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エピローグ
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妖精女王は嘆息した。
「どうされましたか」
ちっとも労りの込もっていない口調で傍らのシーシアスが問う。
「桜庭蓮二のことです」
「彼の働きぶりに問題が?人間界からの定期報告では異常は見られませんでしたが」
「働きは申し分ありません。むしろそちらは大いに助かっています。眼に留めにくい悩みを抱えた子、妖精という立場でそれらをどう解決できるかのアドバイス……大いに助かっています。そういうことではなく」
滑らかな髪をかきあげ、窓の外を眺める。
「プリメールとのことです。どうにか両想いになったというのに、お互い勤勉すぎてあれからまともに会っていないのではと気を揉んでしまい」
「ティターニア様、休憩が終わったらこちらの資料に印をお願いしますね。私はこれにて」
「雑談のし甲斐がありませんねぇ、貴方は」
シーシアスは肩をすくめる。
「……あのふたりは自分の欲に無頓着ですからね。共通の目的さえあれば動くでしょうが。だからといってもう関わるのはごめんですよ。貴女の掌の上で悪役を演じるのはね」
「良き友人同士としてなら?」
扉へ向かう背が一瞬、固まる。
「純粋に私も羨ましくなったのです。誰かと一緒に誰かを応援する、その行為が」
「お断りします」
「即答ですか……」
「私は平常心でいたいのです。桜庭蓮二のおかげで自分が存外絆されやすいと気づいたのでね、貴女にこれ以上近づいてリスクを抱えたくない。貴女に相応しい相手は自力で見つけてください」
妖精女王が言葉の真意を探る前に、不愛想な大公は去った。
静寂の訪れた部屋で、女王は二度目の溜息を吐く。
「───仕方ありません。また傍観者を楽しみますか、しばらくは」
壁に飾られた似顔絵に微笑みを返しながら。
「愛那!おはよう」
「おはよう、慈」
賑やかな朝の下駄箱。
二人の会話も喧騒に紛れる……ように見えて、クラスメイトはしっかりと聞き耳を立てていた。
「昨日レンさんから連絡来たんだけど、また何かあったの?」
「うん、ちょっとね。プリメール関連。……ここじゃなんだから、今日うちに来てよ。特製スコーンを御馳走するってさ」
「お、やったー」
(「レンさん」って授業参観のとき来てた叔父さんだよね……? 家族ぐるみで付き合ってんの!?)
二人を問い詰めたい衝動に駆られてもクラスメイトは耐えている。彼等が慕う学級委員・桜庭愛那を怒らせたくはないからだ。
何よりも、
「あ、でも放課後ちょっと委員会の用事あるんだった。待っててもらっていい?」
「なんか手伝えることある?」
恋人の顔を覗き込む新藤慈の顔つきはあどけなく、しかし今までとは違う凛々しさを浮かべていて。
(あんな幸せそうな顔されたら、何も言えないしなぁ……)
(むしろあの空間、ずっと見てたい……)
図らずも二人を見守ることで、クラス全体の絆が深まっていた。
成就した彼らの恋路に次はいつどんな試練が立ちはだかるのか。そして彼らがどう乗り越えるのか。
それは誰にもわからないことだ。本人たちにさえも。
恋路を後押しした、此処にいない一人と一匹にさえも。
少年は窓の外を眺めていた。
夜空の星座に想い人の顔を重ねる。瞬きをしても目を閉じても、消えてはくれない残像。
この気持ちが相手へ届く日は来るのか。
「来るわけないよな……」
「あら、どうして決めつけるの?」
突然の知らない声に少年は飛び上がった。
「はじめまして、夏木唯人くん。あたしはプリメール。あなたの恋を心から応援し、祝福するために使わされた妖精です」
声の主は暗い部屋でも淡い光を放ち、浮いていた。
「妖精……本物?」
「そうよ」
「その衣装と羽根、なんて材質?ごめん僕被服科で」
すかさずメモ帳を手に取ると、妖精は目を見開いたのち何やらブツブツとつぶやき始めた。「パターンD」とはどういう意味だろうか。
「……後でじっくり教えてあげる。今はあなたの話を聞かせてよ」
これからよろしくね。
そう言って微笑む妖精──プリメールからは、仄かに甘い香りがした。
紅茶と焼き菓子の香り。
「全力でサポートしてみせるわ。普通の人間にできないような力でも。良き相談相手としても。それから……」
窓の外を向く彼女の瞳も、少年と同じ色を宿す。
「誰かと恋する者としても、ね」
「どうされましたか」
ちっとも労りの込もっていない口調で傍らのシーシアスが問う。
「桜庭蓮二のことです」
「彼の働きぶりに問題が?人間界からの定期報告では異常は見られませんでしたが」
「働きは申し分ありません。むしろそちらは大いに助かっています。眼に留めにくい悩みを抱えた子、妖精という立場でそれらをどう解決できるかのアドバイス……大いに助かっています。そういうことではなく」
滑らかな髪をかきあげ、窓の外を眺める。
「プリメールとのことです。どうにか両想いになったというのに、お互い勤勉すぎてあれからまともに会っていないのではと気を揉んでしまい」
「ティターニア様、休憩が終わったらこちらの資料に印をお願いしますね。私はこれにて」
「雑談のし甲斐がありませんねぇ、貴方は」
シーシアスは肩をすくめる。
「……あのふたりは自分の欲に無頓着ですからね。共通の目的さえあれば動くでしょうが。だからといってもう関わるのはごめんですよ。貴女の掌の上で悪役を演じるのはね」
「良き友人同士としてなら?」
扉へ向かう背が一瞬、固まる。
「純粋に私も羨ましくなったのです。誰かと一緒に誰かを応援する、その行為が」
「お断りします」
「即答ですか……」
「私は平常心でいたいのです。桜庭蓮二のおかげで自分が存外絆されやすいと気づいたのでね、貴女にこれ以上近づいてリスクを抱えたくない。貴女に相応しい相手は自力で見つけてください」
妖精女王が言葉の真意を探る前に、不愛想な大公は去った。
静寂の訪れた部屋で、女王は二度目の溜息を吐く。
「───仕方ありません。また傍観者を楽しみますか、しばらくは」
壁に飾られた似顔絵に微笑みを返しながら。
「愛那!おはよう」
「おはよう、慈」
賑やかな朝の下駄箱。
二人の会話も喧騒に紛れる……ように見えて、クラスメイトはしっかりと聞き耳を立てていた。
「昨日レンさんから連絡来たんだけど、また何かあったの?」
「うん、ちょっとね。プリメール関連。……ここじゃなんだから、今日うちに来てよ。特製スコーンを御馳走するってさ」
「お、やったー」
(「レンさん」って授業参観のとき来てた叔父さんだよね……? 家族ぐるみで付き合ってんの!?)
二人を問い詰めたい衝動に駆られてもクラスメイトは耐えている。彼等が慕う学級委員・桜庭愛那を怒らせたくはないからだ。
何よりも、
「あ、でも放課後ちょっと委員会の用事あるんだった。待っててもらっていい?」
「なんか手伝えることある?」
恋人の顔を覗き込む新藤慈の顔つきはあどけなく、しかし今までとは違う凛々しさを浮かべていて。
(あんな幸せそうな顔されたら、何も言えないしなぁ……)
(むしろあの空間、ずっと見てたい……)
図らずも二人を見守ることで、クラス全体の絆が深まっていた。
成就した彼らの恋路に次はいつどんな試練が立ちはだかるのか。そして彼らがどう乗り越えるのか。
それは誰にもわからないことだ。本人たちにさえも。
恋路を後押しした、此処にいない一人と一匹にさえも。
少年は窓の外を眺めていた。
夜空の星座に想い人の顔を重ねる。瞬きをしても目を閉じても、消えてはくれない残像。
この気持ちが相手へ届く日は来るのか。
「来るわけないよな……」
「あら、どうして決めつけるの?」
突然の知らない声に少年は飛び上がった。
「はじめまして、夏木唯人くん。あたしはプリメール。あなたの恋を心から応援し、祝福するために使わされた妖精です」
声の主は暗い部屋でも淡い光を放ち、浮いていた。
「妖精……本物?」
「そうよ」
「その衣装と羽根、なんて材質?ごめん僕被服科で」
すかさずメモ帳を手に取ると、妖精は目を見開いたのち何やらブツブツとつぶやき始めた。「パターンD」とはどういう意味だろうか。
「……後でじっくり教えてあげる。今はあなたの話を聞かせてよ」
これからよろしくね。
そう言って微笑む妖精──プリメールからは、仄かに甘い香りがした。
紅茶と焼き菓子の香り。
「全力でサポートしてみせるわ。普通の人間にできないような力でも。良き相談相手としても。それから……」
窓の外を向く彼女の瞳も、少年と同じ色を宿す。
「誰かと恋する者としても、ね」
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