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第六章 魔女との邂逅

4-35 野暮な男じゃのう

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「うんしょっと」

 魔女は、持っていたトレーを小さなテーブルに置く。トレーには、湯気の立つカップが五つと、水の張ってある皿が一つ、載っていた。

「面白い石をくれたからのう、久しぶりに温かい紅茶を淹れてみたのじゃ。茶葉が湿気っていたらすまんのう。なんせ数百年前の茶葉じゃからのう、ししし」

「す、数百年前の茶葉」

「ああ、安心せい。時は止めてあったから、腐敗してはおらんはずじゃ。わらわも飲みたいと思っておったのじゃが、魔力が足らんくて、時間停止の解除ができなかったでのう。あの面白い石で魔力を補わせてもらって、ようやくありつけたというわけじゃ」

 魔女は楽しそうにそう言って、カップを一つ手に取ると、口元に持っていく。ふうふうと冷ましてから、優雅に傾け、舌鼓をうつ。
 ピンク色のくまさんの絵が描かれている、一番ファンシーなカップが、彼女のお気に入りのようだ。

「うむ、なかなかに美味いぞ。多少味が落ちておるが……これはわらわの淹れ方が悪いんじゃろうな。城の侍女は皆、紅茶を淹れるのが上手かったからのう」

 そういえば、賢者は王族出身だと聞いたことがある。魔王との戦いに駆り出されてから、城には戻っていないというが……彼女が当時、見た目通りの年齢だったのだとしたら、この生活に慣れるまで苦労しただろう。

「それで……魔女殿。先程の話ですが」

「ああ、そちの見立て通りじゃ。わらわは、最後の戦いの時に、魔王の呪いをこの身に封じ込めた」

 魔女は、紅茶をすすりながら、何てこともなさそうに淡々と当時のことを語り始めた。

「勇者が魔王にとどめを刺そうとしたときのこと。魔王の奴は、その身に残るほとんど全ての呪力を、勇者に向けて放ったのじゃ。わらわは、念のために準備していたとっておきの魔法――わらわ以外の時を一瞬だけ止める魔法を使い、勇者の身代わりになった」

 魔女の話によると、激しい戦いによって、勇者はその身に宿していた大聖女の『加護』を、ほとんど使い切ってしまっていたらしい。そんな状態で魔王の呪いを浴びれば、ひとたまりもない――そう思った魔女は、勇者に代わって自らが呪いを受け、その身に封じ込めたそうだ。

「何故、貴女は危険を冒して、身代わりに?」

「野暮なことを聞くでない」

 ウィル様の質問に、魔女は眉をつり上げ、にらみつけた。

「……申し訳ありません」

「まあ、良い。とにかく、とっさにわらわが身代わりとなったが、それは結果的に正しい選択じゃった。わらわは、時を操る魔女。聖獣たちの力を借りれば、この身を限りなく永らえることができる。そうすれば、いつの日か力の強い聖女が現れ、魔王の呪いを滅する日が来ると信じておった」

「大聖女様にも、魔王の呪いを解くことはできなかったのですか?」

「うむ。わらわの犠牲に心を乱し、力を弱めてしまった彼女には、魔王の呪いを解くことはできなかった」

「力が弱まった……? それは……」

「そちは本当に野暮な男じゃのう。そんなじゃから、一度は婚約者に愛想をつかされたのじゃぞ」

「ううっ」

 魔女にジト目でため息をつかれ、ウィル様は胸を押さえた。私は、思わずくすりと苦笑してしまう。
 隣に座るウィル様の背中を優しくさすってあげると、私の膝上に座っていたブランもウィル様の方へ移動して、前足でぽんぽんと太腿を叩きはじめた。
 ウィル様はしゅんとしつつも、「ありがとう」と呟く。

「では、魔女様。『賢者の石』を求めていたのは……」

「うむ。どのような呪いも滅するという『賢者の石』ならば、魔王の呪いも解けるかもしれぬ。それが無理でも、永遠の命を与えてくれるという伝承が真実であれば、他者の生命を吸わなくても生き永らえることができる。――あ、ちなみに『賢者の石』の『賢者』は、わらわたち王族の祖先と言われているが、わらわ自身とは無関係じゃぞ」

「なるほど……」

 つまり、魔女の一番の望みは、魔王の呪いを解くこと。それが叶えば、ウィル様の生命は取られなくて済む。
 しかし、今の私ではまだ、呪いを消し去るには力が及ばない。毎日少しずつでも呪いを削ることができたら、いつか彼女の中の呪いは消えてなくなるのだろうか?

「魔女殿。尋ねたいことがあるんだが、いいか?」

 次に発言したのは、クロム様だった。手を挙げてひらひらと揺らしている。

「ああ、良いぞ。何じゃ?」

「十年ほど前になるか……隣国の内紛が終わる直前に、俺と同じ、緑の髪と褐色の瞳を持つ女の子が来なかったか?」

「ん? ああ、来たぞ。というより、水竜が勝手に連れてきたんじゃが」

「水竜?」

「うむ。外におった地竜と天竜の兄弟での。地竜が蛇、天竜が蜥蜴なら、水竜は亀に似た姿を持つ聖獣じゃ」

 同じドラゴンの子供なのに、みんな姿が違うのか。大亀の姿……大蛇や空飛ぶ大蜥蜴よりは、怖くないかもしれない。

「勝手に連れてきたって?」

「あの娘が、大聖女の遺産を持っていたからじゃ。水竜の棲む湖のほとりで休んでいたところを、攫ってきたと言っておった。わらわの纏う聖力の足しになると思ったんじゃろう」

「おいおい、そりゃ誘拐じゃねえか」

「ああ、全く困ったもんじゃ」

 クロム様は、顔をしかめて魔女を非難した。それを聞いた魔女の方も、怒ったような、呆れたような表情になる。

「水竜の奴は、用が済んだらちゃんと元の場所に返すと言っていたぞ。じゃが、それでも誘拐は駄目じゃとキツく叱っておいたから、もう同じことはしないと思うぞ」

「……はあ。それで……勝手に連れてきた割には、彼女は、魔力と記憶を失っていたようだが?」

「それは、わらわの正体を知った彼女が、願い事をしたからじゃ」

「願い事?」

「ああ。彼女の願いは、戦争を止めてほしい、じゃったな。わらわは、彼女から貰い受けた魔力を使って時を止め、戦場の武具を回収、戦士どもに『戦いをやめろ』と暗示をかけてから時を動かした」

「やっぱりそうか。魔力の方は、納得した。それで……記憶は? 何故消した?」

「記憶の消去も、彼女の願いだったからじゃ」

「――いいや、嘘だね」

 クロム様の表情が、さらに険しくなる。
 嘘だと言い切ったクロム様を見て、魔女は少しばかり、目を見開いた。
 クロム様は、強い視線のまま、畳みかけるように魔女に問いかける。

「だって、あんたは他の依頼者の記憶も消しているんだろう? そもそも、あんたは何故、依頼者の記憶を消すんだ?」

「ううむ、嘘などひとつもついていないんじゃがのう。依頼者の記憶や感情が消えてしまうのも、魔力と同じく、わらわにとって必要だからじゃ。少しでも多くの聖力が必要じゃからの」

「聖力が必要というのはわかるが……どういうことだ? それと記憶と、何か関係があんのか?」

「関係大アリじゃ。皆勘違いしているようじゃが……聖力は、聖女だけでなく、誰しもが持っている力なのじゃ」

 魔女の言葉に、私たちはみな理解が及ばず、首を傾げたのだった。
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