上 下
102 / 133
第四章 『二度目』の舞踏会

3-23 魔石のピアス

しおりを挟む

 白いローブをはためかせ、男を中心とした強い風が、音を立てて巻き上がる。

 ――その瞬間。

 キンッ!

 甲高い音と共に、白ローブの男の周囲に、分厚い氷の壁が現れた。

『なにっ!?』

 中に閉じ込められた男自身は凍り付いていない。氷の壁を利用して器用にその動きを封じるにとどめたようだ。
 男は剣を床に刺し、中から壁を叩くが、分厚い氷壁はびくともしない。

 魔法の氷壁を張ったのは、先程まで動けなかったはずの――、

「ウィル様!? お身体は!?」

「ああ。これのおかげで、時間はかかったけれど、動けるようになった」

 ウィル様は、厳しい視線を氷壁の中の男に向けたまま、耳に飾られているピアスに触れた。

「ピアスの……?」

 ウィル様のピアスには、私とお揃いの魔石――彼自身の魔力と、私の『浄化ピュリファイ』が込められたものが使われている。
 顔色を見る限りまだ万全ではなさそうだが、『浄化ピュリファイ』の効果によるものか、歩いたり魔法を扱ったりできるぐらいにまで回復したようだ。

「これで奴はしばらく動けないはず。異変に気づいた騎士たちがもうすぐ応援に来るはずだから、ミアは――」

 ウィル様が私に何か言おうとしたその時、白ローブの男が、ひときわ強く氷壁を叩く。
 その拍子に男のフードがめくれ上がり、彼は緑色の髪と瞳を、私たちの前にさらした。

「……! その顔」

 ウィル様も、気がついたようだ。

「ヒース……!」

 そう。
 白いローブを着て、国王陛下を襲った不審者の正体。
 それは、以前マーガレットの従僕フットマンを務めていた、ヒースだったのだ。

 氷壁の中のヒースは、口元に巻いていた布を思い切り剥ぎ取る。

『……頼む、助けてくれ……リリーが、殺される……!』

 氷壁越しでくぐもってはいるが、必死に叫ぶヒースの声は、こちらまでしっかり届いた。
 デイジー嬢に髪を掴まれていたリリー嬢の姿が脳裏に浮かび、私は急ぎ入り口の扉を振り返る。

 ウィル様も私につられて入り口に目を向けるが、そこにはすでに、二人の姿はなかった。
 そのかわりに、複数の足音がこちらへ近づいてくる。

「陛下、ご無事ですか! すぐに治療を。まずは安全な場所へご移動願います」

 先頭を切って国王陛下に声をかけたのは、魔法騎士団長――ウィル様の父、オースティン伯爵だった。
 足音の主は、応援に来た魔法騎士団員たちだったようだ。オースティン伯爵は、近くの騎士に指示を飛ばす。

「すぐに傷病者の手当をする。まずは国王陛下と、王族の方々を別室に」

「「「はっ」」」

 数名の魔法騎士が指示に従い、王族をその場から丁重に連れ出した。
 オースティン伯爵は、私たちの方に向き直り、厳しい表情を少しだけ緩めて、小さく頷く。

「待たせたな、ウィル、ミア嬢。よく持ちこたえた」

「父上……はい」

 張り詰めていたウィル様の表情が、やわらぐ。
 私もほっとして、密かに息をついた。

 すぐ横で、コンコン、と氷壁をノックする音がして、私たちはそちらに目を向ける。

「おい、そこの不審者」

 氷壁の中のヒースに声をかけたのは、濃い青色の短髪、片方の目を眼帯で覆っている騎士だ。

「リリー嬢なら心配ない。デイジー嬢と侯爵夫人も一緒に保護した」

『……そう、か……』

 ヒースは力が抜けたように、背中から氷壁にもたれかかった。

「父上、エリオット兄上、ありがとうございます」

 ウィル様が礼をすると、オースティン伯爵と、青い短髪の騎士――ウィル様の兄、エリオット様は頷く。

「さて、ミア嬢」

 オースティン伯爵は、私の方に視線だけ向けると、口元を隠して小声で私に指示を出した。

「――陛下のご容態は、侍医が診るだろうが、この症状……おそらく聖女の力が必要になる。ミア嬢も、別室へ」

「父上……それは、ミアに治療を、ということですか?」

 私のかわりにウィル様が、驚いた様子で、オースティン伯爵に尋ね返した。

「そうだ。むしろ今を逃したら、この状況の中、ミア嬢とウィルだけがまともに動けたことに対しての説明ができない」

「なるほど……」

 確かに、犯人であるヒースを除いて、症状が出ず自由に動けたのは私とウィル様だけ。
 正確にはウィル様は一度症状が出たらしく膝をついていたが、魔石のピアスのおかげで動けるようになった。
 症状が治まりそうな気配もない他の人からしたら、私とウィル様が動けた理由など想像もつかないだろうし――怪しいことこの上ないだろう。

「現場が落ち着いたら私もすぐに向かう。説明やその後のことは、私たちと王太子殿下に任せなさい」

「はい、承知いたしました」

「ウィルも一緒に。さあ、行きなさい」

「はっ」

 オースティン伯爵は私たちに指示を出し終わると、他の騎士の元に行き、指示を飛ばしはじめた。
 私とウィル様は、にわかに騒がしくなったボールルームを後にして、王族の運ばれた部屋へと急いだのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愛してしまって、ごめんなさい

oro
恋愛
「貴様とは白い結婚を貫く。必要が無い限り、私の前に姿を現すな。」 初夜に言われたその言葉を、私は忠実に守っていました。 けれど私は赦されない人間です。 最期に貴方の視界に写ってしまうなんて。 ※全9話。 毎朝7時に更新致します。

ループ中の不遇令嬢は三分間で荷造りをする

矢口愛留
恋愛
アンリエッタ・ベルモンドは、ループを繰り返していた。 三分後に訪れる追放劇を回避して自由を掴むため、アンリエッタは令嬢らしからぬ力技で実家を脱出する。 「今度こそ無事に逃げ出して、自由になりたい。生き延びたい」 そう意気込んでいたアンリエッタだったが、予想外のタイミングで婚約者エドワードと遭遇してしまった。 このままではまた捕まってしまう――そう思い警戒するも、義姉マリアンヌの虜になっていたはずのエドワードは、なぜか自分に執着してきて……? 不遇令嬢が溺愛されて、残念家族がざまぁされるテンプレなお話……だと思います。 *カクヨム、小説家になろうにも掲載しております。

婚約破棄直前に倒れた悪役令嬢は、愛を抱いたまま退場したい

矢口愛留
恋愛
【全11話】 学園の卒業パーティーで、公爵令嬢クロエは、第一王子スティーブに婚約破棄をされそうになっていた。 しかし、婚約破棄を宣言される前に、クロエは倒れてしまう。 クロエの余命があと一年ということがわかり、スティーブは、自身の感じていた違和感の元を探り始める。 スティーブは真実にたどり着き、クロエに一つの約束を残して、ある選択をするのだった。 ※一話あたり短めです。 ※エブリスタに投稿した作品の加筆修正版です。小説家になろうにも投稿しています。

【完結】お世話になりました

こな
恋愛
わたしがいなくなっても、きっとあなたは気付きもしないでしょう。 ✴︎書き上げ済み。 お話が合わない場合は静かに閉じてください。

あなただけが私を信じてくれたから

樹里
恋愛
王太子殿下の婚約者であるアリシア・トラヴィス侯爵令嬢は、茶会において王女殺害を企てたとして冤罪で投獄される。それは王太子殿下と恋仲であるアリシアの妹が彼女を排除するために計画した犯行だと思われた。 一方、自分を信じてくれるシメオン・バーナード卿の調査の甲斐もなく、アリシアは結局そのまま断罪されてしまう。 しかし彼女が次に目を覚ますと、茶会の日に戻っていた。その日を境に、冤罪をかけられ、断罪されるたびに茶会前に回帰するようになってしまった。 処刑を免れようとそのたびに違った行動を起こしてきたアリシアが、最後に下した決断は。

【完結】いてもいなくてもいい妻のようですので 妻の座を返上いたします!

ユユ
恋愛
夫とは卒業と同時に婚姻、 1年以内に妊娠そして出産。 跡継ぎを産んで女主人以上の 役割を果たしていたし、 円満だと思っていた。 夫の本音を聞くまでは。 そして息子が他人に思えた。 いてもいなくてもいい存在?萎んだ花? 分かりました。どうぞ若い妻をお迎えください。 * 作り話です * 完結保証付き * 暇つぶしにどうぞ

私は側妃なんかにはなりません!どうか王女様とお幸せに

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のキャリーヌは、婚約者で王太子のジェイデンから、婚約を解消して欲しいと告げられた。聞けば視察で来ていたディステル王国の王女、ラミアを好きになり、彼女と結婚したいとの事。 ラミアは非常に美しく、お色気むんむんの女性。ジェイデンが彼女の美しさの虜になっている事を薄々気が付いていたキャリーヌは、素直に婚約解消に応じた。 しかし、ジェイデンの要求はそれだけでは終わらなかったのだ。なんとキャリーヌに、自分の側妃になれと言い出したのだ。そもそも側妃は非常に問題のある制度だったことから、随分昔に廃止されていた。 もちろん、キャリーヌは側妃を拒否したのだが… そんなキャリーヌをジェイデンは権力を使い、地下牢に閉じ込めてしまう。薄暗い地下牢で、食べ物すら与えられないキャリーヌ。 “側妃になるくらいなら、この場で息絶えた方がマシだ” 死を覚悟したキャリーヌだったが、なぜか地下牢から出され、そのまま家族が見守る中馬車に乗せられた。 向かった先は、実の姉の嫁ぎ先、大国カリアン王国だった。 深い傷を負ったキャリーヌを、カリアン王国で待っていたのは… ※恋愛要素よりも、友情要素が強く出てしまった作品です。 他サイトでも同時投稿しています。 どうぞよろしくお願いしますm(__)m

断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた

兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。

処理中です...