21 / 183
第四章 手紙の行方
1-21 悪意の雛菊 ★ウィリアム視点
しおりを挟む
ウィリアム視点です。
――*――
「ええと……これで全部か。俺宛に届いていた釣書、こんなにあったんだな」
保管してあった釣書の量に辟易しながらも、俺は一枚一枚、めくっていく。
「……あった、これだ」
書類をめくりはじめて数分。
運良く、上から数枚目の書類に、目的の釣書を発見した。
「デイジー・ガードナー侯爵令嬢。釣書を送ってきたのは……ミアと婚約した後じゃないか。何考えてるんだ」
日付が新しいから上の方にあったんだな。
子爵令嬢であるミアや、伯爵家三男の俺よりも家格が高いとはいえ、婚約が決まっている人間に釣書を送りつけてくるのは非常識ではないか。
「ううむ……釣書を見てもやはりピンと来ないな。まともに話したこともないように思うんだがな……」
王立貴族学園に通っていて、年齢は十五歳……今は三年生か。
学年も違うし、そもそも俺が通っていたのは王立魔法学園だし、接点はないはずだ。
「だが、記憶のどこかに引っかかるんだよなあ」
俺は頭をひねる。
「学生時代じゃないとしたら、子供の時か? いや、違うよな。あの頃は病弱で、家族の他には教会関係者としか会ってなかったし」
唯一の例外が、『ミーちゃん』だ。
彼女と出会ったのは、俺が八歳の春。
しばらくの間、王都を離れて、空気の綺麗な山村へ療養に行っていた時である。
彼女も、ちょうど同じ時に、子爵家の別荘へ来ていた。
そんなある日。
とある理由で、大人たちの手が必要になり、集合がかかったことがあった。
大人たちがひと所に集められている隙に、俺は別荘を抜け出した。
ただぼんやりと、野原に寝そべる。
あたたかな陽射し。草のにおい。
薄い雲が、青い空を泳いでいく。
『ミーちゃん』も同じように、大人が留守にしている隙に、外に出てきたのだろう。
ちょうちょを追いかけて走ってきた彼女は、野原で横になってうつらうつらしていた俺の足につまずき、目の前で派手に転んだ。
今思い出しても、あの時の『ミーちゃん』は本当に可愛らしかった。
膝をすりむいて泣いている彼女にハンカチを差し出して、「いたいのとんでけ」のおまじないをして。
同年代の友人がいなかった俺は、すぐに彼女と仲良くなった。
だが、貴族の子供が、一人で外にいるなんて知られたら良くない。
そう思って、俺はミドルネームの『ルーク』からとった偽名、『ルゥ』を名乗り、地元の平民のふりをした。
そして、あの事故――いや、事件が起きた。
俺も『ミーちゃん』も生命の危機にさらされたが、二人とも奇跡的に助かって……けれど、俺たちが『ルゥ』と『ミーちゃん』として再会することは、二度となかった。
「……あの時のことを後悔した時もあったし、あれから俺は深い人付き合いをするのが怖くなった。だが、あの事件がなければ、今の俺はいなかったかもしれないんだよな。それに、ミアも」
――考えが横道にそれてしまったな。
今、こうして二人とも生きているのだから、それでいい。
あとは、三年後に起こる事件で、ミアが呪いの矢を受けてしまうことさえ防げたら、何も言うことはない。
「ええと、それで。学園卒業後……は、ないよな。魔法師団員と魔法騎士団員にしか会ってないし」
基本的にずっと、ミアに会いに行く以外は、外出する用事といえば魔法師団での研究か、訓練所での鍛錬ばかり。
あとは時々街へ研究に使う材料を買いに出るぐらいだが、さすがに街で出会ったという線はないだろう。
「あと考えられるのは……社交の場、茶会や舞踏会の類か? うーん、それだったら記憶に引っかかりを感じることはないよな。俺のことだから完全に忘れてるだろうし」
俺は、『ミーちゃん』を失いかけた体験をしてから、他者と深い人間関係を構築するのをやめるようになった。
それ以降、人の名前や顔を覚えるのが、ものすごく苦手だ。
特に、自分とは関係ないと判断したら、綺麗さっぱり忘れる自信がある。
反対に、集中さえしていれば、細部までしっかり覚えていたりもする。
逆行前も、魔法騎士団の仕事で指名手配犯を追いかける時は、捕まえて牢屋にぶち込むまではちゃんと顔や特徴が頭の中にしっかり入っていたものだ。
「……はは、指名手配犯だったりして」
口に出してはみたが、それはないような気がする。
女性の指名手配犯、それも貴族令嬢なんて、いなかったはずだ。
今までの罪を調べ上げて逮捕してやりたいと思った貴族は、何人もいたがな。
残念ながら、逆行前の俺には、そこまでの権限はなかった。
「逆行前の俺……仕事中毒者だったよな。いくら目的があって出世を急いでいたとはいえ、自分でも引くぐらいだ。そのせいでミアに誤解を……。ん? 待てよ……?」
その時。
ほんの少しだけ、引っかかりを感じた。
ミアとの仲が、決定的に決裂した理由は、何だった……?
「……ミアに、誤解……」
それまで名前も顔も知らなかった令嬢。
俺がその令嬢と懇意にしているという噂が流れて、俺は些事だと無視していた。
だが、ミアはそれを信じて……。
「あの時、噂になっていた令嬢……」
そうだ。思い出した。
逆行前、知らぬ間に俺との噂が流れていた令嬢の名前。
それこそが――
「デイジー・ガードナー侯爵令嬢だ……!」
彼女が手紙のことに言及したということは、おそらく逆行前も、俺とミアとの間に何らかの方法で割り込んでいたのだろう。
だが、今回はそうはいかない。
逆行前と外側はほぼ同じかもしれないが、内側は全く異なる道を進んでいる――俺もミアも。
「今回は、何があってもミアを手放さない。見放さない。……今のうちに、不安の芽はすべて摘み取ってやる」
この段階で注意を向けることができたのは幸いだ。
ミアを少しでも不安にさせることがないように、ガードナー侯爵家とデイジー嬢について、徹底的に調べ上げる必要がある。
「……何より……」
ぐしゃっ。
俺は怒りのあまり、思わず手に持っていた釣書を握り潰してしまった。
「大事なミアの手紙を盗んだ奴を許してはおけん! 俺の宝を盗んだも同義! 絶対に、絶対に返してもらうぞ!」
ミアの手紙が開封されていたり、捨てられたりしていなければいいが。
もし燃やされでもしていたら、俺は犯人を一生許せないだろう。
俺はぐしゃぐしゃになった一枚の釣書を残して、他の書類を片付けると、急ぎ情報を探りに出たのだった。
――*――
「ええと……これで全部か。俺宛に届いていた釣書、こんなにあったんだな」
保管してあった釣書の量に辟易しながらも、俺は一枚一枚、めくっていく。
「……あった、これだ」
書類をめくりはじめて数分。
運良く、上から数枚目の書類に、目的の釣書を発見した。
「デイジー・ガードナー侯爵令嬢。釣書を送ってきたのは……ミアと婚約した後じゃないか。何考えてるんだ」
日付が新しいから上の方にあったんだな。
子爵令嬢であるミアや、伯爵家三男の俺よりも家格が高いとはいえ、婚約が決まっている人間に釣書を送りつけてくるのは非常識ではないか。
「ううむ……釣書を見てもやはりピンと来ないな。まともに話したこともないように思うんだがな……」
王立貴族学園に通っていて、年齢は十五歳……今は三年生か。
学年も違うし、そもそも俺が通っていたのは王立魔法学園だし、接点はないはずだ。
「だが、記憶のどこかに引っかかるんだよなあ」
俺は頭をひねる。
「学生時代じゃないとしたら、子供の時か? いや、違うよな。あの頃は病弱で、家族の他には教会関係者としか会ってなかったし」
唯一の例外が、『ミーちゃん』だ。
彼女と出会ったのは、俺が八歳の春。
しばらくの間、王都を離れて、空気の綺麗な山村へ療養に行っていた時である。
彼女も、ちょうど同じ時に、子爵家の別荘へ来ていた。
そんなある日。
とある理由で、大人たちの手が必要になり、集合がかかったことがあった。
大人たちがひと所に集められている隙に、俺は別荘を抜け出した。
ただぼんやりと、野原に寝そべる。
あたたかな陽射し。草のにおい。
薄い雲が、青い空を泳いでいく。
『ミーちゃん』も同じように、大人が留守にしている隙に、外に出てきたのだろう。
ちょうちょを追いかけて走ってきた彼女は、野原で横になってうつらうつらしていた俺の足につまずき、目の前で派手に転んだ。
今思い出しても、あの時の『ミーちゃん』は本当に可愛らしかった。
膝をすりむいて泣いている彼女にハンカチを差し出して、「いたいのとんでけ」のおまじないをして。
同年代の友人がいなかった俺は、すぐに彼女と仲良くなった。
だが、貴族の子供が、一人で外にいるなんて知られたら良くない。
そう思って、俺はミドルネームの『ルーク』からとった偽名、『ルゥ』を名乗り、地元の平民のふりをした。
そして、あの事故――いや、事件が起きた。
俺も『ミーちゃん』も生命の危機にさらされたが、二人とも奇跡的に助かって……けれど、俺たちが『ルゥ』と『ミーちゃん』として再会することは、二度となかった。
「……あの時のことを後悔した時もあったし、あれから俺は深い人付き合いをするのが怖くなった。だが、あの事件がなければ、今の俺はいなかったかもしれないんだよな。それに、ミアも」
――考えが横道にそれてしまったな。
今、こうして二人とも生きているのだから、それでいい。
あとは、三年後に起こる事件で、ミアが呪いの矢を受けてしまうことさえ防げたら、何も言うことはない。
「ええと、それで。学園卒業後……は、ないよな。魔法師団員と魔法騎士団員にしか会ってないし」
基本的にずっと、ミアに会いに行く以外は、外出する用事といえば魔法師団での研究か、訓練所での鍛錬ばかり。
あとは時々街へ研究に使う材料を買いに出るぐらいだが、さすがに街で出会ったという線はないだろう。
「あと考えられるのは……社交の場、茶会や舞踏会の類か? うーん、それだったら記憶に引っかかりを感じることはないよな。俺のことだから完全に忘れてるだろうし」
俺は、『ミーちゃん』を失いかけた体験をしてから、他者と深い人間関係を構築するのをやめるようになった。
それ以降、人の名前や顔を覚えるのが、ものすごく苦手だ。
特に、自分とは関係ないと判断したら、綺麗さっぱり忘れる自信がある。
反対に、集中さえしていれば、細部までしっかり覚えていたりもする。
逆行前も、魔法騎士団の仕事で指名手配犯を追いかける時は、捕まえて牢屋にぶち込むまではちゃんと顔や特徴が頭の中にしっかり入っていたものだ。
「……はは、指名手配犯だったりして」
口に出してはみたが、それはないような気がする。
女性の指名手配犯、それも貴族令嬢なんて、いなかったはずだ。
今までの罪を調べ上げて逮捕してやりたいと思った貴族は、何人もいたがな。
残念ながら、逆行前の俺には、そこまでの権限はなかった。
「逆行前の俺……仕事中毒者だったよな。いくら目的があって出世を急いでいたとはいえ、自分でも引くぐらいだ。そのせいでミアに誤解を……。ん? 待てよ……?」
その時。
ほんの少しだけ、引っかかりを感じた。
ミアとの仲が、決定的に決裂した理由は、何だった……?
「……ミアに、誤解……」
それまで名前も顔も知らなかった令嬢。
俺がその令嬢と懇意にしているという噂が流れて、俺は些事だと無視していた。
だが、ミアはそれを信じて……。
「あの時、噂になっていた令嬢……」
そうだ。思い出した。
逆行前、知らぬ間に俺との噂が流れていた令嬢の名前。
それこそが――
「デイジー・ガードナー侯爵令嬢だ……!」
彼女が手紙のことに言及したということは、おそらく逆行前も、俺とミアとの間に何らかの方法で割り込んでいたのだろう。
だが、今回はそうはいかない。
逆行前と外側はほぼ同じかもしれないが、内側は全く異なる道を進んでいる――俺もミアも。
「今回は、何があってもミアを手放さない。見放さない。……今のうちに、不安の芽はすべて摘み取ってやる」
この段階で注意を向けることができたのは幸いだ。
ミアを少しでも不安にさせることがないように、ガードナー侯爵家とデイジー嬢について、徹底的に調べ上げる必要がある。
「……何より……」
ぐしゃっ。
俺は怒りのあまり、思わず手に持っていた釣書を握り潰してしまった。
「大事なミアの手紙を盗んだ奴を許してはおけん! 俺の宝を盗んだも同義! 絶対に、絶対に返してもらうぞ!」
ミアの手紙が開封されていたり、捨てられたりしていなければいいが。
もし燃やされでもしていたら、俺は犯人を一生許せないだろう。
俺はぐしゃぐしゃになった一枚の釣書を残して、他の書類を片付けると、急ぎ情報を探りに出たのだった。
3
お気に入りに追加
365
あなたにおすすめの小説
ループ中の不遇令嬢は三分間で荷造りをする
矢口愛留
恋愛
アンリエッタ・ベルモンドは、ループを繰り返していた。
三分後に訪れる追放劇を回避して自由を掴むため、アンリエッタは令嬢らしからぬ力技で実家を脱出する。
「今度こそ無事に逃げ出して、自由になりたい。生き延びたい」
そう意気込んでいたアンリエッタだったが、予想外のタイミングで婚約者エドワードと遭遇してしまった。
このままではまた捕まってしまう――そう思い警戒するも、義姉マリアンヌの虜になっていたはずのエドワードは、なぜか自分に執着してきて……?
不遇令嬢が溺愛されて、残念家族がざまぁされるテンプレなお話……だと思います。
*カクヨム、小説家になろうにも掲載しております。
召喚聖女に嫌われた召喚娘
ざっく
恋愛
闇に引きずり込まれてやってきた異世界。しかし、一緒に来た見覚えのない女の子が聖女だと言われ、亜優は放置される。それに文句を言えば、聖女に悲しげにされて、その場の全員に嫌われてしまう。
どうにか、仕事を探し出したものの、聖女に嫌われた娘として、亜優は魔物が闊歩するという森に捨てられてしまった。そこで出会った人に助けられて、亜優は安全な場所に帰る。
そう言うと思ってた
mios
恋愛
公爵令息のアランは馬鹿ではない。ちゃんとわかっていた。自分が夢中になっているアナスタシアが自分をそれほど好きでないことも、自分の婚約者であるカリナが自分を愛していることも。
※いつものように視点がバラバラします。
お堅い公爵様に求婚されたら、溺愛生活が始まりました
群青みどり
恋愛
国に死ぬまで搾取される聖女になるのが嫌で実力を隠していたアイリスは、周囲から無能だと虐げられてきた。
どれだけ酷い目に遭おうが強い精神力で乗り越えてきたアイリスの安らぎの時間は、若き公爵のセピアが神殿に訪れた時だった。
そんなある日、セピアが敵と対峙した時にたまたま近くにいたアイリスは巻き込まれて怪我を負い、気絶してしまう。目が覚めると、顔に傷痕が残ってしまったということで、セピアと婚約を結ばれていた!
「どうか怪我を負わせた責任をとって君と結婚させてほしい」
こんな怪我、聖女の力ですぐ治せるけれど……本物の聖女だとバレたくない!
このまま正体バレして国に搾取される人生を送るか、他の方法を探して婚約破棄をするか。
婚約破棄に向けて悩むアイリスだったが、罪悪感から求婚してきたはずのセピアの溺愛っぷりがすごくて⁉︎
「ずっと、どうやってこの神殿から君を攫おうかと考えていた」
麗しの公爵様は、今日も聖女にしか見せない笑顔を浮かべる──
※タイトル変更しました
夫の隠し子を見付けたので、溺愛してみた。
辺野夏子
恋愛
セファイア王国王女アリエノールは八歳の時、王命を受けエメレット伯爵家に嫁いだ。それから十年、ずっと仮面夫婦のままだ。アリエノールは先天性の病のため、残りの寿命はあとわずか。日々を穏やかに過ごしているけれど、このままでは生きた証がないまま短い命を散らしてしまう。そんなある日、アリエノールの元に一人の子供が現れた。夫であるカシウスに生き写しな見た目の子供は「この家の子供になりにきた」と宣言する。これは夫の隠し子に間違いないと、アリエノールは継母としてその子を育てることにするのだが……堅物で不器用な夫と、余命わずかで卑屈になっていた妻がお互いの真実に気が付くまでの話。
夫が大変和やかに俺の事嫌い?と聞いてきた件について〜成金一族の娘が公爵家に嫁いで愛される話
はくまいキャベツ
恋愛
父親の事業が成功し、一気に貴族の仲間入りとなったローズマリー。
父親は地位を更に確固たるものにするため、長女のローズマリーを歴史ある貴族と政略結婚させようとしていた。
成金一族と揶揄されながらも社交界に出向き、公爵家の次男、マイケルと出会ったが、本物の貴族の血というものを見せつけられ、ローズマリーは怯んでしまう。
しかも相手も値踏みする様な目で見てきて苦手意識を持ったが、ローズマリーの思いも虚しくその家に嫁ぐ事となった。
それでも妻としての役目は果たそうと無難な日々を過ごしていたある日、「君、もしかして俺の事嫌い?」と、まるで食べ物の好き嫌いを聞く様に夫に尋ねられた。
(……なぜ、分かったの)
格差婚に悩む、素直になれない妻と、何を考えているのか掴みにくい不思議な夫が育む恋愛ストーリー。
探さないでください。旦那様は私がお嫌いでしょう?
雪塚 ゆず
恋愛
結婚してから早一年。
最強の魔術師と呼ばれる旦那様と結婚しましたが、まったく私を愛してくれません。
ある日、女性とのやりとりであろう手紙まで見つけてしまいました。
もう限界です。
探さないでください、と書いて、私は家を飛び出しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる