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第二話 完璧な王子と完璧な婚約者
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クロエは、八歳の時に、スティーブと婚約を結んだ。
この王国の第一王子であるスティーブは、当時九歳だった。
太陽の光を集めたような金色の髪に、空と同じ青い瞳。長い睫毛と通った鼻筋、形良い唇――絵画のように秀麗な面輪だ。
行動のひとつひとつ、言葉の端々に気品が溢れ、勉強、剣術、マナー、どれをとっても優秀。彼は、まさに完璧な王子だった。
クロエは、そんなスティーブに、婚約当初から憧れと恋心を抱いていた。
クロエは、公爵家の長女である。
腰まである濡羽色のつややかな髪、赤く澄んだ瞳はルビーのように光をたたえている。ぷっくりとした唇は、スティーブの前では嬉しそうに弧を描き、頬は薔薇色に色づいた。
少し吊り目がちなせいで気が強そうに見えるが、純真で無邪気で、よく笑う可憐な少女だった。
スティーブに淡い想いを寄せるクロエと同様に、スティーブも、当時の彼女を好ましく思っていた。彼女の笑顔は、スティーブのこの上ない癒しとなっていたのだ。
クロエは、いずれ国王となる彼を支えられるようにと、つらい王子妃教育にも弱音を吐かず、自分を磨き続けた。
しかし。
王子妃となるのであれば、他者に余計な感情を悟られることは、避けなければならない。
クロエは、感情を見せてはいけないと教育され、疲れも悲しみも喜びさえも、全て同じ微笑みの仮面で隠すようになった。
クロエとスティーブの婚約が結ばれてから、八年。
二人は互いを認め合い、尊敬し、良好な仲を保ってきた。
子供の頃のように大輪の笑顔を見せてくれなくなったクロエに、スティーブは寂しさを感じていたものの、クロエはどこに出しても恥ずかしくない、完璧な王子妃候補になっていた。
クロエはスティーブの唯一無二の婚約者として、互いに節度を保ちながら、大切に仲を育んできたのである。
完璧な王子と、完璧な婚約者。
誰かが二人の間に入り込む余地など、一切ない……はずだった。
二人の間に亀裂が入るきっかけとなったのは、二人の通う学園に入学してきた、新入生であった。
スティーブが三年生、クロエが二年生となった、春のことである。
件の新入生は、アメリアという名の男爵令嬢だ。
肩で切り揃えたピンク色の髪と、大きな紫の瞳。天真爛漫で庇護欲を誘う、可愛らしい少女だった。
彼女はこれまで、まともな貴族教育を受けてこなかったのだろう。
自分から目上の者に話しかける。婚約者がいても、平気でスキンシップを取る。貴族のルールどころか、学園のルールも守らない。
しかし、既存の枠に囚われないアメリアの存在は、スティーブにとって刺激的だったようだ。二人は、どんどん仲を深めていく。
クロエは、当然、彼女とスティーブを諫めようとした。
言い方はキツくなっていたかもしれないが、もちろん、理不尽な物言いや行動はしていない。全て、貴族として正しい対応である。
しかし、それは無駄――それどころか、むしろ逆効果だった。
アメリアは「虐められている」とうそぶく。
彼女に関して盲目的になってしまったスティーブも、涙をこぼしながら訴えかけるアメリアの味方についた。
そうして、クロエにとって、つらく苦しい一年が過ぎ――事件が起こったのは、三年生の卒業パーティーでのこと。
そこで待っていたのが、冒頭の婚約破棄騒動だった。
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