上 下
147 / 183
第六章 魔女との邂逅

4-32 魔女の館

しおりを挟む


 白銀の大蛇――地竜に囲うように守られて、魔女の館は、ひっそりと存在していた。

 広い大地にもかかわらず、その屋敷はこぢんまりとしており、領地の農園地帯に建つ一軒家を彷彿とさせる家屋である。
 家屋はレンガ造りの平屋建てで、扉が一つと小さな窓が二つある他は、何の飾り気もない。屋根からは煙突が伸びているが、煙は出ていなかった。

 庭には井戸があるものの、もう長いこと使われていないようだ。
 火山地帯だからか、庭が雑草で覆われているということはないが、その代わりゴロゴロとした石や小岩があちらこちらに転がっている。

「ここが、魔女の屋敷なのですか……?」

「……こんなに素朴な家屋だったんだな。それに、随分荒れ果てている様子だが」

 私が思わずそうこぼすと、ウィル様は顎に手を当て、眉に皺を寄せた。

「ウィリアム、お前、来たことがあるのだろう? 以前からこんな様子だったのか?」

「ああ、あるにはあるが……あの時は、見えていなかったから、どんな様子だったのかは……」

 そういえば以前ウィル様が、時間遡行前は大怪我をして視力を失っていたと言っていた。
 この屋敷には、魔法に疎い私でも感じられるほどの、濃厚な魔法の気配がある。ウィル様はそれをたどって、ここまで来ることができたのだろう。

「……まあ、いい。ここまでは全員無事にたどり着いたが、この扉の先には果たして何が待っているやら」

 シナモン様が、彼女にしては珍しく固い表情を見せ、ぶるりと身震いをした。

「――行くか」

 ウィル様が短く告げると、全員、意を決したように頷く。
 そして、魔女の館の扉をノックすると、ギイ、と音を立ててゆっくりと開いた。



 家の中は、さほど荒れてはいなかった。

 リビング……というよりも土間と表現した方が良いだろうか。
 木が育たないからだろう、大きな石を切り出して作ったテーブルと、スツールが二脚。
 テーブルにはチェック柄のクロスが掛けられている。布製品はどこかから入手できるようだ。
 その奥には鍋や食器が置かれていて、シンクやかまどもあるが、もう長いこと使われていないのが見て取れた。

「さあ、どうぞどうぞ、座るのじゃ。硬い椅子で申し訳ないがのう……あ、しかも二脚しかないのじゃった」

 魔女はそう言って、一生懸命背伸びして・・・・・、そのうちの一脚に座る。

「うんしょっと……あ、すまんのう、わらわが座ったら一脚しか残らないのじゃ」

 魔女はちょこん、と石のスツールに座って、足をぶらぶらさせる。
 そして、呆気にとられている私たちに向かって、改めて挨拶をした。

「皆の者、よく来たのじゃ。わらわが『魔女』じゃ」

 魔女は、ふふんと胸を張って、尊大な態度をとる。
 高く可愛らしい声で私たちを見上げているのは、床まで届くほどの長い白髪・・と、深紅の瞳・・・・を持つ幼女だった。
 扉が開いた瞬間は、従者か何かかと思ったのだが、やはり彼女が魔女本人だったようだ。

「あなたが……魔女?」

「そうじゃ、不服か?」

「いえ。その不思議な魔法の力……間違いなく貴女が魔女なのでしょう」

 可愛らしい姿をしているが、彼女から発せられている魔法の力は、とてつもないものだ。
 純粋な魔力とも、聖力とも呪力とも違う、不思議な気配である。

「お客が来るっていうから、首を長くして待っておったのじゃ。ええと……そちらの二人は初めましてじゃな?」

「……二人?」

「ああ、すまぬ、二人と一匹じゃった」

 私たちは、顔を見合わせる。
 ウィル様は魔女と会ったことがあるはずだが、シナモン様も、クロム様も、もちろん私も、彼女とは初対面のはずだ。

「……ああ、そうか、覚えておらぬか。まあ、良い。しかし、二回目にして無傷でここまで来るとは、そちもなかなか優秀な男のようじゃの。旧友を思い出すわ」

 魔女はウィル様に視線を向けて、満足そうに頷く。

「あの……ここに来る前に巨大な鳥が現れたのですが、あれは? 合格とか何とか言っていましたが」

「わらわの友人じゃ。悪人ヅラじゃからよく勘違いされるが、根はいい奴なんじゃよ。いきなり襲いかかってくるような危険人物がわらわに近づかないように、番犬ならぬ番鳥のようなことをしてくれてるんじゃ」

「うっ……危険人物」

「……まあ、人のことは言えないが、戦い慣れしているせいで脳筋な行動を取りがちだよな。騎士という人種は」

 シナモン様がぼそりと突っ込みを入れ、ウィル様は気まずそうに目をそらす。
 時間遡行前の彼は、鳥に氷魔法を放ったと言っていた。彼らにとって危険人物に該当すると判断されたようだ。

「あれに認められたから、今回・・は獣たちに襲われなかったじゃろう? 奴らを癒やすために聖力を使わなくて済んだから、今回は割引価格で請け負ってやるぞ。それで、そちらの願いは何じゃ? 誰が何を願う?」

「今回は願い事ではなくて、聞きたいことがあって来ました」

「ほう? 言ってみよ」

「――前回、俺が願ったこと。その代償と……『土産』のことで」

「ふむ。見つけたか? わらわの望む、『賢者の石』を」

 魔女はすう、と、その紅い・・目を細める。
 品定めをするかのように、その視線をウィル様に向け、薄く笑んだ。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

ループ中の不遇令嬢は三分間で荷造りをする

矢口愛留
恋愛
アンリエッタ・ベルモンドは、ループを繰り返していた。 三分後に訪れる追放劇を回避して自由を掴むため、アンリエッタは令嬢らしからぬ力技で実家を脱出する。 「今度こそ無事に逃げ出して、自由になりたい。生き延びたい」 そう意気込んでいたアンリエッタだったが、予想外のタイミングで婚約者エドワードと遭遇してしまった。 このままではまた捕まってしまう――そう思い警戒するも、義姉マリアンヌの虜になっていたはずのエドワードは、なぜか自分に執着してきて……? 不遇令嬢が溺愛されて、残念家族がざまぁされるテンプレなお話……だと思います。 *カクヨム、小説家になろうにも掲載しております。

召喚聖女に嫌われた召喚娘

ざっく
恋愛
闇に引きずり込まれてやってきた異世界。しかし、一緒に来た見覚えのない女の子が聖女だと言われ、亜優は放置される。それに文句を言えば、聖女に悲しげにされて、その場の全員に嫌われてしまう。 どうにか、仕事を探し出したものの、聖女に嫌われた娘として、亜優は魔物が闊歩するという森に捨てられてしまった。そこで出会った人に助けられて、亜優は安全な場所に帰る。

無一文で追放される悪女に転生したので特技を活かしてお金儲けを始めたら、聖女様と呼ばれるようになりました

結城芙由奈 
恋愛
スーパームーンの美しい夜。仕事帰り、トラックに撥ねらてしまった私。気づけば草の生えた地面の上に倒れていた。目の前に見える城に入れば、盛大なパーティーの真っ最中。目の前にある豪華な食事を口にしていると見知らぬ男性にいきなり名前を呼ばれて、次期王妃候補の資格を失ったことを聞かされた。理由も分からないまま、家に帰宅すると「お前のような恥さらしは今日限り、出ていけ」と追い出されてしまう。途方に暮れる私についてきてくれたのは、私の専属メイドと御者の青年。そこで私は2人を連れて新天地目指して旅立つことにした。無一文だけど大丈夫。私は前世の特技を活かしてお金を稼ぐことが出来るのだから―― ※ 他サイトでも投稿中

黄金の魔族姫

風和ふわ
恋愛
「エレナ・フィンスターニス! お前との婚約を今ここで破棄する! そして今から僕の婚約者はこの現聖女のレイナ・リュミエミルだ!」 「エレナ様、婚約者と神の寵愛をもらっちゃってごめんね? 譲ってくれて本当にありがとう!」  とある出来事をきっかけに聖女の恩恵を受けれなくなったエレナは「罪人の元聖女」として婚約者の王太子にも婚約破棄され、処刑された──はずだった!  ──え!? どうして魔王が私を助けてくれるの!? しかも娘になれだって!?  これは、婚約破棄された元聖女が人外魔王(※実はとっても優しい)の娘になって、チートな治癒魔法を極めたり、地味で落ちこぼれと馬鹿にされていたはずの王太子(※実は超絶美形)と恋に落ちたりして、周りに愛されながら幸せになっていくお話です。  ──え? 婚約破棄を取り消したい? もう一度やり直そう? もう想い人がいるので無理です!   ※拙作「皆さん、紹介します。こちら私を溺愛するパパの“魔王”です!」のリメイク版。 ※表紙は自作ではありません。

【完結】聖女召喚に巻き込まれたバリキャリですが、追い出されそうになったのでお金と魔獣をもらって出て行きます!

チャららA12・山もり
恋愛
二十七歳バリバリキャリアウーマンの鎌本博美(かまもとひろみ)が、交差点で後ろから背中を押された。死んだと思った博美だが、突如、異世界へ召喚される。召喚された博美が発した言葉を誤解したハロルド王子の前に、もうひとりの女性が現れた。博美の方が、聖女召喚に巻き込まれた一般人だと決めつけ、追い出されそうになる。しかし、バリキャリの博美は、そのまま追い出されることを拒否し、彼らに慰謝料を要求する。 お金を受け取るまで、博美は屋敷で暮らすことになり、数々の騒動に巻き込まれながら地下で暮らす魔獣と交流を深めていく。

旦那様は離縁をお望みでしょうか

村上かおり
恋愛
 ルーベンス子爵家の三女、バーバラはアルトワイス伯爵家の次男であるリカルドと22歳の時に結婚した。  けれど最初の顔合わせの時から、リカルドは不機嫌丸出しで、王都に来てもバーバラを家に一人残して帰ってくる事もなかった。  バーバラは行き遅れと言われていた自分との政略結婚が気に入らないだろうと思いつつも、いずれはリカルドともいい関係を築けるのではないかと待ち続けていたが。

探さないでください。旦那様は私がお嫌いでしょう?

雪塚 ゆず
恋愛
結婚してから早一年。 最強の魔術師と呼ばれる旦那様と結婚しましたが、まったく私を愛してくれません。 ある日、女性とのやりとりであろう手紙まで見つけてしまいました。 もう限界です。 探さないでください、と書いて、私は家を飛び出しました。

一日5秒を私にください

蒼緋 玲
恋愛
【第一部】 1.2.3.4.5… 一日5秒だけで良いから この胸の高鳴りと心が満たされる理由を知りたい 長い不遇の扱いを受け、更に不治の病に冒されてしまった少女が、 初めて芽生える感情と人との繋がりを経て、 最期まで前を向いて精一杯生きていこうと邁進する第一弾。 【第二部】 境遇を悲観せず前向きに生きること、 テオルドに人を想う感情を起動させ、 周りとの関わりを経てユフィーラは命を繋いだ。 王国内での内輪揉め問題や国内部の黒い部分。 新しい命との邂逅。 人伝に拡がる保湿剤からの出逢い。 訳アリ使用人達の過去。 楽観主義でも大切な人達の為に時には牙を剥くユフィーラ。 更に拡がった世界で周りを取り込んでいくユフィーラ節第二弾。 その他外部サイトにも投稿しています

処理中です...