色のない虹は透明な空を彩る〜空から降ってきた少年は、まだ『好き』を知らない〜

矢口愛留

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終章 虹

第136話 「脱出」

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 ファブロ王国からの馬車と、ベルメール帝国からの馬車が聖王都に到着したのは、全く同じ日だった。

 実は、聖王国内の妖精たちがもたらしてくれる情報を元に帝国の馬車の到着日を割り出し、ヒューゴの元にいるノラと連絡を取り合って、密かに到着日を合わせていたのである。
 もちろんトラブルになっては困るので、到着日を合わせる件は、皇帝が帝国を出発する前にししまるを通じて共有済だ。

 そして、この小さな連携は想像以上に有効だった。
 聖王城は出迎えでバタバタしていて、事前に準備をしていたとはいえかなりの混乱を極めている。
 セオは、その隙をみて上手いこと城を抜け出してきたようだ。

 私がティエラとハルモニアと手を繋ぎ、セオがフェンを抱きかかえて、風の魔法で窓から抜け出す。
 身体の大きいフェンは、もふもふで抱き心地が良さそうだが、ちょっぴり重そうだ。

 私たちは目立たないルートを選びながら城壁を飛び越え、世界樹の根元へと向かったのだった。

 結界の中に入り、ティエラの力で世界樹の根に潜ってしまえば、もう追手の心配もない。世界樹を覆う結界を維持するウェストウッド侯爵家に、聖王の関係者から連絡が入っている様子もなさそうだ。
 透き通る水晶のような根を歩きながら、私たちはようやく緊張を解いたのだった。

「ふう……なんだかほっとした」

 セオが大きくため息をついている。
 私たちは西塔でじっとしていただけで誰にも会わずに過ごしていたが、セオは周り中敵だらけで感情を見せることも出来ず、四六時中気が抜けなかったはずだ。

「セオ、大変だったね。お疲れ様」

「ありがとう、パステル」

 前を歩くセオは、少しだけ振り返ると、甘えるように目を細めて柔らかく微笑んだ。
 並んで歩けるほど広い道ではない。
 その代わり、後ろに手を差し出したセオと指先を絡めて歩いていく。
 セオは私が転んだりしないよう気を配りながら、最後尾を歩くフェンに質問をした。

「あのさ、フェン。ここを抜けてエルフの森に出たら、メーア様とアル兄様が待機してるんだよね?」

「ああ。すでに帝都のししまるから連絡が入ってるぞ。アルバートが、時間をかけてエルフたちを説得してくれたらしい。エルフ側の提示する条件を呑んでくれれば構わないってよ」

「メーア様じゃなくて、アル兄様が……?」

 セオは心底意外そうな声で、返答する。
 アルバートという人物の人となりはわからないが、普段そういう交渉ごとをするようなタイプではないのかもしれない。
 逆にメーアの方は、交渉が得意そうだが。

「それで、条件って?」

「ひとつ、『大海樹』を守る巫女を置いていくこと。ふたつ、エルフの森のことは、ここにいる俺たちとメーア、それから帝国の皇帝以外には他言せず秘匿、更には外の脅威から守ること。みっつ、人質をひとり、置いていくこと」

「……人質?」

「エルフの森のことを誰かが漏らしたり、森自体が危険に晒された場合、その人質の命は保証しねえ……ってことだろ」

 フェンは何でもなさそうに、恐ろしいことを口にする。
 まあ、エルフの森の場所を漏らしてしまうような口の軽い人間は、この中にはいないと思うのだが。

 外からの脅威――それは今後絶対にないとは言えないが、何か森で有事が起きたら、そもそもエルフだけではなく人質も危険である。
 そこは皇帝とメーアがうまくやってくれると信じたい。

「――しかし、エルフたちも優しいもんだな。ジェイコブがハルの母親を連れてっちまってから、大変だったろうに」

「優しい? どういうこと?」

「本来なら人を恨んで帝都に攻め込んできてもおかしくねえのに、あいつらはそうしなかった。
 今回だって、エルフの森への立ち入りを許可した上に、ハルとアルバートが聖王都を出てエルフの森で暮らす正当な理由付けまでくれたってことだろ」

「あ……そっか」

 ハルモニアとアルバートは、エルフの血が色濃く残っていて、森での暮らしを望んでいた。
 『旋律の巫女』としてハルモニアが、人質としてアルバートが森に残れば、二人の望みもエルフたちの提示した条件も満たすことになる。

「まあ、マクシミリアンにとっちゃあ面白くないだろうがな。いや、俺たちが城を抜け出した時点で面白くはねえか。はっはっ」

「僕たちがいないことに気付いたら、マクシミリアン陛下はどうするかな」

「そうだな……世界樹の結界内に入ったまま出てこないことはバレるだろうが、その後どうやって外に出たのかはわからないんじゃねえか?
 俺たちを結界の中に入れたウエストウッド侯爵は問い詰められるかもしれねえが、侯爵には何の情報も渡してねえし、世界樹を守るためにも必要な人材だ。無意味に傷つけるような暴挙には出ねえだろう」

 フェンの説明に、セオも納得したようだ。
 だが、聖王城にいるヒューゴたちは大丈夫だろうか。

「ねえフェン、お城の方は、どうなるかしら」

「そっちは心配ねえ。さすがに帝国の皇帝と王国の王太子の前で、堂々と何かやらかすことはねえよ。連れて来てる護衛も精鋭揃いだろうし」

「そっか……そう、よね」

 考えすぎだったかもしれない。
 帝国の護衛騎士たちは魔法も剣も使えるし、火の精霊の神子であるヒューゴもいるのだ。
 当然警戒もしているだろうから、先日の毒や要人誘拐のような、卑怯な手も使えないだろう。

「それに、カイとノラも王国の王太子と一緒に来てる。何かあったらあいつらが何とかするだろうし、どうにもならなきゃ連絡を寄越すだろ。
 ……つうか、パステル、お前もセオもクソ真面目だな。せっかく無事に聖王都を脱出して安全な帝都に行くんだから、一旦ゴタゴタなんて忘れてのんびりすりゃあいいのに」

「ふふ、なかなかそうもいかないよ。でもありがとう、フェン」

「おう」


 そうこうしている間に、最初の分かれ道に差し掛かった。
 後から気が付いたのだが、この道は正確には根っこではなく、星の中枢から伸びる『精霊の樹の本体』、その枝の部分なのだろう。
 その中でも大きな太い枝が『世界樹』、世界樹からさらに枝分かれした細い枝が『天空樹』『大海樹』として地上に顔を出しているのだ。

「この分かれ道、違うな。これは、『天空樹』に繋がってる……枯れ始めてて、通れそうにない」

 ティエラは道の先を見て、嘆息する。
 確かに、クリスタルのトンネル――枝の部分が少し黒ずんでいて、所々脆くなり穴が空いている。
 ささくれのような棘も生えていて、とても通れそうになかった。

「先、進むぞ。次の分かれ道が、『大海樹』への道、思う」

 ティエラの言う通り、しばらく進んだ先にも分かれ道があった。
 そちらの道は、黒色が少し滲んできてはいるものの、普通に通れそうだ。
 私たちは足元に気を付けながら、『大海樹』へ続く道を登り始めた。

 やがて薄い壁が行く手を塞ぐ。
 ティエラは壁に手をかざすと、穴が開くように壁がじわじわと開いていき――

 ――目の覚めるような群青ぐんじょうが、目の前に広がったのだった。
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