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第2話
しおりを挟む「サラ? 目の下が真っ赤だよ」
日が西に傾きかけた夕暮れ時。部屋の花に水やりをしていたところを、旦那様に声を掛けられた。顔を上げたのと同時に目尻を優しく撫でられ、肌が僅かに粟立つ。
「も、申し訳ございません。昨日、色々とありまして、一応冷やしてはきたのですが中々腫れが引かず……」
「大丈夫? 昨日は確か恋人と会う約束をしてたんじゃ……」
優しい音色で投げ掛けられた言葉が、心にグサリと突き刺さる。
無理矢理忘れようとしていた昨日の記憶が洪水のように雪崩れ込み、涙がボロボロと溢れ出した。
「サラ……」
「も、申し訳ございません! 直ぐに、止め……っ」
──止めようと思っても止まるものでは無かった。
エプロンの裾で涙を拭っても次々と溢れ出て。止まる気配が見られない。仕事中なのに何を泣いているんだ、私は。どうしよう、旦那様を困らせてしまう……!
「……サラ」
嗚咽が聞こえないように口元を片手で覆ったその時、頭の上に優しく手が置かれた。視線を持ち上げると、夕陽に白銀の髪を輝かせ、翡翠の瞳を細める旦那様の顔が──
「辛いことがあったんだね。よしよし、俺は君の味方だよ」
「だ、旦那さ……」
旦那様の顔が近付き、額に唇を落とされる。
突然の旦那様の行動に呆然としたのも束の間、腕を引かれてそのままベッドの上に座らせられた。
「よし。話したらスッキリするよ。昨日のこと、全部話してみて?」
「え、ぜ、全部って、そんな」
「いいから」
旦那様は隣に腰を掛けると、私の肩を優しく抱き寄せた。大きな手から伝わる温もりが、心に齎した戸惑いを安堵へと変えていく。
旦那様は昔から優しい。私が三年前、この家で働き始めた時からずっと。流石におでこにキスされたのは初めてだから驚いたけれど、旦那様なりの優しさの形なのかもしれない。
……少しだけ甘えて、お話ししようかな。
膝に乗せていた掌をぎゅっと握り締め、深く息を吸い──言葉を紡ぎ出した。
「……実は昨日、彼との記念日だったんです」
「うん」
「だから、先に彼の家で待ってようと思って。そうしたら、彼は帰ってきたんです。私ではない他の女と一緒に」
「女の名前は?」
「え? リュ、リュシー……」
「下の名前じゃなくて、苗字ね」
「え、えっと……オリヴィエ家の……」
「ああ。あの家か」
旦那様は一人納得したように頷くと、視線を私に戻して笑みを綻ばした。
「ごめんね。続き、話して?」
「……あっ、はい。それから……っあ」
突然、肩に置かれていた旦那様の手が腕に滑り落ちた。その何とも言えない手つきに吐息が溢れ、身体が自然とうねる。
「それから?」
「そ、れから……二人はベッドの上に座って、何度もキスを……」
言葉を遮るように、唇が湿った感触に塞がれた。
目の前には、長い睫毛を伏せた旦那様の顔。
わ、たし……旦那様にキスされている……?
「っ、はぁ……んっ」
唇を離されたかと思えばまた重ねられ、啄むような口付けを何度も続けて。柔らかな感触に脳が蕩けそうになり、甘美な声が溢れる。
「だ、んなさ、ま……」
ちゅ、と音を立てて唇を離され、熱の籠った瞳で見つめられる。旦那様は再び微笑みを浮かべると「それで?」と言葉の続きを促した。
「そ、それで、ミシェルがリュシーを……」
「名前、出さないで」
「え?」
「二人を、俺と君に置き換えて」
言葉の意味が理解できず、助けを求めるように旦那様を見つめる。でも、旦那様は助けてくれない。笑顔を浮かべて、また私に甘いキスをして、無言で圧を掛けるだけ。
仕方なく、旦那様の言葉の通りのまま、ミシェルとリュシーを旦那様と私に置き換えてみる。
「み……ミシェ……旦那様が、私を押し倒して……?」
「うん」
旦那様は言葉の通り、私をベッドに優しく押し倒した。
為されるがままにシーツに背中を預ける私の上に旦那様は跨がる。すっかり笑顔を消して、真剣な眼差しで見つめる旦那様。心臓の鼓動が音を立てて波打っているのが自分でも分かった。
「そ、それから、ミ……旦那様が私の服を脱がして……旦那様も自ら……っあ」
旦那様の細くて長い指が、胸元のリボンをするりとほどく。そして一つ、また一つとシャツのボタンが外され、心臓が大きく飛び跳ねた。
だ、ダメ。これ以上言葉の続きを口にしたら──
「だ、んなさま……あ、ぅ」
瞬く間に服を脱がされ、旦那様に素肌を晒した状態に。旦那様も気付けば自分のシャツを脱ぎ捨て、薄い筋肉のついた白く美しい肌を露にさせていた。
「それから?」
旦那様の冷たい手が胸の間を滑る。その焦らすような動きに、息が自然と乱れていく。まるで、自分が自分で無くなってしまうような──
「そ、れから、二人はまたキスを……」
──旦那様の顔が近付く。
美しくて、どこか男らしさも感じさせるような整った顔立ち。
鼻先が触れて、吐息が混じり合って、軽く触れ合わせるだけのキスが落とされる。次第に柔らかく食むような口付けへと変わり、その心地好さに息が乱れていく。
「ふ……あぁ、んっ……」
呼吸を求めて僅かに開いた唇から、生温かい舌がぬるりと入り込む。そのまま奥に潜ませていた舌をざらりとした感触に絡め取られ、背筋がゾクゾクと震えた。
こんなキス、初めて。気持ち良くて、溶けてしまいそう……。
「だんな、さま……っ」
「サラ……」
気付けば、旦那様の首に腕を回して夢中になって応えていた。口の中に溢れ返った互いの唾液をゴクリと飲み込み、もっと、もっとと、深い口付けをねだる。
舌を絡めて吸われて、頭の中が痺れてしまいそう。
「っ……は、ぁ……」
唾液の糸を繋いで、唇がゆっくりと離れる。
いつもは冷静で、取り乱すことなんて無い旦那様。今は頬を微かに赤らめて、唾液に濡れた唇からは荒々しい呼吸が繰り返されている。
もっと見てみたい。
私の知らない、旦那様の顔を見てみたい。
「……サラ。続きは?」
頬をそっと撫でられ、生唾を呑み込む。
恐る恐る旦那様の腰に足を回し、熱を持った旦那様の雄々しい楔を花弁で挟むようにして擦り付けた。
「だ、んなさま、擦って……いっぱい……」
「っ、可愛いね。サラは」
旦那様は汗を額に滲ませながら笑うと、私の腰をぐっと掴んで更に秘部を密着させた。旦那様のそれが花芽を焦らすように掠り、下腹部を快感が駆ける。
「あっ……あぁ……ん」
互いの秘部が擦れ合う感覚に、淡い吐息が溢れていく。旦那様はそんな私を見つめながら肉の楔をゆっくりと離し、長く綺麗な指で花芽にそっと触れた。
「っ、あ……」
焦らすように花芽の周りを指が這い、呼吸が浅くなる。触って欲しいのに、触ってくれない、そのもどかしさに腰が自然と揺れてしまう。
「だ、旦那様……っ」
涙を目尻に滲ませながら、声にならない声で旦那様を呼ぶ。でも旦那様はクスクスと小さな笑い声を漏らすだけ。まるで私が乱れていくのを愉しんでいるみたいに。
「もっと気持ち良くさせてあげるよ。サラ」
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