161 / 168
第二章 二度目の旅路
5-7 スタンピード
しおりを挟む旅慣れない聖女たちを守りながらの移動は、やはり遅々としたものとなった。
私たちのときは二週間で死の山の麓までたどり着いたが、今回は、それより一週間ほど余計にかかる見込みである。
「みんな、だいぶ疲れがたまってきたな。一度しっかり休んで、気を引き締めたいところだが……」
行軍を始めて一週間ほど経った頃、ウィル様は馬車の中で、そう呟いた。
しかし、そうは言っても、このあたりは街と街の距離が離れていること、街の規模が大きくないこともあって、少々難しい。
「魔族は狡猾な敵だ。狙うなら、今のように疲労が出てきたところを狙うだろう」
ウィル様は、行軍のリーダーである魔法騎士――『守護』を司るテーラ隊の隊長だ――にも、そう主張した。
しかし、宿を取りたくとも、安全に休める宿が確保できない。
そのため、こまめに馬車を停めて休息を取る程度の対策しか、取れなかった。
そして、ウィル様の懸念は、当たってしまうこととなる。
*
「――近隣にて暴走魔獣の群れ発生! 総員、戦闘準備!」
カンカンカン、と金属を打ち鳴らすけたたましい音と共に、魔獣の到来が知らされたのは、ウィル様が懸念を口にした翌々日。まばらに草木が生えている、だだっ広い平野でのことだった。
視界も開けているし、敵を迎え撃つスペースも充分にある。
だが、裏を返せば、隠れる場所のない地形だ。四方から囲まれてしまえば、足の速い魔獣からは逃げられない。
「来たか……! ミアも、お二方も、打ち合わせにあった合図は覚えていますね?」
「ええ。各馬車の壁に設置された魔道具のランプを確認。今は青い光ですから、馬車の中で待機ですわね」
「これが黄色くなったらぁ、私たちは神殿騎士さんたちと代わって、結界を張りますぅ。騎士さんたちは、馬車の外に出て、近づいてきた敵を追い払うんですよねぇ」
「そうです。そして、光が白くなったら、扉を開放。馬車の中、あるいは近くに怪我人が運び込まれるので、治療を手伝っていただきます。赤くなったら――」
「魔法騎士は、退路確保を最優先。神殿騎士と聖女は、全員退避、ですわね」
ウィル様が頷くと同時に、馬車がその場にゆっくりと停車。馬たちが車体から離され、結界の範囲内の木に繋がれる。
「――赤いランプが点灯することのないように、騎士一同、死力を尽くします。けれど、ミアもマリィ嬢も、充分注意して」
「「はい」」
私とマリィ嬢は、そろって首肯した。ブランも私とウィル様の間で、おめめを吊り上げ、耳をピンと立てている。
程なくして、壁に取り付けられている魔道具の光が、青から黄色に変化したのだった。
「――来たか」
ウィル様と神殿騎士は、急いで立ち上がると、馬車の扉を開けた。
魔獣が地を駆けているのだろう、外からは、低い地鳴りのような音が聞こえている。
「ウィル様、お気をつけて」
「ああ。ミアたちも。――ブラン、何かあれば知らせろ」
「きゅい!」
ブランは短く鳴くと、私の膝の上に飛び乗る。ウィル様は、私を安心させるように微笑むと、馬車から降りて扉を閉めた。
私は彼らを見送ると、気を引き締めて、マリィ嬢と向き直る。
「私たちも、結界を張りましょう」
「はいぃ」
今は事前に決めていた非常時の手はず通り、全ての馬車が、円形に停車している。その円をさらにぐるりと取り囲むように、私たちは結界を張る。
この場にいる全ての聖女が結界を張っているから、疲労しない程度の結界強度で構わない。それよりも、長く持続させることが肝心だ。
結界を張り終えると、マリィ嬢とブランと顔を寄せ合って、窓の外を眺める。
各馬車から降りてきた魔法騎士や神殿騎士が、二人一組で馬車の周囲を哨戒していた。もちろん、ウィル様の姿も見える。
ウィル様たちの向こう側、すなわち馬車の円の外側は、結界の影響で少し歪んで見えた。
神殿騎士、魔法騎士たちが複数人ずつのパーティーを組み、魔獣を迎え撃とうと各々呪文を唱えたり、剣や盾を構えながら、地平の彼方から迫り来る黒い靄を、にらみつけている。
「平気でしょうかぁ……」
「……きっと、大丈夫ですわ」
「きゅう!」
私たちは、馬車の中で祈りを捧げることしかできない。
ウィル様たちも、何度も会議を重ね、シミュレーションを行い、策を練ってきたのだ。
きっと、無事に切り抜けられると信じたい。
「命さえ失われなければ、私たちが傷を治療して差し上げることができます。私たちがすべきことは、彼らを信じ、私たちが彼らにかけた加護と結界を信じ、心を平らかに保つことですわ」
「そうですねぇ。会議でも、『いのちだいじに』作戦で、って散々言ってましたもんねぇ。無理しないでくれると、いいんですけどぉ」
そう話している間にも、黒い靄の軍団は、徐々にこちらへと近づいてくる。
圧力をもって迫ってくる魔獣の群れに、やはり恐怖が湧いてくるが――、
「――撃て!」
魔道具で拡声された指揮官のかけ声と同時に、各パーティーから魔獣に向けて、炎や風、岩や氷の、魔法弾や矢、槍などが一斉に飛んでいく。
私たちの正面に陣を構えているパーティーは、炎の矢を一斉掃射している。魔力が切れたら最前部のメンバーが後ろに下がり、代わりに後ろに控えていたメンバーが風の刃を撃ち始めた。
後ろに下がった炎魔法使いの騎士たちも、また呪文を唱え始めている。
「すごい……!」
炎にまかれ、あるいは鎌鼬に切り刻まれて、黒い靄――魔獣はみるみるうちに頭数を減らしていく。
それでも魔法の一斉掃射をくぐり抜けた魔獣たちは、騎士たちの剣で、斧で、或いは槍で、確実に討ち取られていった。
「これならぁ、心配いらなそうですねぇ」
マリィ嬢も、ほっとした様子で、にこりと笑う。
「ええ。信じましょう」
私も微笑みを返す余裕が生まれ、しばらく、馬車の中から戦いを見守っていたのだった。
それでも、時間の経過と共に、やはり負傷者がぽつぽつと出始めた。
肩や腿などに軽傷を負った騎士たちが運ばれてくると共に、馬車の魔道具が白く点灯し、私たちは馬車の扉を開ける。他の馬車の扉も開き、すぐさま、怪我人の治癒が始まったのだった。
1
お気に入りに追加
359
あなたにおすすめの小説
懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。
梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。
あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。
その時までは。
どうか、幸せになってね。
愛しい人。
さようなら。
【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です
葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。
王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。
孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。
王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。
働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。
何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。
隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。
そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。
※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。
※小説家になろう様でも掲載予定です。
将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです
きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」
5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。
その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?
幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。
秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚
13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。
歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。
そしてエリーゼは大人へと成長していく。
※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。
小説家になろう様にも掲載しています。
大嫌いな幼馴染の皇太子殿下と婚姻させられたので、白い結婚をお願いいたしました
柴野
恋愛
「これは白い結婚ということにいたしましょう」
結婚初夜、そうお願いしたジェシカに、夫となる人は眉を顰めて答えた。
「……ああ、お前の好きにしろ」
婚約者だった隣国の王弟に別れを切り出され嫁ぎ先を失った公爵令嬢ジェシカ・スタンナードは、幼馴染でありながら、たいへん仲の悪かった皇太子ヒューパートと王命で婚姻させられた。
ヒューパート皇太子には陰ながら想っていた令嬢がいたのに、彼女は第二王子の婚約者になってしまったので長年婚約者を作っていなかったという噂がある。それだというのに王命で大嫌いなジェシカを娶ることになったのだ。
いくら政略結婚とはいえ、ヒューパートに抱かれるのは嫌だ。子供ができないという理由があれば離縁できると考えたジェシカは白い結婚を望み、ヒューパートもそれを受け入れた。
そのはず、だったのだが……?
離縁を望みながらも徐々に絆されていく公爵令嬢と、実は彼女のことが大好きで仕方ないツンデレ皇太子によるじれじれラブストーリー。
※こちらの作品は小説家になろうにも重複投稿しています。
【電子書籍化進行中】声を失った令嬢は、次期公爵の義理のお兄さまに恋をしました
八重
恋愛
※発売日少し前を目安に作品を引き下げます
修道院で生まれ育ったローゼマリーは、14歳の時火事に巻き込まれる。
その火事の唯一の生き残りとなった彼女は、領主であるヴィルフェルト公爵に拾われ、彼の養子になる。
彼には息子が一人おり、名をラルス・ヴィルフェルトといった。
ラルスは容姿端麗で文武両道の次期公爵として申し分なく、社交界でも評価されていた。
一方、怠惰なシスターが文字を教えなかったため、ローゼマリーは読み書きができなかった。
必死になんとか義理の父や兄に身振り手振りで伝えようとも、なかなか伝わらない。
なぜなら、彼女は火事で声を失ってしまっていたからだ──
そして次第に優しく文字を教えてくれたり、面倒を見てくれるラルスに恋をしてしまって……。
これは、義理の家族の役に立ちたくて頑張りながら、言えない「好き」を内に秘める、そんな物語。
※小説家になろうが先行公開です
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
【完結】中継ぎ聖女だとぞんざいに扱われているのですが、守護騎士様の呪いを解いたら聖女ですらなくなりました。
氷雨そら
恋愛
聖女召喚されたのに、100年後まで魔人襲来はないらしい。
聖女として異世界に召喚された私は、中継ぎ聖女としてぞんざいに扱われていた。そんな私をいつも守ってくれる、守護騎士様。
でも、なぜか予言が大幅にずれて、私たちの目の前に、魔人が現れる。私を庇った守護騎士様が、魔神から受けた呪いを解いたら、私は聖女ですらなくなってしまって……。
「婚約してほしい」
「いえ、責任を取らせるわけには」
守護騎士様の誘いを断り、誰にも迷惑をかけないよう、王都から逃げ出した私は、辺境に引きこもる。けれど、私を探し当てた、聖女様と呼んで、私と一定の距離を置いていたはずの守護騎士様の様子は、どこか以前と違っているのだった。
元守護騎士と元聖女の溺愛のち少しヤンデレ物語。
小説家になろう様にも、投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる