色のない虹は透明な空を彩る〜空から降ってきた少年は、まだ『好き』を知らない〜

矢口愛留

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第六章 赤

第108話 「疫病神」

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 それからしばらくして。
 ヒューゴの元に向かう前にやる事がある、という国王を待つ間、私たちは思い思いに休んでいた。

 セオはノラを膝に乗せて、その背中を撫でている。
 魔女は相変わらずキョロキョロと城の内装や絵を見て回っており、フレッドはソファーに座って目を閉じ休んでいた。

 その間に豪華な食事が供されたが、疲れのためか、不安のためか、ほとんど喉を通らなかった。
 ――まあ、魔女とフレッドは平気で食事をしていたのだが。


 国王の準備が整ったのは、食事が下げられた頃だった。
 しゃんと立つ国王の姿を見て、私は一安心し、密かに息をつく。
 ヒューゴのために国王が動いてくれるのか、少し不安に思っていたのだ。


 私たちが医務室に向かうと、喚き散らしながら医務室から連れ出されるアイリスの姿があった。
 言葉をかけても納得しなかったのだろう、その両脇を使用人たちに抱えられている。

「ちょっと、離しなさいよ! わたくしはもうヒューゴの側を離れないと決めたのよ、あの疫病神、が――」

 アイリスは、大きく首を振っている。
 そして、列の最後尾を歩くセオと、ばっちり目が合った。

「出たぁぁああぁ!! 疫病神ぃぃい!!!」

 アイリスは、国王やフレッドには目もくれず、セオの方を見て絶叫した。
 今回はノラの認識阻害も間に合わなかったが、よほど視野が狭いのか、魔女の存在にも気付いた様子はない。

 がっつりターゲッティングされてしまったセオは、心底嫌そうな顔をする。

「ちょっとあんたたち、わたくしを離してちょうだい! あの疫病神、ヒューゴに何かしに来たんだわ、きっとそうよ、間違いないわ!」

 セオは何も答えず、深いため息をついて大きく首を振った。

 私たちは、アイリスに構わずその横を通り過ぎ、医務室に入る。
 アイリスは、まだ何か喚いているようだったが、使用人に引きずられているのか、次第にその声が遠ざかっていく。
 最後に医務室に入ったセオが後ろ手に扉を閉めると、その声は全く聞こえなくなったのだった。

 国王と魔女はヒューゴの眠るベッドまで進み、フレッドとノラはカイのベッドを覗きに行く。
 私も二人が寝ている方へ足を進めようとしたが、セオは一向に動こうとしない。
 心配になって少しだけ振り返ると、セオの表情は今までに見たことがないほど曇っていた。

「セオ……? 大丈夫?」

 私がセオに話しかけると、セオは突然、後ろから私をギュッと抱きしめた。

「セ、セオ?」

「……アイリス姉様のせいで耳がキンキンするし、幸せが減った。充電させて」

 セオは甘えるようにそう言うと、私の肩に頭を預けた。
 心地良い重みが肩にかかり、さらさらとしたセオの髪が、耳朶をくすぐる。

 アイリスは、どうやら思い込みの激しいタイプのようだ。
 セオとアイリスの間に何があったのかは知らないが、関わると大変だろうなということだけは、はっきり分かる。

 私はセオの腕にそっと手を置き、セオが落ち着くまで、しばらくそのまま触れ合っていたのだった。



 少しして、ヒューゴの周りに全員が揃う。
 ヒューゴは眠ってはいるものの、その顔は苦痛に満ちている。
 何処かが痛むのか、或いは悪夢の中に囚われているのかもしれない。

 国王は、懐から一通の手紙を取り出し、ヒューゴの枕元に置いた。
 国王は別れを惜しむかのように、ヒューゴの顔をじっと見たかと思うと、魔女にはっきりした声で願いを告げる。

「さあ、魔女よ。始めてくれ。余のせいで悪夢に落ちた息子を、どうか――救ってくれ」

「わかった。ヒューゴのとと、隣のベッド、寝るといい」

 国王は言われた通り、ヒューゴの隣のベッドに横になる。
 魔女は、ヒューゴと国王の間に立ち、ヒューゴの胸に手をかざした。

「あたい、能力使う、ヒューゴ、目覚める。でも、かわりに、ヒューゴのとと、悪い魔力と闘うこと、なる。今なら、ヒューゴのとと、勝てる、思う。心、正しく、強く持て」

「――ああ」

 魔女の目に、そしてその手にも、淡い光が宿る。
 光は徐々に強くなっていき、眩く辺りを照らし出す。
 いつの日か、十一番地で見た光と同じものだ。

 光が収まると、そこには、穏やかな表情で眠るヒューゴと、目を閉じうなされ始めた国王の姿があった。

「これで、ヒューゴ、明日の朝、目覚める。ヒューゴのとと、悪夢に勝てたら、目覚める」

 魔女は翳していた手を下ろす。
 普段から眠そうな目は、いつにも増して眠そうにとろんとしていた。

「ふぁーあ。あたい、疲れた。もう寝る」

 魔女は大きくあくびをして、医務室の空いているベッドに横になった。

「魔女にゃん、ありがとにゃー。というか医務室で良いのかにゃー? どっか空いてる部屋を……」

「すぅー、すぴー」

「……もう寝てるにゃ」

「余程疲れたんじゃろうな」

 フレッドは苦笑している。
 周りに散らばっていた国王やヒューゴの侍従たちが、魔女の寝ているベッドの周りに衝立ついたてを置いた。

「みんなも、ありがとにゃー。あとはミーに任せて、休むにゃー」

「ノラちゃん、大丈夫なの?」

「ミーはお昼寝したからへーきにゃ。ヒューゴが心配にゃし、ついでに国王も心配にゃし、ついでのついでのさらについでにカイも心配にゃ。だからミーはここにいるにゃ」

 そうしてノラを医務室に残し、私たちは各々、部屋に戻って一晩明かしたのだった。

 ヒューゴとカイは目覚めるのか、国王は悪夢に打ち克つことが出来るのか。
 火の精霊はどうなったのか――

 王城では、夜が更けても人の気配が静まることはない。
 ふかふかのベッドは夢のように気持ち良いが、募る不安と人の気配で、私はなかなか眠ることが出来なかった。
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