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第一章 変わりゆく王国

5-1 王都混迷

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 私たちが魔女の館から王都に戻った、ちょうどその頃。
 王都では、関係各所、混迷を極めていた。

 まず初めに、先のクーデター未遂で拘束、もしくは一時釈放ののち再逮捕されていた、王弟殿下と外務大臣、ガードナー侯爵ら一派の処刑が決まった。半年かけて、ようやく証拠が集まりきったそうだ。

 外務大臣は、やはり隣国の外交官と共謀して、国王陛下を廃し王弟殿下を玉座に据えようと動いていた。
 その報酬として王弟殿下が用意したのは、外務大臣の娘を自分の妃――すなわち、王妃として迎えるという約束だった。
 また、自分側へ引き込んだ隣国の外交官には、隣国との協定が思い通りに結ばれた暁には、王国での爵位と宰相のポストを与えるという約束を交わしていたらしい。

 だが、慎重で狡猾な王弟殿下は、その約束も含めて、自分に繋がる証拠を一切書面上に残さなかった。
 自分の手が及ばない派閥の情報収集を、ガードナー侯爵の娘たちにさせようとしていたのも、王弟殿下の指示だったようだ。

 王弟殿下に証拠を消されないよう、理由をつけて再拘束。状況証拠や証言を集め、魔法も駆使し、裏社会にも捜査の手を伸ばし――そうして全ての証拠を固めるのに、かなりの時間を要してしまったのだとか。

 だが結局、証拠は集まり、私たちが死の山と王都を往復しているひと月ほどの間に、王国の膿はほぼ一掃されることとなった。
 その他の関係者も罷免や謹慎など、上層部も含めて一部入れ替わる形となり、王城内は新体制への移行のためにバタついている。


 そして、王弟殿下は、ガードナー侯爵、さらに『ブティック・ル・ブラン』を通じて、教会とも繋がりを持っていた。
 架空の店舗である『ブティック・ル・ブラン』を通すことで、金銭面で何かしらのやり取りが頻繁になされていたことが、確認されている。
 なお、『ブティック・ル・ブラン』を実在の店舗として登録した商人ギルドの幹部も、王弟殿下から賄賂を受け取っていた。

 また、王弟殿下や商人ギルド幹部が懇意にしていた店舗に、『ブティック・ル・ブラン』の品が多数卸されていたことも判明。
 もしかしたら、呪物を市井にばら撒き、教会に金儲けさせようと立案したのも、王弟殿下やその関係者だったのかもしれない。
 教会の寄付金と『ブティック・ル・ブラン』の売上金が、彼らの活動資金になっていたのだろう。

 国王陛下と王太子殿下は、これを機に教会へ捜査の手を入れていくことを目論んでいるようだ。


 そして、肝心のガードナー侯爵だが――。

「……植物状態、ですか」

 魔法石研究所の事務所で、所長のシュウ様から知らされた現状に、ウィル様は眉をひそめた。

「ああ。呪物の捜査で用意した、魔力探知眼鏡があるだろう? 城内に呪物が隠されていないか捜査していた際に、投獄されていた侯爵がその探知に引っかかってな」

「そういえば、舞踏会の会場でガードナー侯爵を見たとき、彼は真っ黒な靄に全身覆い尽くされていましたわ」

 シュウ様は理知的な黒曜石の瞳をこちらへ向け、首肯した。ウィル様は、シュウ様に疑問を投げかける。

「王城内へ呪物の捜査に入るの、思ったより遅かったですね」

「正確には、牢獄に捜査の手を伸ばしたのが、だな。基本的に外部からの持ち込みが起こらない場所だから、後回しになっていたようだ。だが……まさか、人間が呪物と同様に、魔道具に反応するほどの呪力を帯びているとはな」

「それで、植物状態というのは? まさか、呪いが進行して……?」

 私はウィル様の言葉に、ハッとする。
 ブランと魔女の話から考えると、呪いが進行して命を失ってしまうことになったのなら、ガードナー侯爵は、このまま魔獣や魔族に近しい存在と化してしまうのではないか?

 しかし。

「いや、その逆だ」

 シュウ様は、首を横に振った。
 私もウィル様も、話がますます見えなくて、目を見合わせる。

「教会から聖女を呼んで、解呪を施させたんだ。私も人から聞いた話で、実際に見てはいないのだが――解呪の光に照らされると、侯爵は突然、意識を失ったのだそうだ」

「突然、意識を……? 俺は聞いたことがないのですが、解呪でそのように意識を失うこともあるのですか?」

「いや、そのような前例はないそうだ。ガードナー侯爵の解呪は、聖女二人がかりで施してもらった。彼女たちは実績も確かなベテランだし、特に不審な動きもなかったと聞いている……解呪の際に落ち度があったとも考えられない」

「そうですか……」

 ガードナー侯爵の出自については、謎が多い。
 もしかしたら、偶然持病の発作が起きたなども考えられるかもしれないが――彼がそもそも、純粋な『人』ではなかったという可能性も否定できない。

「今は牢屋から病室に移され、家族の了承を得て、延命治療と検査を続けているところだ。それから、ガードナー侯爵の家族といえば……リリー嬢と、兄のヒースのことだが」

 シュウ様は、一度言葉を切ると、一枚の書類を机の上に出した。

「……これは……」

 それは、この国の国王陛下と、隣国の国王陛下の署名が入った、とある書類の写しだった。

「リリー嬢の籍をガードナー侯爵家から抜き、その籍を隣国王室に戻す。そして、ヒースも同様に隣国王家の出身と認めるが、彼は罪人ゆえ、王室への復帰は許さず、隣国にて収監される。そして――」

 シュウ様は、とある一文を指でなぞった。

「不思議なものだな。もう、とうに縁は切れたと思っていたのに……こうして、王命を賜ることになるとは」

 シュウ様が、やり切れないような、虚しそうな、複雑な表情で眺める、一文。
 そこに記されていたのは、両国の友好の印として、両国王の名のもと、リリー嬢とシュウ様の婚約を命ずる――という旨の、王命だった。

「……本人から、聞いたんだ。彼女が、以前、魔女と接触したこと。残された時間があとどのぐらいあるのか、本人にもわからないこと。それで、身を引いたのだということ――」

 シュウ様は、深くため息をついた。

「――あの頃、そのことを知っていたら、かけられる言葉も違っていたのにな」

「シュウさん……」

「人の生は短い。健康な者だって、突然何か起こる場合もある。魔女の件がなくとも、自分がいつたおれるかなど、誰にもわからないものだろう?」

 シュウ様は、苦い顔で、吐き捨てるように続ける。

「――だからこそ、私は、私が許せない。彼女の問題に気がついていれば、私自身が、私自身の意思で、当時から彼女の心に寄り添ってあげられたのに。それが、王命など……こんな……こんなこと」

 机の上で握られたシュウ様のこぶしに、ギュッと寄せられた眉に、力がこもっていく。

 シュウ様とリリー嬢、二人とも、互いに互いを想い合っている。こうして、一緒になる約束も交わされた。
 なのに、どうして、心だけがすれ違ってしまうのだろう。

 私は、シュウ様が、彼自身の言葉でリリー嬢を救ってあげられる日が来ることを、強く願わずにはいられなかった。
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