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第六章 オースティン伯爵家へ

2-33 オースティン伯爵家へ

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 そうして、話は最初に戻り、私をオースティン伯爵家か魔法騎士団で預かってもらう件についての議論が進められた。
 その結果、ひとまず今日はオースティン伯爵家のやしきでお世話になることが決まった。マリィと名乗った聖女が、明日にでもまた来るかもしれないからだ。

 明日以降の滞在先は、魔法騎士団長であるオースティン伯爵の意向によって決まるが、伯爵家に滞在を続けるか、魔法騎士団の女子寮に入ることになるだろうとのことだ。

 お父様も、お母様も、お兄様にも、異論はなさそうである。
 普段だったら即反対しそうなマーガレットも、私の身の安全のためならと頷いてくれた。

 私はあまりにも急な話で驚いてしまったが、ウィル様が一緒なら、不安はない。
 急いで大切なものだけトランクに詰め、他に必要な荷物は、改めて滞在先に送ってもらうことにした。

「では……ウィル様。よろしくお願い致します」

「ああ。行こうか」

 ウィル様は、私に手を差し出してくれる。
 私はその大きな手のひらに、そっと自分の指をのせた。

「ウィリアム君。ミアをよろしく頼むぞ。それから、間違っても――」

「もう! あなたったら! いいのよウィリアム君、この人の言うことなんて気にしなくても。――ミア、元気でね」

「お父様……お母様……」

「うぁあぁやっぱり寂しいですわぁぁあ」

「マーガレット……」

 妹のマーガレットは、顔面を崩壊させて泣きじゃくっている。いっぱい我慢して、提案を受け入れたのだろう。
 手紙騒動以前の彼女だったら、今回の提案を受け入れてくれることはなかったかもしれない。随分と成長したものである。

「こまめに、お手紙を書くからね」

「待っておりますわぁぁあ」

 続いて前に出たのは、オスカーお兄様だった。

「……ミア。元気でね」

「はい、お兄様」

「ウィリアム様。約束、たがえないで下さいよ」

「もちろんです」

「……約束? ウィル様、お兄様と何か?」

「ああ。ミアが荷物をまとめている間に、少しね」

 ウィル様もお兄様も微笑むだけで、詳しいことは話してくれなかった。
 何の話をしたのかはわからないけれど、ダイニングで話をした時に比べて、二人の距離が格段に近くなったように感じる。

「シェリー、すまんが、ミアを頼むぞ。元気でな」

「ありがとうございます。お嬢様のことは、お任せ下さいませ」

 ずっと私の侍女として勤めてくれていたシェリーも、私についてきてくれることになっている。
 ウィル様が不在の時も、シェリーがいれば不安にならなくて済みそうだ。

「シェリー、ありがとう。一緒に来てくれて、本当に心強いわ」

「もったいないお言葉です。私もお嬢様とご一緒できて、嬉しく思っておりますよ」

 そうして、私はエヴァンズ子爵家を一旦離れ、オースティン伯爵家に仮住まいさせてもらうことになったのだった。

 みんな寂しさを隠して、けれど笑顔で見送ってくれる。
 まるで嫁入りみたい、と思ったけれど、結婚するのはまだ先なのだ。この状況が落ち着いたら、またいつでも帰ってこられる。

「お父様、お母様、お兄様、マーガレット。セバスチャンや皆様も、お元気で」

 皆に別れを済ませて、私たちを乗せた馬車は、夕暮れに染まるエヴァンズ子爵家の敷地を後にしたのだった。





 オースティン伯爵家に到着した時には、すでに客室の清掃が済み、私の滞在する部屋が用意されていた。きっと、事前に魔法通信か何かで知らせてあったのだろう。
 魔道具の灯りで照らされている室内に対して、外はすっかり暗くなっている。客室が面しているはずの中庭は、明るい部屋の中からでは全く見渡すことができない。

 部屋の中は私一人で使うには広すぎるほどで、お風呂なども全てこの部屋で済ませられるようになっている。今は普段着が数着だけしか掛かっていないが、大きいクローゼットもついていた。

 また、続きの部屋もあって、シェリーが寝泊まりできるようになっていた。
 シェリーは伯爵家の使用人ではなく、私の侍女としてついてきてくれた身である。私が不安にならないようにとの配慮でもあるだろう。

「ウィル様、こんなに立派なお部屋を用意してくださって、ありがとうございます」

「いいんだ、ミアは俺にとっても、魔法騎士団と魔法師団にとっても大切なお客様だからね」

 今は、ウィル様と二人きりだ。律儀にも、客室の扉は少しだけ開けてある。
 シェリーは、伯爵家の使用人たちに挨拶をしに行った。私と一緒にオースティン伯爵家を訪ねたこともあったから、知り合いのメイドも何人かいるようだ。

「オースティン伯爵家には要人も時折訪れる。だから、客室には私兵がいつでも駆けつけられるようになっているんだ。俺の部屋からは少し離れているけれど、安心して過ごしてほしい」

「ええ。ご配慮、ありがとうございます」

「……本当は、隣の部屋を用意したかったんだけど。さすがにそれは怒られそうだからね」

 ウィル様は、私の髪を耳にかけて、微笑む。私にだけ見せてくれる甘い顔に、胸の奥が、きゅっとする。

「ねえ、ミア。誕生日会の席で、本当の誕生日プレゼントは後で、って言ったよね」

「……ええ」

「少し目を閉じていてくれる?」

 私は、素直に目をつぶった。
 ウィル様のシトラスの香水が、ふわりと私を包み込む――。
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