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第一章 聖女ステラの手記

3-2 聖女ステラの手記

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 私は、ステラ様の手記を膝の上で開いた。

 最初の方には、聖魔法の発動方法が簡単に記されている。ウィル様のノートと見比べながら聖魔法の勉強をする時は、この辺りのページしか開かない。

 聖魔法のページが終わると、ステラ様の経験したことが順を追って書かれている。
 日記ではなく後から書かれたものだからだろう、記憶が曖昧になっているであろう部分や、年月が飛んでいる部分も散見された。



 聖女ステラは、王都の教会で生まれ育った。物心ついた頃には、父親とは離れて、教会の聖女たちに囲まれて生活をしていたそうだ。

 理由はわかっていないが、聖女は必ず母親から娘にのみ遺伝するらしい。
 聖女から生まれた男の子が成人して、一般の女性と子を成しても、聖女が生まれることはないのだそうだ。
 聖女の産んだ女児からしか、次代の聖女は生まれない。

 女児が生まれた場合は母親が引き取り、教会で聖女としての教育をされる。
 一方、男児が生まれた場合は父親が嫡子として引き取り市井で暮らす。
 どちらにせよ、聖女として生まれた以上、夫と一緒に生活することはできない。

 そういった事情から、聖女の結婚相手は、何かしらの事情を抱えた貴族となる場合が多いようだ。

 確かな身分の妻から生まれた嫡子は必要だが、身分違いの恋人や情婦がいて、正妻を愛するつもりのない男性。
 聖女と結婚し女児が生まれると、まとまったお金が入るため、金銭目的で結婚する没落寸前の貴族男性。

 例を挙げるとキリがないが、とにかく、教会にいる聖女たちは、恋も愛も知らずに生きていく者が多い。

 中には、何度も教会に通っているうちに聖女と恋仲になる男性も、いないことはない。
 だが、金銭のやり取りが発生するため、身分が確かな者でなければ教会は婚姻を認めない。
 それに、結婚しても共に過ごすことができないため、男女共に恋を諦めてしまう者も多いようだ。

 逆に、神殿騎士や教会の関係者であれば、男性であっても生涯聖女のそばにいることができる。
 だが、聖女を一番近くで守るはずの者たちが、欲望の赴くまま聖女を傷つけたりしたら本末転倒だ。
 なので、教会関係者には、全員に何かしらの制約魔法がかけられるらしい。


 そしてある時、聖女ステラは一人の男性に出会った。
 男性の名は、ジュードといった。後に、私の父親となる人だ。

 ジュードは、ステラが巡回で時々訪れる小さな教会がある街の、自警団に所属していた。

 ステラは、神殿騎士を一人供につけ、いつものように教会へ行った。そこへ、街の近くをうろつく魔獣を追い払おうとして大怪我をしたジュードが、運び込まれてきたのだ。

 ステラは、すぐにジュードの治癒を開始する。しかしジュードの傷は深く、ステラは限界を超えて、全ての聖力を注ぎ込んで治癒した。
 ジュードの完治を確認すると、ステラは力の使いすぎで倒れてしまった。あまり体力のなかったステラは、聖力が回復するまでまともに動けず、何日も寝込んでしまうことになる。


 そんな中、ジュードは、毎日教会を訪れ、ステラを見舞った。
 ステラが寝ている部屋には入れてもらえないのに、神殿騎士に無理を言って、扉を挟んで、毎日数分間だけ話をして帰った。

 街のこと。自分のこと。ステラへの感謝の気持ち。
 それを、ステラが動けるようになるまで、毎日、毎日。
 ジュードは、自分も貧血で体調が悪いにも関わらず。雨の日も、風の日も、欠かさずに。

 ステラの聖力が回復して、教会でつとめを果たせるようになってからは、ジュードと直接会って話すことができるようになった。
 話をする時間も、少しずつ少しずつ延びてゆく。

 そうして交流を続けるうちに、ステラはいつしかジュードと過ごす時間が、唯一の楽しみになっていた。
 随伴していた神殿騎士にも、教会で共に暮らしていた聖女たちにも抱いたことのない感情。
 けれど、それが恋だと彼女が気づくのは、まだもう少し先のお話。

 巡回を終えて王都に戻り、また巡回に訪れ――そうして何度もその街を訪れているうちに、神殿騎士もジュードと仲良くなり、信用するようになっていた。その神殿騎士の計らいで、ステラとジュードは、度々二人きりになる時間を持つことができるようになったのである。


 そして。
 ジュードはステラに愛を告白し、ステラもジュードの想いを受け入れた。

 しかし、二人が恋を続けるには、教会と聖女のしきたりという、分厚い壁がある。
 ステラは、他の聖女と同様に、恋を諦めようかと、思い悩む日々を過ごした。


 そんなある日。
 王都の教会でひとり、夜番の勤務を続けていたステラの元に、私の育ての母――クララ・エヴァンズ子爵夫人が、教会に運ばれてきた。
 ステラはお母様の呪いを解き、出産に立ち会うこととなる。

 無事に出産を終え、涙を流しながら抱き合う三人を見て、ステラは胸が締め付けられる思いだった。このまま教会にいては、目の前にいる三人のような、愛に満ちた幸せは、自分には一生得られないのだ。
 そして、ステラはついに教会を抜ける決心をした。

 次の巡回で、ステラとジュードは、密かに脱走計画を立てはじめる。
 街の人たちは二人の想いを知っていたため、喜んで脱走に手を貸してくれた。

 ステラ付きの神殿騎士に計画を知られてしまった時は、息が止まる思いをしたが、予想外にも彼は脱走に賛成してくれた。
 彼は昔、望まぬ争いによって妻子と引き離されてしまったらしい。愛する者と離れることの辛さを、知っていたのだ。

 神殿騎士の妻は、北の隣国で身分ある人だった。
 三年前、お家騒動に巻き込まれた彼は、妻と、生まれたばかりの双子を置いて、一人この王国へ亡命しなくてはならなくなった。
 隣国を南側から抜けて王国に入ると、国防の要である北部辺境伯領・・・・・・をなんとか脱出し、王都までたどり着いたのだとか。

 神殿騎士は、妻子のことをずっと気にかけている様子で、常に胸元に忍ばせていた、緑色の髪の双子・・・・・・・を抱く女性の絵姿を見ながら、毎晩酒を呑んでいたという。



 そこまで読んで、私は一旦手記から顔を上げた。
 いつの間にか、けっこうな時間が経過していたらしい。そろそろ、日が傾き始める時間だ。

 ウィル様は、いつもどのぐらいの時間に仕事を終えて帰ってくるのだろう。帰ってきたら、私の借りている客室に顔を出してくれるだろうか。
 私は手記を読むのを切り上げ、客室へ戻ることにしたのだった。
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