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第四章 『二度目』の舞踏会

3-22 刺客

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 国王陛下のお言葉を聞こうと、皆が壇上に注目した時。
 視界の端で、黒い靄がぶわりと膨れ上がったのを感じた。

 圧を持って、羽虫の群れのように一点から広がってくる黒い靄に、私は恐怖を感じて目を閉じ、腕で顔を覆う。


 ほんの少し……だったと思う。

 形容しがたい、不快な何かが通り過ぎていったと思ったところで、すぐ近くから「うう」という呻き声が聞こえ、私は目を開けた。

「え……?」

 ――そこに広がっていた光景は、信じがたいものだった。

 人が、ばたばたと倒れていく。
 さっきまで談笑していたお父様も、お母様も、お兄様も、マーガレットも。
 一人残らず、床に倒れ伏し、あるいはうずくまっていた。

 中には、気を失っていたり、戻してしまっている人もいるようだ。

「な、なに……?」

 私は慌てて、辺りを見回す。

 国王陛下も、王太子殿下も。
 王妃陛下、王女殿下も。
 それに、そばに控えていた魔法騎士たちも……ウィル様も、苦しそうな表情を浮かべている。

 この場で無事だったのは、私だけのようだ。
 
 黒い靄の出所となったあたりを見ても、今はもう、誰も、何も存在しない。
 それどころか、黒い靄はそのまま通り過ぎてそのまま霧散してしまったのか、ボールルーム内からは綺麗さっぱりなくなってしまっている。

「う、うう」

 マーガレットが苦しそうに呻き、私は家族に視線を戻した。
 皆、顔色は蒼白を通り越して土気色になっていて、苦しそうだ。

 ――治してあげたい。でも、原因は一体? どの聖魔法を使えば、治せるのだろう?

 見たところ、黒い靄がまとわりついているわけではないから、『解呪アンチカース』ではなさそうだ。
 では、『解毒アンチドート』? それとも、『浄化ピュリファイ』? もしくは、もっと別の聖魔法が必要だろうか?

 ……考えてもわからない。試してみるしかないだろう。
 あとで危険が及ぶかもしれないし、ウィル様にも怒られるだろうが、今は非常事態。そんなこと、気にしている場合ではないはずだ。
 だって、みんなこんなに苦しんでいるのだから……。

 とにかく、これ以上見ていられない。知っている聖魔法を唱えてみよう。

 そう思い、その場にかがもうとしたところで、ボールルームの扉から人が入ってくる気配がした。

 入ってきたのは、明らかに招待客ではない、不審な人物。
 白いフードをかぶって顔を隠し、抜き身の剣を携えた何者か……顔に巻き付けた布と、フードのせいで、その表情はわからない。静かに、壇上の方へと進んでいく。

 そして。
 ボールルームには入ってこないが、扉の陰に、二人の人物が立っているのが見えた。
 皆伏せっているから、その二人に気づいているのは私だけだろう。

 一人は、痩せた灰色髪の令嬢――リリー・ガードナー嬢。
 後ろに立つもう一人の人物に、髪を乱暴に掴まれて震えている。

 リリー嬢の髪を引っ張っている人物は、切羽詰まった表情の、紅い髪の令嬢――デイジー・ガードナー嬢だった。

「……な、にもの……だ?」

 ボールルームの扉の方へ釘付けになっていた私は、苦しそうな国王陛下の声で我に返る。
 見ると、白いフードをかぶった不審者が、国王陛下に剣を突きつけているところだった。

 ――まずい。
 ウィル様たちの言っていた脅威というのは、このことだったのだ。
 魔法騎士団に大規模な招集がかけられたのは、国王陛下が狙われていたから……!

 私はもう一度あたりを見回すが、やはり私以外に動けそうな人は見当たらない。
 ――怖いけれど、この状況を打破できるのは、私だけ。私が出て行く以外、なさそうだ。

 私は胸に輝くペンダントを、ぎゅっと握りしめる。

 大丈夫。ウィル様のくれたこのペンダントが、勇気をくれる。

 ウィル様は、やはり皆と同じく、動けないようだ。膝をついたまま、祈るような表情で私の方を見ている。
 きっと、彼は、私に危ないことなどしないでほしいと願い、祈っているのだろう。

 ――ウィル様、ごめんなさい。見ているだけなんて、私にはできません。

 私は心の中で彼に謝罪し、不審者と国王陛下がいるところへと、足を向けたのだった。


「――おやめなさい」

 声が震えないように。気丈に見えるように。
 私は、不審人物に向けて、はっきりと声を上げた。

「……っ」

 白いフードの人物は、肩を揺らして、振り返る。
 剣先は、国王陛下の方に向いたままだ。
 私は、その人物の注意を引こうと、フードに隠れた顔をじっと見つめながら、一歩一歩近づいていく。

「来るな……っ」

 震えた声で、白いフードの人物は言う。

「……あなたは……」

 私は、その声に驚いて、の数歩手前で足を止めた。

 フードの中を、のぞき込む。
 彼は私の視線から逃れるように、国王陛下の方へと向き直った。

 だが、私には見えた。
 フードに隠された、哀しげな緑色の瞳を。
 頬にかかる、緑色の髪を。

「……どう、して……?」

 彼は、首を横に振るだけ。震える剣先を、頑なに国王陛下に突きつけたまま。

「……哀しい目。本当は、こんなこと、望んでいないのでしょう?」

 私は、ゆっくりと彼に歩み寄ると、彼に向かって手を差し伸べた。
 そうすることが正しいような気がしたから。

「もう、やめましょう? さあ、剣を捨てて」

「うるさい……! これ以上、近づくなっ!」

 彼がそう言った瞬間――白いローブをはためかせて、彼の周囲に強い風が巻き起こった。
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