った顔を近付けた。
「なっ、なにっ、あんっ」
にゅるりと唾液の絡んだ舌が下腹部をなぞる。人魚の体液が染み込んだ肌を吸い付かれて、舐められて。なんともいえない絶妙な粘膜の触れ方に、オリビアは身を捩らせた。
「やっ、いやっ、ああ、んっ」
肉厚な舌が体液の跡を辿るように伝っていく。ねっとりと胸の間、鎖骨、首筋を伝い、顎先まで焦らすように粘液が這う。
そして、ゆっくりとゆっくりとレオンの唇はオリビアの唇に近付き、ほんの少しでも動けば触れ合ってしまう距離まで迫った。
「やっ、やめて」
うっすらと上気したオリビアの頬をレオンの頬を包み込む。互いの吐息が交わり、唇の先端同士がちょんっ、と触れて。レオンは深い藍色の瞳をそっと覆い隠し、唇の触れ合う面積を広げていった。
「あっ、やっ、んっ」
二つの唇は完全にぴったりとくっつき、どこからどう見てもキスをしている状態に。
オリビアは理性に反して腹部を駆け抜ける愉悦に逆らおうと、弱々しい力でレオンの胸を押し上げたが、軽い抵抗にすらならず。オリビアの可憐で柔らかな唇は、密着させるようにしてちゅうちゅうと吸い付かれる。
「レオっ、やだっ、おねがっ、いっ、んんっ」
「本当に嫌ならそんな可愛い声出すな」
オリビアの縋るような懇願は、甘い口づけによってかき消されていく。
建前だけの嫌悪感に苛まれようが、身体は人魚の毒のせいで思うように動かない。どうしよう、またさっきみたいに舌を絡めるような口づけをされたら──
「んっ……んんっ、はっ!」
んぱっ、とリップ音を立てて離れる唇。
意外にもすんなりと終わったキスに、オリビアは瞬きを何度も繰り返す。一方のレオンは、手に持っていた皮水筒の中身を口づけした跡を辿るように肌に注いだ。
「まぁ、人魚の毒はそこまで獰猛じゃないから、このくらいの応急処置で大丈夫だろう。お家に帰ったら医者に診て貰いな」
「……え?」
「さー。俺の船が迎えに来るまであとどのくらいかなぁ」
レオンは胡座をかいたまま大きく伸びをし、海水に濡れた黒い髪を掻き回す。そして、すっかりオリビアの頭の中から消えていた深海の心臓を手に取り、にっこりと彼女に微笑みかけた。
「これ、欲しいんだっけか」
「っ、あっ!」
オリビアはかすかに痺れの取れた上体を起こし、裸のままレオンに襲い掛かる。しかし、簡単に奪い返すことができるはずもなく。レオンは再び宝石を口内に含むと、オリビアの細い腰をぐっと抱き寄せた。
「んじゃ、欲しがったら俺の口から取ってみ。船が来るまでにお前が持っていたら……むぐっ」
もう半ばやけくそだった。
オリビアは逃さないと言わんばかりにレオンの後頭部を両腕で引き寄せ、彼の唇の隙間から小さな舌を捩じ込んでいく。彼女の行動にレオンは一瞬だけ呆気に取られていたが、すぐに舌を動かしてオリビアの浸入を防いだ。
「んっ、ふぅっ、んっ」
「はっ、んんっ」
素肌をさらした上体で抱き合いながら、舌の表面をぬるぬると押し付け合う。まさに舌と舌の攻防戦。くちゅくちゅと淫猥な水音が、洞穴に木霊するように響き渡る。
「んぁっ、あっ、んんっ」
二人は唇を繋げたまま縺れるように倒れ、身体を一体化させたような状態で岩場を左右に交互に転がる。傍から見れば睦まじく戯れている恋人同士のようだが、実際は違う。口の中の宝石を舌と舌で取り合っているだけなのだ。
息苦しさに身悶えながらも、なんとか濃厚すぎる口づけを続けていたが──とうとう酸素が脳に回らなくなり、限界を迎えたオリビアは勢いよく唇を離した。
「はっ、はっ、はぁっ」
「……マジかぁ、お前」
甘い蜜を啜ったように唇をてらてらと光らせているオリビアの姿。
レオンは肩で息をしながら間近で彼女を見つめ、ごくりと喉仏を上下に動かした。自分の腕の中にいる淫らな獲物を逃したくない──そう言わんばかりに、擁く力を強める。
「……いいぜ。くれてやるよ。本当に奪えるもんならな」
「っ、はっ、絶対にっ、持ち帰る……っ」
糸をひいたままだった二人の唇がぶつかるように重なる。
唾液が絡み合う音が漏れていき、しばらくして二つの湿った呼吸が洞穴内に響き渡っていった。
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