137 / 154
終章 虹
第134話 「ハルモニア王妃」
しおりを挟む~終章 虹~
世界樹の前で聖王マクシミリアンと相対した後。
感情を消したセオの案内で、私と魔女ティエラは聖王城へと足を踏み入れた。
輝く水晶で造られた聖王城の正門前には、豪奢な馬車が停まっている。マクシミリアンの乗ってきたものだろう。
私たちは騎士に囲まれながら歩き、遅れて聖王城に到着した。そのまま城の裏手に回り、小さな裏門を通り抜ける。
通用門を抜けた先、キラキラと煌めく聖王城のメインエントランスとは異なる方向――外壁と同じくらい高い塀に阻まれた場所に、西塔があるらしい。
聖王の騎士たちは、西塔エリアの中までは着いてこないようだ。
通用門の扉を閉めて施錠をすると、騎士たちは城へと戻っていった。
水晶造りの他の部分とは異なり、明らかに孤立しているこの西塔は、石造りの古風な塔であった。
だが――
「綺麗……」
石の塔を取り囲む庭は、人の手によって美しく整えられ、色とりどりの花たちが咲き誇っていた。
花壇の間には小さな石畳が点々と敷かれ、その先には一人掛けのティーテーブルと、木製のブランコや木馬が置かれている。
さらにその奥には、紅茶や料理に入れるハーブ類の鉢や、ベリーや姫リンゴなどの小さい果樹が並んでいた。
「可愛いお庭ね」
「この西塔は、ハルモニア王妃が管理してる。妖精たちもたくさんいるんだ――ほら」
人の目がなくなって、普段通り柔らかい微笑みを浮かべるセオの視線を追うと、確かに果樹や花々の陰から、小さな妖精たちがちらちらとこちらを見ていた。
「ふふ、こんにちは。怖くないよ、おいで」
私がしゃがんで呼びかけると、妖精たちが一人、また一人と、警戒しながらも集まってくる。
「お花の妖精さんたちかしら? ちっちゃくて可愛い」
黄色い花のドレスを着た妖精が、ふわりと飛んで私の指先に止まると、別の妖精たちも続々と私たちの周りに集まってきた。外から来た私たちに、興味津々のようだ。
「――何だ、騒がしいと思ったらセオじゃねえか」
そうしていると、後ろから突然、男の人の声が聞こえてきた。
振り向くと、そこには大きな白い犬を連れた女の人の姿があった。
銀色の髪と瞳が美しい、すらりとした色白の女性だ。
「……あれ、今、男の人の声……」
私が首を傾げると、女性が側にいる白い犬に向かって、歌のようなものを口ずさむ。
「~♪ ~~♪」
「わう、わぉん」
まるで、犬と会話しているようだ。もしかして彼女は――
「セオ、この方がハルモニア王妃様?」
セオは首を縦に振った。
「そう。ハルモニア王妃と、妖精のフェンリルだよ。フェンリルは人の言葉が話せるんだ。以前からハルモニア王妃と一緒にいる」
ハルモニアは、『旋律の巫女』としての力を使う代償で、人の言葉を聞くことも話すことも出来ない。
妖精とだけ話をすることが出来るハルモニアにとって、フェンリルの存在はなくてはならないものだっただろう。
そうしているうちに、ハルモニアとフェンリルの会話が済んだようだ。
「世界樹に住む妖精たちと、王都にいるノラから話は聞いた。しばらく西塔で一緒に過ごすことになるから、よろしくってよ」
「はい。私はパステル、この子はティエラです。よろしくお願いします」
「ああ、よろしく頼む。それと、セオ。現状、お前が一番危険な立ち位置だ。十分注意しろよ」
「……うん、分かってる。ありがとう、フェンリル」
「――フェン、でいい」
「フェン……ありがとう。パステルとティエラを、頼むよ」
「ああ、任せろ。最上階の窓を常に開けとく。何かあったら来てくれ。あと、花の妖精を一人連れてけ――おい、誰か」
フェンが呼びかけると、先ほどの黄色い花の妖精が私の元からふわふわと飛び上がり、セオの肩に乗る。
「セオに何かあったら連絡しろ。頼むぞ」
花の妖精は同意を示すように、くるりとその場で一回転した。
「じゃあ、パステルにティエラ。お前らはこっちだ、ついてこい」
フェンがくるりと背を向け、石造りの塔へと歩いていき、ハルモニアとティエラもその後を追う。
私は一度セオの方を振り返ると、セオは甘く微笑んで、私の手を取ってそっと口付けを落とした。
ほんの少しの間、名残惜しむように視線を交わし合うと、セオは私の手を離して空へ舞い上がり、聖王城の主塔へと向かっていったのだった。
フェンに案内された部屋は、狭いながらも綺麗に掃除が行き届いていた。
この塔は四階建てのようで、私とティエラに当てがわれた小部屋は三階にあるらしい。
二階にはハルモニアとフェンの部屋があって、最上階――セオが出入りできるように窓を解放されている四階は、倉庫になっている。
「何かあったら呼べ。ただし、塔の外には時々騎士が見回りに来るから、お前たちだけで外に出るのはやめとけ。
護衛騎士なんて名ばかりで、実質見張りみたいなもんだ。前にここの護衛をしてたカイとは違って、信用出来る奴らじゃねえからな――俺が話せることも、ハルが文字を読めることも知らせてねえ。
……まあ、そのおかげで聖王の予定を覗き見たり、世間話から情報を仕入れることも出来たんだけどな。はっはっ」
フェンリルはそう言うと、もふもふの白い毛を揺らして得意気に笑っている。
ハルというのはハルモニア王妃の愛称だろう。
今はファブロ王国で騎士をしているカイだが、数年前までは聖王国にいて、セオの護衛をしていたと聞いた。彼は、セオの護衛に就くまでは、西塔でハルモニア王妃の護衛をしていたそうだ。
「それで、さっきも言った通り、ハルは手紙なら問題なく読める。伝えたいことがあったら俺に言ってくれてもいいし、手紙を扉から差し込んでくれても構わないぞ」
「わかったわ。ありがとう、フェン」
「おう。じゃあまた後でな。お前も一旦休め」
フェンはティエラの方を一瞥してそう言い残し、のそのそと二階へ降りていった。
私もティエラの方を見ると、たくさん歩いて疲れてしまったのか、ベッドに登ってすでに寝息を立てていた。
「ふふっ」
なんだか妹が出来たみたい。
そんな風に思いながら、私はお腹を出して寝ているティエラに、布団を掛けてあげたのだった。
王国から連絡が入るまで、しばらくの間はここで過ごすことになる。
一人離れて行動しているセオのことが心配だが、今は私が動いてもどうにもならない。
私はベッドの端に腰掛け、窓の外に見える聖王城の水晶の壁を、しばらくの間、ただぼんやりと眺めていたのだった。
0
お気に入りに追加
19
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?
水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。
日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。
そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。
一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。
◇小説家になろうにも掲載中です!
◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています
子ども扱いしないでください! 幼女化しちゃった完璧淑女は、騎士団長に甘やかされる
佐崎咲
恋愛
旧題:完璧すぎる君は一人でも生きていけると婚約破棄されたけど、騎士団長が即日プロポーズに来た上に甘やかしてきます
「君は完璧だ。一人でも生きていける。でも、彼女には私が必要なんだ」
なんだか聞いたことのある台詞だけれど、まさか現実で、しかも貴族社会に生きる人間からそれを聞くことになるとは思ってもいなかった。
彼の言う通り、私ロゼ=リンゼンハイムは『完璧な淑女』などと称されているけれど、それは努力のたまものであって、本質ではない。
私は幼い時に我儘な姉に追い出され、開き直って自然溢れる領地でそれはもうのびのびと、野を駆け山を駆け回っていたのだから。
それが、今度は跡継ぎ教育に嫌気がさした姉が自称病弱設定を作り出し、代わりに私がこの家を継ぐことになったから、王都に移って血反吐を吐くような努力を重ねたのだ。
そして今度は腐れ縁ともいうべき幼馴染みの友人に婚約者を横取りされたわけだけれど、それはまあ別にどうぞ差し上げますよというところなのだが。
ただ。
婚約破棄を告げられたばかりの私をその日訪ねた人が、もう一人いた。
切れ長の紺色の瞳に、長い金髪を一つに束ね、男女問わず目をひく美しい彼は、『微笑みの貴公子』と呼ばれる第二騎士団長のユアン=クラディス様。
彼はいつもとは違う、改まった口調で言った。
「どうか、私と結婚してください」
「お返事は急ぎません。先程リンゼンハイム伯爵には手紙を出させていただきました。許可が得られましたらまた改めさせていただきますが、まずはロゼ嬢に私の気持ちを知っておいていただきたかったのです」
私の戸惑いたるや、婚約破棄を告げられた時の比ではなかった。
彼のことはよく知っている。
彼もまた、私のことをよく知っている。
でも彼は『それ』が私だとは知らない。
まったくの別人に見えているはずなのだから。
なのに、何故私にプロポーズを?
しかもやたらと甘やかそうとしてくるんですけど。
どういうこと?
============
番外編は思いついたら追加していく予定です。
<レジーナ公式サイト番外編>
「番外編 相変わらずな日常」
レジーナ公式サイトにてアンケートに答えていただくと、書き下ろしweb番外編をお読みいただけます。
いつも攻め込まれてばかりのロゼが居眠り中のユアンを見つけ、この機会に……という話です。
※転載・複写はお断りいたします。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
【完結】長い眠りのその後で
maruko
恋愛
伯爵令嬢のアディルは王宮魔術師団の副団長サンディル・メイナードと結婚しました。
でも婚約してから婚姻まで一度も会えず、婚姻式でも、新居に向かう馬車の中でも目も合わせない旦那様。
いくら政略結婚でも幸せになりたいって思ってもいいでしょう?
このまま幸せになれるのかしらと思ってたら⋯⋯アレッ?旦那様が2人!!
どうして旦那様はずっと眠ってるの?
唖然としたけど強制的に旦那様の為に動かないと行けないみたい。
しょうがないアディル頑張りまーす!!
複雑な家庭環境で育って、醒めた目で世間を見ているアディルが幸せになるまでの物語です
全50話(2話分は登場人物と時系列の整理含む)
※他サイトでも投稿しております
ご都合主義、誤字脱字、未熟者ですが優しい目線で読んで頂けますと幸いです
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
探さないでください。旦那様は私がお嫌いでしょう?
雪塚 ゆず
恋愛
結婚してから早一年。
最強の魔術師と呼ばれる旦那様と結婚しましたが、まったく私を愛してくれません。
ある日、女性とのやりとりであろう手紙まで見つけてしまいました。
もう限界です。
探さないでください、と書いて、私は家を飛び出しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる