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第四章 手紙の行方
1-21 悪意の雛菊 ★ウィリアム視点
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ウィリアム視点です。
――*――
「ええと……これで全部か。俺宛に届いていた釣書、こんなにあったんだな」
保管してあった釣書の量に辟易しながらも、俺は一枚一枚、めくっていく。
「……あった、これだ」
書類をめくりはじめて数分。
運良く、上から数枚目の書類に、目的の釣書を発見した。
「デイジー・ガードナー侯爵令嬢。釣書を送ってきたのは……ミアと婚約した後じゃないか。何考えてるんだ」
日付が新しいから上の方にあったんだな。
子爵令嬢であるミアや、伯爵家三男の俺よりも家格が高いとはいえ、婚約が決まっている人間に釣書を送りつけてくるのは非常識ではないか。
「ううむ……釣書を見てもやはりピンと来ないな。まともに話したこともないように思うんだがな……」
王立貴族学園に通っていて、年齢は十五歳……今は三年生か。
学年も違うし、そもそも俺が通っていたのは王立魔法学園だし、接点はないはずだ。
「だが、記憶のどこかに引っかかるんだよなあ」
俺は頭をひねる。
「学生時代じゃないとしたら、子供の時か? いや、違うよな。あの頃は病弱で、家族の他には教会関係者としか会ってなかったし」
唯一の例外が、『ミーちゃん』だ。
彼女と出会ったのは、俺が八歳の春。
しばらくの間、王都を離れて、空気の綺麗な山村へ療養に行っていた時である。
彼女も、ちょうど同じ時に、子爵家の別荘へ来ていた。
そんなある日。
とある理由で、大人たちの手が必要になり、集合がかかったことがあった。
大人たちがひと所に集められている隙に、俺は別荘を抜け出した。
ただぼんやりと、野原に寝そべる。
あたたかな陽射し。草のにおい。
薄い雲が、青い空を泳いでいく。
『ミーちゃん』も同じように、大人が留守にしている隙に、外に出てきたのだろう。
ちょうちょを追いかけて走ってきた彼女は、野原で横になってうつらうつらしていた俺の足につまずき、目の前で派手に転んだ。
今思い出しても、あの時の『ミーちゃん』は本当に可愛らしかった。
膝をすりむいて泣いている彼女にハンカチを差し出して、「いたいのとんでけ」のおまじないをして。
同年代の友人がいなかった俺は、すぐに彼女と仲良くなった。
だが、貴族の子供が、一人で外にいるなんて知られたら良くない。
そう思って、俺はミドルネームの『ルーク』からとった偽名、『ルゥ』を名乗り、地元の平民のふりをした。
そして、あの事故――いや、事件が起きた。
俺も『ミーちゃん』も生命の危機にさらされたが、二人とも奇跡的に助かって……けれど、俺たちが『ルゥ』と『ミーちゃん』として再会することは、二度となかった。
「……あの時のことを後悔した時もあったし、あれから俺は深い人付き合いをするのが怖くなった。だが、あの事件がなければ、今の俺はいなかったかもしれないんだよな。それに、ミアも」
――考えが横道にそれてしまったな。
今、こうして二人とも生きているのだから、それでいい。
あとは、三年後に起こる事件で、ミアが呪いの矢を受けてしまうことさえ防げたら、何も言うことはない。
「ええと、それで。学園卒業後……は、ないよな。魔法師団員と魔法騎士団員にしか会ってないし」
基本的にずっと、ミアに会いに行く以外は、外出する用事といえば魔法師団での研究か、訓練所での鍛錬ばかり。
あとは時々街へ研究に使う材料を買いに出るぐらいだが、さすがに街で出会ったという線はないだろう。
「あと考えられるのは……社交の場、茶会や舞踏会の類か? うーん、それだったら記憶に引っかかりを感じることはないよな。俺のことだから完全に忘れてるだろうし」
俺は、『ミーちゃん』を失いかけた体験をしてから、他者と深い人間関係を構築するのをやめるようになった。
それ以降、人の名前や顔を覚えるのが、ものすごく苦手だ。
特に、自分とは関係ないと判断したら、綺麗さっぱり忘れる自信がある。
反対に、集中さえしていれば、細部までしっかり覚えていたりもする。
逆行前も、魔法騎士団の仕事で指名手配犯を追いかける時は、捕まえて牢屋にぶち込むまではちゃんと顔や特徴が頭の中にしっかり入っていたものだ。
「……はは、指名手配犯だったりして」
口に出してはみたが、それはないような気がする。
女性の指名手配犯、それも貴族令嬢なんて、いなかったはずだ。
今までの罪を調べ上げて逮捕してやりたいと思った貴族は、何人もいたがな。
残念ながら、逆行前の俺には、そこまでの権限はなかった。
「逆行前の俺……仕事中毒者だったよな。いくら目的があって出世を急いでいたとはいえ、自分でも引くぐらいだ。そのせいでミアに誤解を……。ん? 待てよ……?」
その時。
ほんの少しだけ、引っかかりを感じた。
ミアとの仲が、決定的に決裂した理由は、何だった……?
「……ミアに、誤解……」
それまで名前も顔も知らなかった令嬢。
俺がその令嬢と懇意にしているという噂が流れて、俺は些事だと無視していた。
だが、ミアはそれを信じて……。
「あの時、噂になっていた令嬢……」
そうだ。思い出した。
逆行前、知らぬ間に俺との噂が流れていた令嬢の名前。
それこそが――
「デイジー・ガードナー侯爵令嬢だ……!」
彼女が手紙のことに言及したということは、おそらく逆行前も、俺とミアとの間に何らかの方法で割り込んでいたのだろう。
だが、今回はそうはいかない。
逆行前と外側はほぼ同じかもしれないが、内側は全く異なる道を進んでいる――俺もミアも。
「今回は、何があってもミアを手放さない。見放さない。……今のうちに、不安の芽はすべて摘み取ってやる」
この段階で注意を向けることができたのは幸いだ。
ミアを少しでも不安にさせることがないように、ガードナー侯爵家とデイジー嬢について、徹底的に調べ上げる必要がある。
「……何より……」
ぐしゃっ。
俺は怒りのあまり、思わず手に持っていた釣書を握り潰してしまった。
「大事なミアの手紙を盗んだ奴を許してはおけん! 俺の宝を盗んだも同義! 絶対に、絶対に返してもらうぞ!」
ミアの手紙が開封されていたり、捨てられたりしていなければいいが。
もし燃やされでもしていたら、俺は犯人を一生許せないだろう。
俺はぐしゃぐしゃになった一枚の釣書を残して、他の書類を片付けると、急ぎ情報を探りに出たのだった。
――*――
「ええと……これで全部か。俺宛に届いていた釣書、こんなにあったんだな」
保管してあった釣書の量に辟易しながらも、俺は一枚一枚、めくっていく。
「……あった、これだ」
書類をめくりはじめて数分。
運良く、上から数枚目の書類に、目的の釣書を発見した。
「デイジー・ガードナー侯爵令嬢。釣書を送ってきたのは……ミアと婚約した後じゃないか。何考えてるんだ」
日付が新しいから上の方にあったんだな。
子爵令嬢であるミアや、伯爵家三男の俺よりも家格が高いとはいえ、婚約が決まっている人間に釣書を送りつけてくるのは非常識ではないか。
「ううむ……釣書を見てもやはりピンと来ないな。まともに話したこともないように思うんだがな……」
王立貴族学園に通っていて、年齢は十五歳……今は三年生か。
学年も違うし、そもそも俺が通っていたのは王立魔法学園だし、接点はないはずだ。
「だが、記憶のどこかに引っかかるんだよなあ」
俺は頭をひねる。
「学生時代じゃないとしたら、子供の時か? いや、違うよな。あの頃は病弱で、家族の他には教会関係者としか会ってなかったし」
唯一の例外が、『ミーちゃん』だ。
彼女と出会ったのは、俺が八歳の春。
しばらくの間、王都を離れて、空気の綺麗な山村へ療養に行っていた時である。
彼女も、ちょうど同じ時に、子爵家の別荘へ来ていた。
そんなある日。
とある理由で、大人たちの手が必要になり、集合がかかったことがあった。
大人たちがひと所に集められている隙に、俺は別荘を抜け出した。
ただぼんやりと、野原に寝そべる。
あたたかな陽射し。草のにおい。
薄い雲が、青い空を泳いでいく。
『ミーちゃん』も同じように、大人が留守にしている隙に、外に出てきたのだろう。
ちょうちょを追いかけて走ってきた彼女は、野原で横になってうつらうつらしていた俺の足につまずき、目の前で派手に転んだ。
今思い出しても、あの時の『ミーちゃん』は本当に可愛らしかった。
膝をすりむいて泣いている彼女にハンカチを差し出して、「いたいのとんでけ」のおまじないをして。
同年代の友人がいなかった俺は、すぐに彼女と仲良くなった。
だが、貴族の子供が、一人で外にいるなんて知られたら良くない。
そう思って、俺はミドルネームの『ルーク』からとった偽名、『ルゥ』を名乗り、地元の平民のふりをした。
そして、あの事故――いや、事件が起きた。
俺も『ミーちゃん』も生命の危機にさらされたが、二人とも奇跡的に助かって……けれど、俺たちが『ルゥ』と『ミーちゃん』として再会することは、二度となかった。
「……あの時のことを後悔した時もあったし、あれから俺は深い人付き合いをするのが怖くなった。だが、あの事件がなければ、今の俺はいなかったかもしれないんだよな。それに、ミアも」
――考えが横道にそれてしまったな。
今、こうして二人とも生きているのだから、それでいい。
あとは、三年後に起こる事件で、ミアが呪いの矢を受けてしまうことさえ防げたら、何も言うことはない。
「ええと、それで。学園卒業後……は、ないよな。魔法師団員と魔法騎士団員にしか会ってないし」
基本的にずっと、ミアに会いに行く以外は、外出する用事といえば魔法師団での研究か、訓練所での鍛錬ばかり。
あとは時々街へ研究に使う材料を買いに出るぐらいだが、さすがに街で出会ったという線はないだろう。
「あと考えられるのは……社交の場、茶会や舞踏会の類か? うーん、それだったら記憶に引っかかりを感じることはないよな。俺のことだから完全に忘れてるだろうし」
俺は、『ミーちゃん』を失いかけた体験をしてから、他者と深い人間関係を構築するのをやめるようになった。
それ以降、人の名前や顔を覚えるのが、ものすごく苦手だ。
特に、自分とは関係ないと判断したら、綺麗さっぱり忘れる自信がある。
反対に、集中さえしていれば、細部までしっかり覚えていたりもする。
逆行前も、魔法騎士団の仕事で指名手配犯を追いかける時は、捕まえて牢屋にぶち込むまではちゃんと顔や特徴が頭の中にしっかり入っていたものだ。
「……はは、指名手配犯だったりして」
口に出してはみたが、それはないような気がする。
女性の指名手配犯、それも貴族令嬢なんて、いなかったはずだ。
今までの罪を調べ上げて逮捕してやりたいと思った貴族は、何人もいたがな。
残念ながら、逆行前の俺には、そこまでの権限はなかった。
「逆行前の俺……仕事中毒者だったよな。いくら目的があって出世を急いでいたとはいえ、自分でも引くぐらいだ。そのせいでミアに誤解を……。ん? 待てよ……?」
その時。
ほんの少しだけ、引っかかりを感じた。
ミアとの仲が、決定的に決裂した理由は、何だった……?
「……ミアに、誤解……」
それまで名前も顔も知らなかった令嬢。
俺がその令嬢と懇意にしているという噂が流れて、俺は些事だと無視していた。
だが、ミアはそれを信じて……。
「あの時、噂になっていた令嬢……」
そうだ。思い出した。
逆行前、知らぬ間に俺との噂が流れていた令嬢の名前。
それこそが――
「デイジー・ガードナー侯爵令嬢だ……!」
彼女が手紙のことに言及したということは、おそらく逆行前も、俺とミアとの間に何らかの方法で割り込んでいたのだろう。
だが、今回はそうはいかない。
逆行前と外側はほぼ同じかもしれないが、内側は全く異なる道を進んでいる――俺もミアも。
「今回は、何があってもミアを手放さない。見放さない。……今のうちに、不安の芽はすべて摘み取ってやる」
この段階で注意を向けることができたのは幸いだ。
ミアを少しでも不安にさせることがないように、ガードナー侯爵家とデイジー嬢について、徹底的に調べ上げる必要がある。
「……何より……」
ぐしゃっ。
俺は怒りのあまり、思わず手に持っていた釣書を握り潰してしまった。
「大事なミアの手紙を盗んだ奴を許してはおけん! 俺の宝を盗んだも同義! 絶対に、絶対に返してもらうぞ!」
ミアの手紙が開封されていたり、捨てられたりしていなければいいが。
もし燃やされでもしていたら、俺は犯人を一生許せないだろう。
俺はぐしゃぐしゃになった一枚の釣書を残して、他の書類を片付けると、急ぎ情報を探りに出たのだった。
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