7 / 11
第七話 王子はもう囚われない
しおりを挟む将来のことについて大切な話がある、と伝えれば、アメリアは喜んでスティーブの呼び出しに応じた。
妖しく光を反射する紫の瞳を見ても、今のスティーブは、何も感じない。魔術師の施した対策が、効果を発揮しているようだ。
「スティーブぅ、聞いたよぉ、クロエさんのこと。一年経ったら、わたしたち、結婚できるってことよね? 良かったねっ」
「……良かった、だと?」
スティーブは、その時初めて、アメリアに強い嫌悪感を持った。
「……訂正しろ。クロエは、死ぬかもしれないのだぞ? それなのに、良かったなどと」
「あっ、間違えたぁ。えっとぉ……お悔やみ申し上げます?」
「……もういい」
――なんて浅はかで愚かな女なんだろう。
私は何故こんな女に惚れてしまったのだ、とスティーブは頭を押さえる。
最初は、クロエと対照的な、感情豊かで面白い少女だと思ったのだ。
アメリアは、甘えるのが上手だった。困ったことがあれば、すぐに頼ってくれる。
彼女は、スティーブの心の壁を、いとも簡単に壊してしまったのだ。
アメリアが心の隙間に入り込んでしまってからは、スティーブの愚行は加速した。
スティーブは第一王子としての自身の価値を理解していたために、一線を越えることだけはなかったが――このままでは、それも時間の問題だっただろう。
そうして愚かなスティーブは、アメリアに唆され、卒業パーティーでの婚約破棄を企てた。
ずっと穏やかに見守り支えてくれたクロエを、賢く愛情深い婚約者を、自分から手放そうとしてしまったのだ。
「ねえ、スティーブぅ……」
甘い声を出して、アメリアがスティーブの背中に、腕を伸ばす。
彼女はスティーブに紫色の瞳を向けるが、青く輝く彼の瞳が濁り始めることはない。
「わたし、早くあなたが欲しい……」
アメリアはさらに視線を強くすると、胸を押しつけ、指先をスティーブの背から腰へと滑らせていった。
しかし――。
「やめろ」
「どうして……?」
スティーブは、アメリアを振りほどいて、距離をとった。
その瞳には、空と同じ青い光が宿っている。
「もう二度と私に近寄るな、悪魔」
「……なぁんだ、気付いちゃったの?」
その瞬間、アメリアの放つ気配が、異質なものへと変化する。
スティーブはその気配に呑まれないように、強い意志を込めてアメリアを睨みつけた。
「何が目的で、私に近づいた」
「特別な魔力を持つ王族の精気は、美味しいと思ったのよぉ。王宮には結界が張られてて入れないから、学生のふりして頑張ったの。学園の結界が弱まってた今年がチャンスだったのになぁ……ざーんねん」
アメリアがくるりと一回転すると、黒い翼と尖った尻尾が現れる。
まさにスティーブの思い描いていた悪魔の特徴、そのものだ。
「やはり、お前がクロエを」
「そうよぉ。もうすぐ卒業だっていうのに、全然精気がもらえなかったからぁ。だから、かわりにぃ、あなたの大事な子の生命力を貰っていこうと思ってぇ。せいぜい苦しんでちょうだいねぇ?」
アメリアは高笑いして、虚空に出現した闇の扉をくぐっていく。
それ以来、スティーブがアメリアの姿を見ることは、一切なかった。
538
お気に入りに追加
475
あなたにおすすめの小説


願いの代償
らがまふぃん
恋愛
誰も彼もが軽視する。婚約者に家族までも。
公爵家に生まれ、王太子の婚約者となっても、誰からも認められることのないメルナーゼ・カーマイン。
唐突に思う。
どうして頑張っているのか。
どうして生きていたいのか。
もう、いいのではないだろうか。
メルナーゼが生を諦めたとき、世界の運命が決まった。
*ご都合主義です。わかりづらいなどありましたらすみません。笑って読んでくださいませ。本編15話で完結です。番外編を数話、気まぐれに投稿します。よろしくお願いいたします。
※ありがたいことにHOTランキング入りいたしました。たくさんの方の目に触れる機会に感謝です。本編は終了しましたが、番外編も投稿予定ですので、気長にお付き合いくださると嬉しいです。たくさんのお気に入り登録、しおり、エール、いいねをありがとうございます。R7.1/31

最愛の婚約者に婚約破棄されたある侯爵令嬢はその想いを大切にするために自主的に修道院へ入ります。
ひよこ麺
恋愛
ある国で、あるひとりの侯爵令嬢ヨハンナが婚約破棄された。
ヨハンナは他の誰よりも婚約者のパーシヴァルを愛していた。だから彼女はその想いを抱えたまま修道院へ入ってしまうが、元婚約者を誑かした女は悲惨な末路を辿り、元婚約者も……
※この作品には残酷な表現とホラーっぽい遠回しなヤンデレが多分に含まれます。苦手な方はご注意ください。
また、一応転生者も出ます。

王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました
さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。
王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ
頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。
ゆるい設定です

王子は婚約破棄を泣いて詫びる
tartan321
恋愛
最愛の妹を失った王子は婚約者のキャシーに復讐を企てた。非力な王子ではあったが、仲間の協力を取り付けて、キャシーを王宮から追い出すことに成功する。
目的を達成し安堵した王子の前に突然死んだ妹の霊が現れた。
「お兄さま。キャシー様を3日以内に連れ戻して!」
存亡をかけた戦いの前に王子はただただ無力だった。
王子は妹の言葉を信じ、遥か遠くの村にいるキャシーを訪ねることにした……。

婚約者を友人に奪われて~婚約破棄後の公爵令嬢~
tartan321
恋愛
成績優秀な公爵令嬢ソフィアは、婚約相手である王子のカリエスの面倒を見ていた。
ある日、級友であるリリーがソフィアの元を訪れて……。

婚約者の心変わり? 〜愛する人ができて幸せになれると思っていました〜
冬野月子
恋愛
侯爵令嬢ルイーズは、婚約者であるジュノー大公国の太子アレクサンドが最近とある子爵令嬢と親しくしていることに悩んでいた。
そんなある時、ルイーズの乗った馬車が襲われてしまう。
死を覚悟した前に現れたのは婚約者とよく似た男で、彼に拐われたルイーズは……

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる