色のない虹は透明な空を彩る〜空から降ってきた少年は、まだ『好き』を知らない〜

矢口愛留

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第七章 紫

第123話 「お茶」★セオ視点

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 セオ視点です。

********

 メーア様から事情をあらかた聞いた僕は、正直、いても立ってもいられない気持ちだった。

 パステルはメーア様に、「いざとなったら虹の力で逃げられる」と伝えていたようだが、この城に着いてから僕が母上の手紙を読むまでの間に、魔の森に向かうような時間も理由もなかったはず。

 という事は、パステルが魔の森に行ったのは昨日か今日――風の力は、まだ戻っていないはずだ。
 一人で戻ってくることは、不可能だろう。

 それに、アイリス姉様がパステルの命を奪うことはなくても、彼女が危険や痛みに晒されないとは限らない。
 アイリス姉様は、人の痛みを何とも思わないのだ。
 最悪、ずっと牢に繋がれっぱなしとか、薬で眠らされ続けるとか、逃げられないように痛めつけるとか……そんなことも考えられる。

「パステル……」

「……心配でしょうけど、私たちは私たちで、出来ることをしないとね。パステルの預けてくれた解毒薬はカイに持たせてあるし、今回の件、フレデリック様にもすでに伝えてあるわ。あとはノラだけど……」

 その時タイミング良く、にゃーん、という鳴き声が扉の外から聞こえてきた。
 メーア様は一度扉を開けて廊下を見回すと、誰もいないことを確認して扉を再び閉める。

「おかえり」

 他に誰もいないはずの部屋に、メーア様は声をかける。

「ただいまにゃー」

 そう返答する声と共に、さっきまで何もなかったはずの場所から、ノラの姿がぼやんと浮かび上がってきた。
 どうやら、認識阻害の魔法を使っていたようだ。

「それでノラ、何か分かった?」

「メーアに言われてからずっとパステルを見守ってたんにゃけど、メーアの言った通り、パステル、攫われちゃったのにゃ!
 しかも、パステルを薬で眠らせたのは、『調香の巫女』フローラだにゃ。近くに止めてあった荷車にパステルを乗せて、布をかけて、城の使用人に運ばせていたにゃ。
 その荷車を運んでいった先には鷲獅子グリフォンがいて……あっという間に荷車ごと北の方へ持ち去ってしまったにゃ!
 手を出しちゃダメって言うから何もしなかったんにゃけど、どうするつもりにゃ?」

「……鷲獅子グリフォン……? パステルは大丈夫かしら……?」

「アイリスがパステルを傷付けないようにと命令しているなら、無事だと思うにゃ。
 アイリスは生まれつき、魔物の類と意思疎通が出来るんだにゃ。魔力を込めて命令を飛ばすことで魔物を操る力を持ってるにゃ。
 アイリスの母親が妖精たちと話せるのと似たような力だにゃ」

 僕は、ノラの言葉に頷く。
 アイリス姉様は、鷲獅子グリフォンだけじゃなく、暗黒龍ダークドラゴンとか、それ以外にも強力な魔物を飼っているはずだ。
 けれど、パステルの命を奪うようなことは、しないはず――無事だと信じたい。

「それより問題は、フローラの方にゃ。城の使用人と同じ服を着ていたから、多分もう城に紛れ込んでるにゃ。対策をしないとまずいにゃ」

「そうね。……ノラ、フローラの件、フレデリック様にもこっそり伝えてもらえる? それから、カイに渡した小瓶だけど、フローラがいるのなら、やっぱりノラが持っていてほしいの。
 その後は、認識阻害で姿をずっと消していてちょうだい。セオの側にいれば風のバリアで守られるから、安全よ」

「分かったにゃ。フレッドに伝えてくるにゃ。小瓶も預かっておくにゃ」

 ノラはそう言うと、藍色のもやになって消え去ってしまった。
 メーア様が部屋の扉を開ける。

「さて、セオドア様。フレデリック様の所に戻りますよ――分かっていると思うけど、ここからは、普段通り、何も知らない風を装うのよ」

 メーア様は、前半部分は廊下を通りがかる他の人にも聞こえるようにはっきりした声で、後半部分は僕だけに聞こえるように耳元で囁いた。

 僕は頷いて、僕とメーア様を包み込むように、弱い風を起こして見えないバリアを張る。
 時折、僕たちを観察するような視線をどこからか感じる。
 メーア様もそれに気付いたのか、僕に目配せをしてから、大きめの声で僕に話しかけてきた。

「それにしてもパステル様、お昼も召し上がらずにどちらにいらっしゃるんでしょうね。お散歩でしょうか?」

「――そうだね。きっとすぐ帰ってくるよ」

 焦りも不安も表に出さないように、出来るだけ自然に――僕たちはお祖父様の部屋へと向かった。



 僕たちはそれからしばらく、お祖父様の部屋でくつろいでいた。

 もちろん完全に気を抜くことはしない。
 僕は部屋の奥側に風のバリアを張り、僕、メーア様、お祖父様の三人を『調香の巫女』の能力から守っている。
 カイから解毒薬を受け取って、首元の大きなリボンにしっかりと括り付けたノラも、僕の膝の上だ。
 認識阻害魔法で姿を消してはいるが、重みを感じるし、時々もぞもぞと動いている。

 部屋の出入り口には、カイが控えている――ただし、帯剣はしていない。
 カイには事情を話してあるが、あえて風のバリアの外側に立ってくれている。
 カイは、フローラの一派を一網打尽にするため、自らおとり役を買って出てくれたのだ。


 ――そして、その時は来た。

「……来たのう」

 お祖父様がぽつりと呟くと同時に、カイの瞳はふっと光を失う。
 カイが内側から扉を大きく開くと、その外には、カイと同じように虚ろな目の使用人たちが数人、一様に笑顔を浮かべて立っていた。
 かなり不気味な光景である。

「お茶をお持ちしました。珍しい品ですので、ぜひお飲みになって、ご感想を聞かせていただきたいのです」

「さあ、侍女のあなた様も、護衛の騎士様も、どうぞお召し上がり下さいませ」

 使用人たちは、ワゴンに乗っているティーポットから、ティーカップにお茶を注いでいく。

「良い香りっすね。ありがたくいただきます」

 瞳の光が消えたままのカイは、ティーカップを受け取ると、迷いなく紅茶を一気に飲み干した。

「さあ、皆様も」

 使用人の一人が、ティーカップを私たちの前に置こうと近づいて来たところで、廊下から見覚えのあるキャラメル色がちらりと覗く――

 ガキン!

「きゃあっ!」

 間髪をいれず、廊下に氷の粒が煌めいたかと思うと、フローラの悲鳴が上がった。

 ガキッ! カキンカキン!!

 続けざまに、足元の大理石が素早く盛り上がり、あるいは氷の枷が空中から現れ、使用人たちを拘束していく。
 使用人たちもフローラも、手足を氷や石で拘束され、あっという間に身動きが取れなくなった。

「――はっ、お、俺は何を……? ぐぅ!? は、腹が!?」

 カイも目を覚ましたようだ。
 だが、カイは毒入りの紅茶を飲んで腹痛が襲ってきたようで、お腹を押さえてトイレに駆け込んでしまった。

「……ノラ、念のためカイに解毒薬を少し分けてあげてくれる?」

「分かったにゃー。まったく、手がかかるにゃー」

 ノラは認識阻害を解除して、僕の膝から降り、カイの後をとてとてと追いかけたのだった。


「神子が三人もいる所に突入したのが運の尽きじゃったのう。それも皆正気じゃったからな」

 お祖父様は、魔法でデコボコになった床を踏み鳴らしながら、フローラに近づいていく。
 念のため、僕は風のバリアをフローラの周りにも張る。

「……それで、『調香の巫女』がこんな所で何をやっとるのか――続きは牢屋で話してもらうぞい」

 他の使用人たちに比べて念入りに、ほぼ全身を石と氷で拘束されているフローラは、悔しそうにお祖父様をキッと睨む。
 一応風のバリアを張ってはいるが、この状態では、隠し持った薬や香水を使うことも出来ないだろう。
 お祖父様は騎士たちを呼ぶと、拘束されている者たちを全員、城の地下牢へと運ばせたのだった。
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