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第四章 決戦

5-23 光

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 白く輝く剣身を、透明な氷で覆い尽くしたウィル様は、正面から、紫電を纏うシナモン様の魔剣を受け止めた。

「なにっ!?」

 シナモン様は、深紅の瞳を大きく開いて、驚きをあらわにした。

 ウィル様は、その隙を見逃さず、剣先から氷の刃を射出する。
 氷刃は限りなく透明で、シナモン様の眉間を目がけて鋭く飛んでいった。

 シナモン様は、素早く上体をそらしてバク転を決めると、ウィル様から距離を取って着地する。

 しかし、ウィル様はすでに地を蹴り、シナモン様の着地地点に肉薄していた。
 ウィル様が剣を横薙ぎに振るうが、シナモン様は空中で身体をひねり、着地の場所とタイミングをずらす。

 ウィル様は二、三本の氷刃を剣から射出するが、シナモン様は再び床を蹴り、空中に跳んですべて避ける。氷刃は、シナモン様の後方の石床に刺さった。

「――っ!?」

 シナモン様は空中で体勢を整えて着地しようとしたが、失敗してバランスを崩す。
 石床が、先程の氷刃で凍結しており、滑ってしまったのだ。

 ウィル様は、油断なく上段から斬りかかる。
 シナモン様は、魔剣を床に突き刺して無理矢理身体を固定すると、咄嗟に左腕に黒い靄を集中させ、ウィル様の剣を左腕の小手で止めた。

 しかし、いくら闇を纏っていても、氷を纏った聖剣を――それも達人の攻撃を、無傷でいなせる訳がない。
 黒い靄を纏ったシナモン様の左腕から、ぽたり、と紅い血が垂れる。

 シナモン様は、傷に構わず、右手で魔剣を床から引き抜き、それを振るった。
 ウィル様は後方に飛び退き避けて、剣を軽く一振りすると、刃についた血を払った。

「――何故だ? どうして私と剣を合わせられた? 何故、雷撃が効かないんだ?」

 シナモン様は、不思議そうな顔で、紫電を纏った魔剣とウィル様を交互に見ている。

「……研究したんだ」

 ウィル様は、落ち着いた――戦場には似つかわしくない、柔らかな声で、答える。

「水は、その中に含まれる不純物が多いほど、電気をよく通す。氷は、水に比べてほとんど電気を通さない半導体の特性を持つが、それでもシナモンの紫電のような高威力の魔法を流されると、地属性の魔法のように完全に絶縁し防ぐことはできない」

 確かに、以前シナモン様と模擬戦闘をしたとき、ウィル様はシナモン様と剣を合わせないように注意していた。シナモン様は、ウィル様の氷を貫通するほどの、高威力の紫電を剣に纏わせていたからだ。

「なら、氷の元となる水を、不純物の全くない超純水にしたらどうか? 予想通り、超純水はほとんど電気を通さなかった。つまり、超純水から作った氷を纏えば――」

 ウィル様は、再び白い剣身に澄み切った氷を纏わせていく。
 私も、ウィル様の背に触れ、戦闘を見ながら準備していた『加護』の聖魔法を、かけなおした。
 ウィル様は、「ミア、ありがとう」と小声で言うと、説明を再開する。

「超純水の氷は、他の雷魔法使いの魔法を、ことごとく無力化した。完全に絶縁するところまではいかなかったが、防御のバフを付与する聖剣技の上に、超純水の氷魔法を重ねがけすれば、紫電であってもノーダメージで受け止められると考えた。ぶっつけ本番になったが――どうやら、成功だったようだ」

 ウィル様が、不純物の少ない水を魔法で精製する方法を見つけるのに、かなりの時間をかけたことを、私は知っている。
 そして、その方法が見つかったあとも、いかに高速で、可能なら無詠唱で発動できないかと試行錯誤を続けていたことも、知っている。

 シナモン様も、魔法を学んできた身。ウィル様の苦心に、想像がついたのだろう。
 彼女は、心底不思議そうな表情で首を傾げ、問いかけた。

「なぜ、そんな真似を? 私以外に、強い雷魔法を操る魔法騎士ライバルは、魔法騎士団にいないだろう?」

「――俺も、本気のお前と剣を合わせてみたかったから。俺の魔力が残っているうちに」

「――っ」

 ウィル様が、挑戦的に口の端を上げる。
 新緑色に澄んだ眼差しが、シナモン様の深紅をつらぬいた。

 ――そう、魔法騎士としてのウィル様に残された時間はあとわずか。
 時間遡行の代償として、彼は、あと半年で魔力の大部分を失ってしまう。

 残された時間でウィル様がどうしてもやっておきたかったことの一つが、シナモン様と、剣も魔法も交えて本気の試合をしてみたい、というものだった。
 他の物事はこの一年半で全て完遂して、魔法騎士としての心残りはこれが最後なのだと、王都出発前に長いチェックリストを見せて教えてくれたのを覚えている。
 紫電に対抗する超純水の氷魔法を開発するのに、それだけ時間がかかってしまったのだ。

「……馬鹿なことを」

 呟いたシナモン様の声には、魔族の低い声は重ならなかった。
 瞳の真紅が、揺らぐ。

「俺はな、シナモン。こう見えて、お前を尊敬していたんだ。同期としてな」

 ウィル様は、やさしく諭すように語りかける。
 深紅の瞳の奥で今も戦っているであろう、紫色の光が戻るのを願って。

「ただひたすらに自分を高め、研鑽を積むお前の姿に、俺はいつも刺激をもらっていた。俺ももっと鍛錬を積み、強くならなければと――逆行前から、お前の姿を見て、ずっとそう思っていたんだ」

 シナモン様は、ただウィル様を睨みつけている。
 けれどウィル様は、意に介さず、目を細めて口角をさらに上げた。

「俺がこうして強くなれたのは、シナモン、唯一無二のライバルで、最強の同期であるお前のおかげってことさ。――さて」

 加護をかけ終わった私が一歩後ろに下がると、ウィル様は再び剣を正眼に構えた。

「まだ、話をするか? それとも、試合・・の続きをする?」

「……ふん、反吐が出る。これは殺し合い・・・・だと言っただろう!」

「――試合、再開だなっ!」

 そうしてウィル様がまたシナモン様に攻め込もうとしたところで――、

 ゴゴゴゴゴゴ!

 今までとは比べ物にならない、大きな地響きと揺れが、館を襲った。

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