150 / 183
第六章 魔女との邂逅
4-35 野暮な男じゃのう
しおりを挟む「うんしょっと」
魔女は、持っていたトレーを小さなテーブルに置く。トレーには、湯気の立つカップが五つと、水の張ってある皿が一つ、載っていた。
「面白い石をくれたからのう、久しぶりに温かい紅茶を淹れてみたのじゃ。茶葉が湿気っていたらすまんのう。なんせ数百年前の茶葉じゃからのう、ししし」
「す、数百年前の茶葉」
「ああ、安心せい。時は止めてあったから、腐敗してはおらんはずじゃ。わらわも飲みたいと思っておったのじゃが、魔力が足らんくて、時間停止の解除ができなかったでのう。あの面白い石で魔力を補わせてもらって、ようやくありつけたというわけじゃ」
魔女は楽しそうにそう言って、カップを一つ手に取ると、口元に持っていく。ふうふうと冷ましてから、優雅に傾け、舌鼓をうつ。
ピンク色のくまさんの絵が描かれている、一番ファンシーなカップが、彼女のお気に入りのようだ。
「うむ、なかなかに美味いぞ。多少味が落ちておるが……これはわらわの淹れ方が悪いんじゃろうな。城の侍女は皆、紅茶を淹れるのが上手かったからのう」
そういえば、賢者は王族出身だと聞いたことがある。魔王との戦いに駆り出されてから、城には戻っていないというが……彼女が当時、見た目通りの年齢だったのだとしたら、この生活に慣れるまで苦労しただろう。
「それで……魔女殿。先程の話ですが」
「ああ、そちの見立て通りじゃ。わらわは、最後の戦いの時に、魔王の呪いをこの身に封じ込めた」
魔女は、紅茶をすすりながら、何てこともなさそうに淡々と当時のことを語り始めた。
「勇者が魔王にとどめを刺そうとしたときのこと。魔王の奴は、その身に残るほとんど全ての呪力を、勇者に向けて放ったのじゃ。わらわは、念のために準備していたとっておきの魔法――わらわ以外の時を一瞬だけ止める魔法を使い、勇者の身代わりになった」
魔女の話によると、激しい戦いによって、勇者はその身に宿していた大聖女の『加護』を、ほとんど使い切ってしまっていたらしい。そんな状態で魔王の呪いを浴びれば、ひとたまりもない――そう思った魔女は、勇者に代わって自らが呪いを受け、その身に封じ込めたそうだ。
「何故、貴女は危険を冒して、身代わりに?」
「野暮なことを聞くでない」
ウィル様の質問に、魔女は眉をつり上げ、にらみつけた。
「……申し訳ありません」
「まあ、良い。とにかく、とっさにわらわが身代わりとなったが、それは結果的に正しい選択じゃった。わらわは、時を操る魔女。聖獣たちの力を借りれば、この身を限りなく永らえることができる。そうすれば、いつの日か力の強い聖女が現れ、魔王の呪いを滅する日が来ると信じておった」
「大聖女様にも、魔王の呪いを解くことはできなかったのですか?」
「うむ。わらわの犠牲に心を乱し、力を弱めてしまった彼女には、魔王の呪いを解くことはできなかった」
「力が弱まった……? それは……」
「そちは本当に野暮な男じゃのう。そんなじゃから、一度は婚約者に愛想をつかされたのじゃぞ」
「ううっ」
魔女にジト目でため息をつかれ、ウィル様は胸を押さえた。私は、思わずくすりと苦笑してしまう。
隣に座るウィル様の背中を優しくさすってあげると、私の膝上に座っていたブランもウィル様の方へ移動して、前足でぽんぽんと太腿を叩きはじめた。
ウィル様はしゅんとしつつも、「ありがとう」と呟く。
「では、魔女様。『賢者の石』を求めていたのは……」
「うむ。どのような呪いも滅するという『賢者の石』ならば、魔王の呪いも解けるかもしれぬ。それが無理でも、永遠の命を与えてくれるという伝承が真実であれば、他者の生命を吸わなくても生き永らえることができる。――あ、ちなみに『賢者の石』の『賢者』は、わらわたち王族の祖先と言われているが、わらわ自身とは無関係じゃぞ」
「なるほど……」
つまり、魔女の一番の望みは、魔王の呪いを解くこと。それが叶えば、ウィル様の生命は取られなくて済む。
しかし、今の私ではまだ、呪いを消し去るには力が及ばない。毎日少しずつでも呪いを削ることができたら、いつか彼女の中の呪いは消えてなくなるのだろうか?
「魔女殿。尋ねたいことがあるんだが、いいか?」
次に発言したのは、クロム様だった。手を挙げてひらひらと揺らしている。
「ああ、良いぞ。何じゃ?」
「十年ほど前になるか……隣国の内紛が終わる直前に、俺と同じ、緑の髪と褐色の瞳を持つ女の子が来なかったか?」
「ん? ああ、来たぞ。というより、水竜が勝手に連れてきたんじゃが」
「水竜?」
「うむ。外におった地竜と天竜の兄弟での。地竜が蛇、天竜が蜥蜴なら、水竜は亀に似た姿を持つ聖獣じゃ」
同じドラゴンの子供なのに、みんな姿が違うのか。大亀の姿……大蛇や空飛ぶ大蜥蜴よりは、怖くないかもしれない。
「勝手に連れてきたって?」
「あの娘が、大聖女の遺産を持っていたからじゃ。水竜の棲む湖のほとりで休んでいたところを、攫ってきたと言っておった。わらわの纏う聖力の足しになると思ったんじゃろう」
「おいおい、そりゃ誘拐じゃねえか」
「ああ、全く困ったもんじゃ」
クロム様は、顔をしかめて魔女を非難した。それを聞いた魔女の方も、怒ったような、呆れたような表情になる。
「水竜の奴は、用が済んだらちゃんと元の場所に返すと言っていたぞ。じゃが、それでも誘拐は駄目じゃとキツく叱っておいたから、もう同じことはしないと思うぞ」
「……はあ。それで……勝手に連れてきた割には、彼女は、魔力と記憶を失っていたようだが?」
「それは、わらわの正体を知った彼女が、願い事をしたからじゃ」
「願い事?」
「ああ。彼女の願いは、戦争を止めてほしい、じゃったな。わらわは、彼女から貰い受けた魔力を使って時を止め、戦場の武具を回収、戦士どもに『戦いをやめろ』と暗示をかけてから時を動かした」
「やっぱりそうか。魔力の方は、納得した。それで……記憶は? 何故消した?」
「記憶の消去も、彼女の願いだったからじゃ」
「――いいや、嘘だね」
クロム様の表情が、さらに険しくなる。
嘘だと言い切ったクロム様を見て、魔女は少しばかり、目を見開いた。
クロム様は、強い視線のまま、畳みかけるように魔女に問いかける。
「だって、あんたは他の依頼者の記憶も消しているんだろう? そもそも、あんたは何故、依頼者の記憶を消すんだ?」
「ううむ、嘘などひとつもついていないんじゃがのう。依頼者の記憶や感情が消えてしまうのも、魔力と同じく、わらわにとって必要だからじゃ。少しでも多くの聖力が必要じゃからの」
「聖力が必要というのはわかるが……どういうことだ? それと記憶と、何か関係があんのか?」
「関係大アリじゃ。皆勘違いしているようじゃが……聖力は、聖女だけでなく、誰しもが持っている力なのじゃ」
魔女の言葉に、私たちはみな理解が及ばず、首を傾げたのだった。
3
お気に入りに追加
365
あなたにおすすめの小説
ループ中の不遇令嬢は三分間で荷造りをする
矢口愛留
恋愛
アンリエッタ・ベルモンドは、ループを繰り返していた。
三分後に訪れる追放劇を回避して自由を掴むため、アンリエッタは令嬢らしからぬ力技で実家を脱出する。
「今度こそ無事に逃げ出して、自由になりたい。生き延びたい」
そう意気込んでいたアンリエッタだったが、予想外のタイミングで婚約者エドワードと遭遇してしまった。
このままではまた捕まってしまう――そう思い警戒するも、義姉マリアンヌの虜になっていたはずのエドワードは、なぜか自分に執着してきて……?
不遇令嬢が溺愛されて、残念家族がざまぁされるテンプレなお話……だと思います。
*カクヨム、小説家になろうにも掲載しております。
召喚聖女に嫌われた召喚娘
ざっく
恋愛
闇に引きずり込まれてやってきた異世界。しかし、一緒に来た見覚えのない女の子が聖女だと言われ、亜優は放置される。それに文句を言えば、聖女に悲しげにされて、その場の全員に嫌われてしまう。
どうにか、仕事を探し出したものの、聖女に嫌われた娘として、亜優は魔物が闊歩するという森に捨てられてしまった。そこで出会った人に助けられて、亜優は安全な場所に帰る。
そう言うと思ってた
mios
恋愛
公爵令息のアランは馬鹿ではない。ちゃんとわかっていた。自分が夢中になっているアナスタシアが自分をそれほど好きでないことも、自分の婚約者であるカリナが自分を愛していることも。
※いつものように視点がバラバラします。
お堅い公爵様に求婚されたら、溺愛生活が始まりました
群青みどり
恋愛
国に死ぬまで搾取される聖女になるのが嫌で実力を隠していたアイリスは、周囲から無能だと虐げられてきた。
どれだけ酷い目に遭おうが強い精神力で乗り越えてきたアイリスの安らぎの時間は、若き公爵のセピアが神殿に訪れた時だった。
そんなある日、セピアが敵と対峙した時にたまたま近くにいたアイリスは巻き込まれて怪我を負い、気絶してしまう。目が覚めると、顔に傷痕が残ってしまったということで、セピアと婚約を結ばれていた!
「どうか怪我を負わせた責任をとって君と結婚させてほしい」
こんな怪我、聖女の力ですぐ治せるけれど……本物の聖女だとバレたくない!
このまま正体バレして国に搾取される人生を送るか、他の方法を探して婚約破棄をするか。
婚約破棄に向けて悩むアイリスだったが、罪悪感から求婚してきたはずのセピアの溺愛っぷりがすごくて⁉︎
「ずっと、どうやってこの神殿から君を攫おうかと考えていた」
麗しの公爵様は、今日も聖女にしか見せない笑顔を浮かべる──
※タイトル変更しました
彼を追いかける事に疲れたので、諦める事にしました
Karamimi
恋愛
貴族学院2年、伯爵令嬢のアンリには、大好きな人がいる。それは1学年上の侯爵令息、エディソン様だ。そんな彼に振り向いて欲しくて、必死に努力してきたけれど、一向に振り向いてくれない。
どれどころか、最近では迷惑そうにあしらわれる始末。さらに同じ侯爵令嬢、ネリア様との婚約も、近々結ぶとの噂も…
これはもうダメね、ここらが潮時なのかもしれない…
そんな思いから彼を諦める事を決意したのだが…
5万文字ちょっとの短めのお話で、テンポも早めです。
よろしくお願いしますm(__)m
夫の隠し子を見付けたので、溺愛してみた。
辺野夏子
恋愛
セファイア王国王女アリエノールは八歳の時、王命を受けエメレット伯爵家に嫁いだ。それから十年、ずっと仮面夫婦のままだ。アリエノールは先天性の病のため、残りの寿命はあとわずか。日々を穏やかに過ごしているけれど、このままでは生きた証がないまま短い命を散らしてしまう。そんなある日、アリエノールの元に一人の子供が現れた。夫であるカシウスに生き写しな見た目の子供は「この家の子供になりにきた」と宣言する。これは夫の隠し子に間違いないと、アリエノールは継母としてその子を育てることにするのだが……堅物で不器用な夫と、余命わずかで卑屈になっていた妻がお互いの真実に気が付くまでの話。
完結 この手からこぼれ落ちるもの
ポチ
恋愛
やっと、本当のことが言えるよ。。。
長かった。。
君は、この家の第一夫人として
最高の女性だよ
全て君に任せるよ
僕は、ベリンダの事で忙しいからね?
全て君の思う通りやってくれれば良いからね?頼んだよ
僕が君に触れる事は無いけれど
この家の跡継ぎは、心配要らないよ?
君の父上の姪であるベリンダが
産んでくれるから
心配しないでね
そう、優しく微笑んだオリバー様
今まで優しかったのは?
夫が大変和やかに俺の事嫌い?と聞いてきた件について〜成金一族の娘が公爵家に嫁いで愛される話
はくまいキャベツ
恋愛
父親の事業が成功し、一気に貴族の仲間入りとなったローズマリー。
父親は地位を更に確固たるものにするため、長女のローズマリーを歴史ある貴族と政略結婚させようとしていた。
成金一族と揶揄されながらも社交界に出向き、公爵家の次男、マイケルと出会ったが、本物の貴族の血というものを見せつけられ、ローズマリーは怯んでしまう。
しかも相手も値踏みする様な目で見てきて苦手意識を持ったが、ローズマリーの思いも虚しくその家に嫁ぐ事となった。
それでも妻としての役目は果たそうと無難な日々を過ごしていたある日、「君、もしかして俺の事嫌い?」と、まるで食べ物の好き嫌いを聞く様に夫に尋ねられた。
(……なぜ、分かったの)
格差婚に悩む、素直になれない妻と、何を考えているのか掴みにくい不思議な夫が育む恋愛ストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる