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第六章 噂と疑念
1-28 協力依頼
しおりを挟むミア視点に戻ります。
――*――
ウィリアム様に手伝ってもらいながら、かけられてしまった呪いを自ら解呪したあと。
私に送られてきた呪いの品だけでなく、ベイカー男爵の呪いにも謎のブティックが関わっているらしいと、お父様は言った。
そして、その件に関して、これから魔法騎士団の調査が入ると思っていた。
……なのだが。
「エヴァンズ子爵、お願いです。これは魔法騎士団長からの正式な依頼なのです。ここに書状も――」
「駄目だ! 誰が何と言っても駄目だ! 娘を危険に晒すなんて、一体どこの親が許すというのだ!」
「私が必ず守りますから。約束します。絶対にミアに危険がないように、全身全霊をもって守ると誓います」
「しかし、君はただの見習い騎士だ! 実績があるわけでもないのだぞ! 伯爵もなぜこのような……」
「私が一番、適任だからです。確かに実績はありませんが、実力は――」
「君が適任なのも、実力が確かなのもわかっている! だが……!」
お父様とウィリアム様はさっきからこの調子で、話が一歩も先に進まない。
「あの、お父様、ウィリアム様」
「ミアは黙っていろ!」
「ミアは静かにしていて!」
私が声をかけても、この調子だ。
というか私のことで揉めているのに、私自身の意見は聞き入れてくれないのだろうか。
「お二方こそちょっと黙ってくださいまし! 人の話を聞かない人なんて、嫌い! お父様もウィリアム様も、嫌いですっ!」
私が大きな声を出すと、男二人、戦慄したような表情で固まったのだった。
ちなみに、妹のマーガレットにこの手法を使うと、拗ねてしまってとても大変なことになる。
けれど、お父様とウィリアム様には効果てきめんだったらしい。
「す、すまない、ミア」
「ミア、ごめん……嫌いだなんて言わないで……」
しゅんとうなだれる二人を見て、私はそばにいた侍女のシェリーと顔を見合わせ、ぷっと笑ってしまった。
急に静かになった二人に、私は自分の意見を告げる。
「お父様、ウィリアム様。私、今回の調査に参加したいと思いますわ」
「なっ……ミア、危ないんだぞ!? 私がこれまでどれだけ……」
「お父様! だまらっしゃい!」
お父様は再び静かになった。
「お父様が私を心配してくれる気持ちは、わかります。けれど、これは魔法騎士団からの正式な依頼なのですよ。確かに命令ではないですからお断りすることは可能ですが、断れば、お父様の――エヴァンズ子爵家の心証が悪くなります」
私が冷静に諭すと、お父様はまた反論しようと口を開いた。
けれど、私がキッとひと睨みすると、お父様は「うう」と呻くだけにとどめた。
「それに、心配してくださっているのは、ウィリアム様だって同じですわ。お顔を見ればわかります。ウィリアム様も、きっと完全には納得していないのでしょう?」
ウィリアム様は、眉を下げ、苦笑いしながら頷いた。
この分だと、魔法騎士団長にも一度は反論したかもしれない。
「大丈夫。私はウィリアム様を信じていますわ。――それに」
私は、お父様の近くまで行くと、口を手で隠しながら、お父様の耳元で囁いた。
「――魔法騎士団は、自らの意思で教会や神殿騎士団と対立するのですわ。ということは、今、魔法騎士団の皆さんに恩を売っておけば、私やエヴァンズ子爵家に何かあった時に、皆さんが守ってくださるかもしれませんよ?」
私が顔を離すと、お父様は驚いた顔で私を見て、固まっていた。
顎に手をあて、考え始める。ようやくお父様も冷静さを取り戻したようだ。
「……悔しいが、ミアの言う通りだ。ミアの参加を認めよう。ただし、ウィリアム殿。必ず、ミアを守りなさい」
「はい。身命を賭して、必ず守ります」
私はウィリアム様に目を向ける。
その新緑の瞳には決意がこもり、力強く輝いていた。
*
その翌日。
私は、オースティン伯爵家の屋敷に招かれていた。
さすがは武官の家系であるオースティン伯爵家、正門前から裏口に至るまで、しっかりと訓練された私兵が警備をしていた。
魔法騎士団長である当主を狙う輩も、少なくないためである。
当然、使用人も外部の業者も、しっかり精査されて雇われているのだそうだ。
機密情報のやり取りが行われることもあるため、遮音用の魔道具をはじめとした、防犯用の魔道具も多数配置されている。
サロンに通されてお茶を楽しんでいると、しばらくして、魔法師団の団員という男女三人が訪れた。例の調査の顔合わせである。
この調査は、魔法騎士団の中でも限られた人しか知らない、極秘任務。
そのためにウィリアム様は、オースティン伯爵邸での顔合わせを選んだ。
安全性も機密性も保てるし、ウィリアム様の元を私が訪れるのも、魔法騎士団長の元を魔法師団員が訪れるのも、不自然ではないからである。
もちろん、このサロンも人払いされていて、遮音用の魔道具もしっかり稼働させている。
「ミア嬢、はじめまして。私は魔法師団、魔道具研究室、副室長のビスケ。こっちの白髪がホイップ、あっちの金髪がカスターよ」
見たところ三人とも十代後半から二十代前半のようだ。
どうやら、ビスケと名乗った、茶髪のスタイル抜群な美人さんがまとめ役らしい。
「拙者、ホイップと申す者でござる。よろしくお願いつかまつる」
「僕はカスター。もう座っていいよな?」
ホイップという白髪糸目の男性は、これでもかというほど丁寧に腰を折って頭を下げる。
カスターと呼ばれた、長い前髪で片目を隠している金髪男性は、勝手にソファに座った。
「ごめんなさいね、変わった奴らで」
「い、いえ」
それよりも、私にはひとつ気になったことがあった。
それは、魔法師団に所属しているホイップ様の髪色が、魔力を持たない白髪だということだ。カスター様も、かなり白っぽい、クリーム色に近い金髪……魔力が高そうには見えない。
「気になる? 魔力量」
「あ、いえ、そんなことは……」
「いいのよ、当然だわ。魔力量が少ないにも関わらず、魔法の研究を一手に引き受ける魔法師団に所属しているなんて、変わっているわよね。でも、魔法の研究は魔力がなくたってできる――彼らはその頭脳と努力で、それを証明してくれたわ」
ホイップ様はもう一度深く礼をし、カスター様は満足気に鼻をこすって、足を組み替えた。
自慢げに部下を紹介するビスケ様が微笑むと、真っ赤なルージュが美しく弧を描いて艶めく。
作業着のような魔法師団の制服を着用しているのに、着崩し方も含めて、なんだか研究者とは思えないほど色っぽい。
「私たちは、魔道具の研究をしているの。カスターは魔力回路を開発設計する天才。ホイップは材料を加工し、図面通り寸分違わずに製造する天才。私の役割は、市場調査と対外交渉ね……こればっかりは、魔力のある人間じゃないと外部から見下されるから、一番魔力の多い私が、渋々やってるってとこ」
「なるほど……よろしくお願い致します」
対外交渉に関しては、魔力うんぬんもそうなのだろうが、ビスケ様の容姿も重要なポイントだろう。
そして彼女は、完全に自分の魅力をわかっていて、それを自ら利用している――そんな気がする。
「あと、ここにはいないけど、室長のアラザンも協力してくれるわ。魔法師団からは、この四人がバックアップに入るからね」
「魔法騎士団からは、私とあともう一人、シナモンという女騎士がつく。私がミアと、シナモンがビスケとペアを組んで行動。ホイップとカスター、アラザン室長は基本的に後方支援だから外に出ることはほぼないが、外出する際は私かシナモンと共に行動してもらう。ここまではいいな?」
ウィリアム様の説明に、全員が頷く。
ビスケ様とホイップ様も、カスター様の隣に腰を下ろした。
「よし、では今回の調査の概要を話す。シナモンには、後でビスケから説明を頼むよ」
「わかったわ」
ウィリアム様はビスケ様が頷いたのを確認すると、引き出しから書類を取り、私の隣に座る。
そして、テーブルの上に地図を広げたのだった。
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