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第七話 王子はもう囚われない

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 将来のことについて大切な話がある、と伝えれば、アメリアは喜んでスティーブの呼び出しに応じた。
 妖しく光を反射する紫の瞳を見ても、今のスティーブは、何も感じない。魔術師の施した対策が、効果を発揮しているようだ。

「スティーブぅ、聞いたよぉ、クロエさんのこと。一年経ったら、わたしたち、結婚できるってことよね? 良かったねっ」
「……良かった、だと?」

 スティーブは、その時初めて、アメリアに強い嫌悪感を持った。

「……訂正しろ。クロエは、死ぬかもしれないのだぞ? それなのに、良かったなどと」
「あっ、間違えたぁ。えっとぉ……お悔やみ申し上げます?」
「……もういい」

 ――なんて浅はかで愚かな女なんだろう。
 私は何故こんな女に惚れてしまったのだ、とスティーブは頭を押さえる。

 最初は、クロエと対照的な、感情豊かで面白い少女だと思ったのだ。
 アメリアは、甘えるのが上手だった。困ったことがあれば、すぐに頼ってくれる。
 彼女は、スティーブの心の壁を、いとも簡単に壊してしまったのだ。

 アメリアが心の隙間に入り込んでしまってからは、スティーブの愚行は加速した。
 スティーブは第一王子としての自身の価値を理解していたために、一線を越えることだけはなかったが――このままでは、それも時間の問題だっただろう。

 そうして愚かなスティーブは、アメリアに唆され、卒業パーティーでの婚約破棄を企てた。
 ずっと穏やかに見守り支えてくれたクロエを、賢く愛情深い婚約者を、自分から手放そうとしてしまったのだ。

「ねえ、スティーブぅ……」

 甘い声を出して、アメリアがスティーブの背中に、腕を伸ばす。
 彼女はスティーブに紫色の瞳を向けるが、青く輝く彼の瞳が濁り始めることはない。

「わたし、早くあなたが欲しい……」

 アメリアはさらに視線を強くすると、胸を押しつけ、指先をスティーブの背から腰へと滑らせていった。
 しかし――。

「やめろ」
「どうして……?」

 スティーブは、アメリアを振りほどいて、距離をとった。
 その瞳には、空と同じ青い光が宿っている。

「もう二度と私に近寄るな、悪魔」
「……なぁんだ、気付いちゃったの?」

 その瞬間、アメリアの放つ気配が、異質なものへと変化する。
 スティーブはその気配に呑まれないように、強い意志を込めてアメリアを睨みつけた。

「何が目的で、私に近づいた」
「特別な魔力を持つ王族の精気は、美味しいと思ったのよぉ。王宮には結界が張られてて入れないから、学生のふりして頑張ったの。学園の結界が弱まってた今年がチャンスだったのになぁ……ざーんねん」

 アメリアがくるりと一回転すると、黒い翼と尖った尻尾が現れる。
 まさにスティーブの思い描いていた悪魔の特徴、そのものだ。

「やはり、お前がクロエを」
「そうよぉ。もうすぐ卒業だっていうのに、全然精気がもらえなかったからぁ。だから、かわりにぃ、あなたの大事な子の生命力を貰っていこうと思ってぇ。せいぜい苦しんでちょうだいねぇ?」

 アメリアは高笑いして、虚空に出現した闇の扉をくぐっていく。
 それ以来、スティーブがアメリアの姿を見ることは、一切なかった。
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