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第四章 魔獣と呪いと聖魔法
4-19 オオカミさん
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魔法石研究所に戻った私たちは、シュウ様の馬から下ろされたウサギさんと、再び対面することに。
「きゅるる?」
「わぁぁ……! やっぱり可愛い……!」
ウサギさんは、鼻をひくひくさせ、つぶらな瞳でこちらを見ている。
普通のウサギよりずっと大きいけれど、脅威はやはり感じない。
「ミア、気をつけて。魔獣……ではなくなったにせよ、野生の動物なんだから」
「大丈夫ですわ、不用意に触れたりしませんから」
私はしゃがんで、ウサギさんの様子をじっと観察する。
そういえば、呪いの靄は消え去ったけれど、瞳は紅いままだ。ただ、もう、凶暴な光は放っていない。自然で穏やかな紅である。
「さて。この魔兎は解剖には回さず、研究所で飼うことになったわけだが――」
シュウ様も、ウサギさんを解剖せず、そのまま飼育して生態を観察することに同意してくれた。
魔獣を生け捕りにする機会など、これまでなかったのだという。
「――しかし、どこで飼うかが問題だな」
「お庭では、ダメなのですか?」
私は、シュウ様に尋ねた。森や野原を駆け回っていたのだから、外の方がストレスはたまらなそうな気がする。
「檻に入れておけば脱走はしないだろうが……魔兎というのは、大声で鳴いたりするのか?」
「鳴く場合もありますね」
「なら、室内だな。とりあえず、風呂ぐらい入れてやらないと……誰か手の空いている者は……」
ウィル様の返答を聞いて、ウサギさんは室内で飼育されることが決まった。
シュウ様はそう言いながら、ケージを抱えてどこかへ行ってしまったのだった。
「さて、俺たちも帰ろうか」
「すっかり夕方になってしまいましたね」
「そうだね」
私とウィル様は、普段の服装に着替えて、再び馬に二人で乗り、帰路につく。
本当なら昼過ぎから誕生日パーティーをするはずだったけれど、すっかり遅くなってしまった。
けれど、そのかわりに、今日は有意義な時間を過ごすことができた。
「ウィル様。今日は、ウィル様と一緒に討伐に出ることができて、嬉しかったです」
「ふふ、そう?」
「はい。普段、魔法騎士の方がどんな風にお仕事をされているのか。農村の皆様にとって、聖女や騎士団がどのような存在なのか。……ほんの少しですが、見て、肌で感じることができて、良い経験になりました」
魔獣の討伐を依頼するにも、依頼料がかかる。
そのため、今回のように男手がないなどの事情がない限り、渋ってしまう。
しかし、それで怪我をしたとしても、教会を利用できるのは裕福な貴族や商人たちだけで、平民は家庭や診療所で簡単な治療を受けるに留まる。
魔獣の数は減ったにも関わらず、魔獣によって怪我をする人が後をたたない理由の一端が、わかったような気がした。
だからこそ、魔法騎士団の普段の業務――魔獣に関する情報収集や哨戒が、大切になってくるのだ。
それでも手が回らず緊急依頼で討伐に向かうこともあるが、魔獣被害を未然に防ぐことは、重要な業務の一環なのである。
「――ミア」
「はい」
「俺も……嬉しかったんだ」
ウィル様は、真っ直ぐに前を見ながら、穏やかな声で、淡い微笑みで、そう告げた。
夕焼けに照らされて、白くきめ細やかな肌にも、長い影を落とすまつげにも、新緑色の瞳にも、優しいオレンジ色がさしている。
「幼い頃、魔狼に襲われた時と違って、俺はミアを守る力を手に入れた。そして、ミアの力も、あの頃よりずっと強く俺を守ってくれている。なんだか……うまく言葉にならないのだけど、感慨深くて」
「ウィル様……」
「きみに素直に気持ちをぶつけてみて、本当によかった。ミアと一緒だと、こんなにも景色が違って見える。世界には……美しいものが、たくさんあるんだな」
ウィル様は目を細めて、道の先を眺めながら、ゆっくりと手綱を引く。
馬はゆるりと方向を変え、角を曲がった。もう間もなく、オースティン伯爵家が見えてくるだろう。
「他者に目を向ければ、新しい景色が見えるのだと、初めて知った。道の先だけでなく、周りにもまた景色が広がっていることを、初めて知った。――人の心が美しいと、初めて知った」
ウィル様は、そこで、ふっと笑った。
甘く、優しく。
氷麗の騎士は、私にだけ、とろけるような甘い微笑みを向ける。
「――ありがとう、ミア。こんな俺と、一緒にいてくれて」
「……それは、私の台詞ですわ。ウィル様、ありがとうございます、私を選んでくれて」
私は、ウィル様の腰に、そっと手を回す。
「愛しています」
私はぽつりと呟いて、ウィル様の胸に顔をうずめた。ふわりとシトラスの香りが、私を包む。
ウィル様は一瞬驚いたように身体を揺らしたけれど、嬉しそうに笑みをこぼした。
「……馬上じゃなかったら思い切り抱きしめて、キスをしたのにな」
「ふふ、今は我慢してください。安全運転でお願いしますね」
ウィル様は、はぁ、と大きくため息をついた。
「ウィル様?」
「……まったく、甘い声でそんな可愛いこと言ってたら、オオカミに食べられちゃうよ?」
「た、食べられちゃう?」
私は思わず顔を上げる。悪戯っぽい、妖艶な笑顔が私に向いていて、私の鼓動は一気に加速した。
「そうだよ。こんなに密着して、煽るようなことを言うもんじゃない」
「あ、煽る? そんなつもりじゃ――」
ウィル様は、私の頭のてっぺんにキスを落とす。
身長差があるから、それがウィル様の触れられるギリギリだ。
けれどそれでも、深い深い愛情は、しっかり伝わってくる。
「ミア。愛してるよ。俺を選んでくれて、ありがとう」
ウィル様はそう言って、もう一度、私に愛おしげな笑顔を向ける。
そうしているうちに、私たちを乗せた馬は、オースティン伯爵家の門をくぐったのだった。
*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~
いつもお読みくださり、ありがとうございます!
以前アナウンスさせていただいた通り、創作の都合により、本物のウサギとは生態等大きく異なっております。
本物のウサギは鳴きませんし、臆病なのでこんなにすぐには人に懐きません。
違和感を持たれた皆様にはお詫び申し上げますが、ご理解いただけますと幸いです。
「きゅるる?」
「わぁぁ……! やっぱり可愛い……!」
ウサギさんは、鼻をひくひくさせ、つぶらな瞳でこちらを見ている。
普通のウサギよりずっと大きいけれど、脅威はやはり感じない。
「ミア、気をつけて。魔獣……ではなくなったにせよ、野生の動物なんだから」
「大丈夫ですわ、不用意に触れたりしませんから」
私はしゃがんで、ウサギさんの様子をじっと観察する。
そういえば、呪いの靄は消え去ったけれど、瞳は紅いままだ。ただ、もう、凶暴な光は放っていない。自然で穏やかな紅である。
「さて。この魔兎は解剖には回さず、研究所で飼うことになったわけだが――」
シュウ様も、ウサギさんを解剖せず、そのまま飼育して生態を観察することに同意してくれた。
魔獣を生け捕りにする機会など、これまでなかったのだという。
「――しかし、どこで飼うかが問題だな」
「お庭では、ダメなのですか?」
私は、シュウ様に尋ねた。森や野原を駆け回っていたのだから、外の方がストレスはたまらなそうな気がする。
「檻に入れておけば脱走はしないだろうが……魔兎というのは、大声で鳴いたりするのか?」
「鳴く場合もありますね」
「なら、室内だな。とりあえず、風呂ぐらい入れてやらないと……誰か手の空いている者は……」
ウィル様の返答を聞いて、ウサギさんは室内で飼育されることが決まった。
シュウ様はそう言いながら、ケージを抱えてどこかへ行ってしまったのだった。
「さて、俺たちも帰ろうか」
「すっかり夕方になってしまいましたね」
「そうだね」
私とウィル様は、普段の服装に着替えて、再び馬に二人で乗り、帰路につく。
本当なら昼過ぎから誕生日パーティーをするはずだったけれど、すっかり遅くなってしまった。
けれど、そのかわりに、今日は有意義な時間を過ごすことができた。
「ウィル様。今日は、ウィル様と一緒に討伐に出ることができて、嬉しかったです」
「ふふ、そう?」
「はい。普段、魔法騎士の方がどんな風にお仕事をされているのか。農村の皆様にとって、聖女や騎士団がどのような存在なのか。……ほんの少しですが、見て、肌で感じることができて、良い経験になりました」
魔獣の討伐を依頼するにも、依頼料がかかる。
そのため、今回のように男手がないなどの事情がない限り、渋ってしまう。
しかし、それで怪我をしたとしても、教会を利用できるのは裕福な貴族や商人たちだけで、平民は家庭や診療所で簡単な治療を受けるに留まる。
魔獣の数は減ったにも関わらず、魔獣によって怪我をする人が後をたたない理由の一端が、わかったような気がした。
だからこそ、魔法騎士団の普段の業務――魔獣に関する情報収集や哨戒が、大切になってくるのだ。
それでも手が回らず緊急依頼で討伐に向かうこともあるが、魔獣被害を未然に防ぐことは、重要な業務の一環なのである。
「――ミア」
「はい」
「俺も……嬉しかったんだ」
ウィル様は、真っ直ぐに前を見ながら、穏やかな声で、淡い微笑みで、そう告げた。
夕焼けに照らされて、白くきめ細やかな肌にも、長い影を落とすまつげにも、新緑色の瞳にも、優しいオレンジ色がさしている。
「幼い頃、魔狼に襲われた時と違って、俺はミアを守る力を手に入れた。そして、ミアの力も、あの頃よりずっと強く俺を守ってくれている。なんだか……うまく言葉にならないのだけど、感慨深くて」
「ウィル様……」
「きみに素直に気持ちをぶつけてみて、本当によかった。ミアと一緒だと、こんなにも景色が違って見える。世界には……美しいものが、たくさんあるんだな」
ウィル様は目を細めて、道の先を眺めながら、ゆっくりと手綱を引く。
馬はゆるりと方向を変え、角を曲がった。もう間もなく、オースティン伯爵家が見えてくるだろう。
「他者に目を向ければ、新しい景色が見えるのだと、初めて知った。道の先だけでなく、周りにもまた景色が広がっていることを、初めて知った。――人の心が美しいと、初めて知った」
ウィル様は、そこで、ふっと笑った。
甘く、優しく。
氷麗の騎士は、私にだけ、とろけるような甘い微笑みを向ける。
「――ありがとう、ミア。こんな俺と、一緒にいてくれて」
「……それは、私の台詞ですわ。ウィル様、ありがとうございます、私を選んでくれて」
私は、ウィル様の腰に、そっと手を回す。
「愛しています」
私はぽつりと呟いて、ウィル様の胸に顔をうずめた。ふわりとシトラスの香りが、私を包む。
ウィル様は一瞬驚いたように身体を揺らしたけれど、嬉しそうに笑みをこぼした。
「……馬上じゃなかったら思い切り抱きしめて、キスをしたのにな」
「ふふ、今は我慢してください。安全運転でお願いしますね」
ウィル様は、はぁ、と大きくため息をついた。
「ウィル様?」
「……まったく、甘い声でそんな可愛いこと言ってたら、オオカミに食べられちゃうよ?」
「た、食べられちゃう?」
私は思わず顔を上げる。悪戯っぽい、妖艶な笑顔が私に向いていて、私の鼓動は一気に加速した。
「そうだよ。こんなに密着して、煽るようなことを言うもんじゃない」
「あ、煽る? そんなつもりじゃ――」
ウィル様は、私の頭のてっぺんにキスを落とす。
身長差があるから、それがウィル様の触れられるギリギリだ。
けれどそれでも、深い深い愛情は、しっかり伝わってくる。
「ミア。愛してるよ。俺を選んでくれて、ありがとう」
ウィル様はそう言って、もう一度、私に愛おしげな笑顔を向ける。
そうしているうちに、私たちを乗せた馬は、オースティン伯爵家の門をくぐったのだった。
*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~
いつもお読みくださり、ありがとうございます!
以前アナウンスさせていただいた通り、創作の都合により、本物のウサギとは生態等大きく異なっております。
本物のウサギは鳴きませんし、臆病なのでこんなにすぐには人に懐きません。
違和感を持たれた皆様にはお詫び申し上げますが、ご理解いただけますと幸いです。
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