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第七章 紫
第131話 「世界樹の根元」
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聖王都の中央に聳え立つ、世界樹。
その根を伝って行けば、大精霊の棲む神殿に辿り着くことが出来るという。
しかし、フローラもアイリスもこちらの手の内とはいえ、聖王都は聖王マクシミリアンの本拠地だ。念入りな準備が必要不可欠である。
王国側の準備――具体的には、アイリスとフローラの処罰や引き渡しに関しては、ヒューゴが主体となり、フレッドとメーアが補佐に回って処理を進めてくれている。
魔女は、彼女の育ての親である地底人族の師匠の元を離れ、旅への同行を了承してくれた。
また、フローラ、フレッドとの間で何やらやり取りをしていたようだが、詳しいことは教えてくれなかった。
そして、セオも私も、ソフィアと魔女を信じると決めたからか、これまでの寂しく不安に満ちた空気は払拭されていた。
不安は完全には拭えないが、セオが私を避けるようなことはしなくなり、今はほぼ元通りの関係に戻っている。
ただ、時折見せる辛そうな表情――特に、嬉しいことや幸せなことがあった後――それだけはどうすることも出来ず、チクチクと胸を刺すのだった。
そうこうしているうちに数日が経ち、聖王国へ出発する時が近づいてきたある日。
私とセオは城の中庭を散歩していた。
季節はすっかり春めいていて、色とりどりの花たちが咲き始めている。
色を取り戻して初めて迎える春。
風にそよぐ花たちのなんと艶やかで華やかなことか。
黄色やピンク、オレンジ、白――美しく彩られたフラワーアーチをくぐると、春のかおりに包まれる。
「パステル」
「なあに?」
その声に、私は隣を歩くセオを見上げる。
セオはその場に立ち止まると、柔らかい笑顔を浮かべて、私をぎゅっと抱き寄せた。
また少し、背が伸びたみたい――
「……聖王都に行ったら、僕、感情が戻ってないフリをしなきゃならない。だから――今のうちにたくさん、元気を分けて」
「……うん」
目を閉じると、まるで春の真ん中にいるみたいに、ぽかぽかする。
しばらくそうした後、どちらからともなく、唇を寄せ合う。
目を合わせて微笑み合うと、再び指を絡めて中庭をゆっくりと歩き始めた。
「聖王都へは、また変装して行くの?」
「いや、今回は堂々と行くよ。地の神殿と違って、世界樹には基本的に王族と高位神官、高位貴族しか近付けないからね」
「そっか、身分を明かす必要があるんだね。私は、どうすればいい?」
「パステルは、僕が連れて来た『虹の巫女』だから、問題なく世界樹の根元まで行ける。ただ、念のため家名は名乗らない方がいい。一番の問題は、魔女を世界樹の所までどうやって連れて行くか」
「魔女さんは、巫女じゃないもんね。それに、大精霊の神子であることも隠した方がいいんだよね?」
「うん、そう」
「なら……」
私は思いついたアイデアをセオに話す。
この方法なら、私も家名を名乗らなくて済むし、魔女もおそらく同行を許されるはずだ。
セオも納得したようで、頷いてくれた。
全ての準備が整い、私とセオ、魔女の三人で聖王都へ向かうことになったのは、この翌日だった。
エーデルシュタイン聖王国の都、聖王都。
街のすぐそばまでセオの魔法で飛んで行き、検問を抜ける。
セオは聖王国の王族だ――待たされることなく顔パスで検問を通り抜けることができたが、恐らく聖王城にはすぐに連絡が行くだろう。
私たちは、聖王や大神官の部下に捕まる前に、目的地へと急いだ。
『水晶の街』とも呼ばれるその美しい街並みを抜けると、私たちは街の中央に聳える『世界樹』の近くまで再び空を飛んでいく。
世界樹の枝葉が街を覆っているので、それに触れないギリギリの高度だ。
世界樹のすぐ側、目立たない街の一角にたどり着いたところで、セオは地上へと降りた。
ここから二、三分歩けば、世界樹の根元――聖王国の王族が神事を執り行う場所に到着するとのことである。
街に降りてからは、セオは終始無言で冷たい空気を纏っている。
感情を表に出さないようにするためだ。
セオは一歩先を歩き、その後ろを私と魔女がついて行く。
振り返ることはないが、足音が止まったり遠ざかったりしないか気にかけてくれているようで、ちょうど良い速度で歩を進めてくれている。
私としっかり手を繋いで歩く魔女は、いつものとんがり帽子と、ダボッとしたローブ姿ではない。
私とお揃いのワンピースを身につけていて、平民用の質素な装いではあるが、年相応の可愛らしい格好である。
香水の類はつけていない筈なのだが、なんだか花のような香りがするし、少し雰囲気が変わったような気がする――魔女は子供だし、見ない間にちょっと成長したのかもしれない。
世界樹の根元に到着したセオは、世界樹を取り囲む結界を張っているウエストウッド侯爵家の関係者に挨拶をした。
セオは無感情な瞳をこちらへ向け、一部分だけ開いてもらった結界を通るように促す。
私、魔女、セオの順に結界を通り抜けると、ぼわん、と音を立てて結界は閉じてしまった。
結界が閉じたのを確認すると、セオは張り詰めていた糸が切れたように、腕を伸ばして深呼吸をする。
感情が戻ったセオにとっては、感情のないフリをするのも疲れるらしい。
「ふふっ」
私が思わず笑みをこぼすと、セオもどこか気の抜けた表情で、少し恥ずかしそうに笑い返した。
「さ、それより、ここが世界樹の根元だ。マクシミリアン陛下が来る前に済ませちゃおう」
「そうね。魔女さん、大精霊の元へはどうやって行くの?」
「んー、ちょっと待つ」
魔女は目に淡い光を宿し、世界樹の根元を念入りに調べ始めた。
そうしているとすぐに、魔女はある場所で立ち止まってしゃがみ込み、両手を差し出した。
他と大して変わり映えのない場所に見えるが、ここに入口があるのだろう。
魔女の放つ光が強くなっていき、私は目を閉じる。
再び目を開けた時には、木の根元から幹にかけて、人の入れるような大きな穴が空いていた。
「大精霊、この先。地下深く、星の中枢に近い場所。あたい、先行く、ついてきて」
私たちが頷いたのを確認して、魔女は幹の穴に入っていったのだった。
その根を伝って行けば、大精霊の棲む神殿に辿り着くことが出来るという。
しかし、フローラもアイリスもこちらの手の内とはいえ、聖王都は聖王マクシミリアンの本拠地だ。念入りな準備が必要不可欠である。
王国側の準備――具体的には、アイリスとフローラの処罰や引き渡しに関しては、ヒューゴが主体となり、フレッドとメーアが補佐に回って処理を進めてくれている。
魔女は、彼女の育ての親である地底人族の師匠の元を離れ、旅への同行を了承してくれた。
また、フローラ、フレッドとの間で何やらやり取りをしていたようだが、詳しいことは教えてくれなかった。
そして、セオも私も、ソフィアと魔女を信じると決めたからか、これまでの寂しく不安に満ちた空気は払拭されていた。
不安は完全には拭えないが、セオが私を避けるようなことはしなくなり、今はほぼ元通りの関係に戻っている。
ただ、時折見せる辛そうな表情――特に、嬉しいことや幸せなことがあった後――それだけはどうすることも出来ず、チクチクと胸を刺すのだった。
そうこうしているうちに数日が経ち、聖王国へ出発する時が近づいてきたある日。
私とセオは城の中庭を散歩していた。
季節はすっかり春めいていて、色とりどりの花たちが咲き始めている。
色を取り戻して初めて迎える春。
風にそよぐ花たちのなんと艶やかで華やかなことか。
黄色やピンク、オレンジ、白――美しく彩られたフラワーアーチをくぐると、春のかおりに包まれる。
「パステル」
「なあに?」
その声に、私は隣を歩くセオを見上げる。
セオはその場に立ち止まると、柔らかい笑顔を浮かべて、私をぎゅっと抱き寄せた。
また少し、背が伸びたみたい――
「……聖王都に行ったら、僕、感情が戻ってないフリをしなきゃならない。だから――今のうちにたくさん、元気を分けて」
「……うん」
目を閉じると、まるで春の真ん中にいるみたいに、ぽかぽかする。
しばらくそうした後、どちらからともなく、唇を寄せ合う。
目を合わせて微笑み合うと、再び指を絡めて中庭をゆっくりと歩き始めた。
「聖王都へは、また変装して行くの?」
「いや、今回は堂々と行くよ。地の神殿と違って、世界樹には基本的に王族と高位神官、高位貴族しか近付けないからね」
「そっか、身分を明かす必要があるんだね。私は、どうすればいい?」
「パステルは、僕が連れて来た『虹の巫女』だから、問題なく世界樹の根元まで行ける。ただ、念のため家名は名乗らない方がいい。一番の問題は、魔女を世界樹の所までどうやって連れて行くか」
「魔女さんは、巫女じゃないもんね。それに、大精霊の神子であることも隠した方がいいんだよね?」
「うん、そう」
「なら……」
私は思いついたアイデアをセオに話す。
この方法なら、私も家名を名乗らなくて済むし、魔女もおそらく同行を許されるはずだ。
セオも納得したようで、頷いてくれた。
全ての準備が整い、私とセオ、魔女の三人で聖王都へ向かうことになったのは、この翌日だった。
エーデルシュタイン聖王国の都、聖王都。
街のすぐそばまでセオの魔法で飛んで行き、検問を抜ける。
セオは聖王国の王族だ――待たされることなく顔パスで検問を通り抜けることができたが、恐らく聖王城にはすぐに連絡が行くだろう。
私たちは、聖王や大神官の部下に捕まる前に、目的地へと急いだ。
『水晶の街』とも呼ばれるその美しい街並みを抜けると、私たちは街の中央に聳える『世界樹』の近くまで再び空を飛んでいく。
世界樹の枝葉が街を覆っているので、それに触れないギリギリの高度だ。
世界樹のすぐ側、目立たない街の一角にたどり着いたところで、セオは地上へと降りた。
ここから二、三分歩けば、世界樹の根元――聖王国の王族が神事を執り行う場所に到着するとのことである。
街に降りてからは、セオは終始無言で冷たい空気を纏っている。
感情を表に出さないようにするためだ。
セオは一歩先を歩き、その後ろを私と魔女がついて行く。
振り返ることはないが、足音が止まったり遠ざかったりしないか気にかけてくれているようで、ちょうど良い速度で歩を進めてくれている。
私としっかり手を繋いで歩く魔女は、いつものとんがり帽子と、ダボッとしたローブ姿ではない。
私とお揃いのワンピースを身につけていて、平民用の質素な装いではあるが、年相応の可愛らしい格好である。
香水の類はつけていない筈なのだが、なんだか花のような香りがするし、少し雰囲気が変わったような気がする――魔女は子供だし、見ない間にちょっと成長したのかもしれない。
世界樹の根元に到着したセオは、世界樹を取り囲む結界を張っているウエストウッド侯爵家の関係者に挨拶をした。
セオは無感情な瞳をこちらへ向け、一部分だけ開いてもらった結界を通るように促す。
私、魔女、セオの順に結界を通り抜けると、ぼわん、と音を立てて結界は閉じてしまった。
結界が閉じたのを確認すると、セオは張り詰めていた糸が切れたように、腕を伸ばして深呼吸をする。
感情が戻ったセオにとっては、感情のないフリをするのも疲れるらしい。
「ふふっ」
私が思わず笑みをこぼすと、セオもどこか気の抜けた表情で、少し恥ずかしそうに笑い返した。
「さ、それより、ここが世界樹の根元だ。マクシミリアン陛下が来る前に済ませちゃおう」
「そうね。魔女さん、大精霊の元へはどうやって行くの?」
「んー、ちょっと待つ」
魔女は目に淡い光を宿し、世界樹の根元を念入りに調べ始めた。
そうしているとすぐに、魔女はある場所で立ち止まってしゃがみ込み、両手を差し出した。
他と大して変わり映えのない場所に見えるが、ここに入口があるのだろう。
魔女の放つ光が強くなっていき、私は目を閉じる。
再び目を開けた時には、木の根元から幹にかけて、人の入れるような大きな穴が空いていた。
「大精霊、この先。地下深く、星の中枢に近い場所。あたい、先行く、ついてきて」
私たちが頷いたのを確認して、魔女は幹の穴に入っていったのだった。
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