色のない虹は透明な空を彩る〜空から降ってきた少年は、まだ『好き』を知らない〜

矢口愛留

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第六章 赤

第102話 「無事でよかった」

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 私とセオは、カイの手引きによって、目立たない場所から聖王国の馬車の一つに密かに乗り込んだ。
 事前に手配していた通り、馬車の中は空っぽである。

 セオと私は平民用の外套を脱いで、身だしなみを簡単に整えた。

 セオは普段から身につけている、聖王国の貴族服。
 王国の貴族服に比べてゆったりして動きやすい、ふわりとした衣服だ。
 要所要所に刺繍が入っていて、精霊の力を高めてくれるらしい。

 私は、王都で流行っているというAラインのシンプルなドレスだ。
 普段社交の場に出ることのない私は、きちんとしたドレスを持っていなかったのだが、今回の王都訪問で義母が新しく仕立ててくれたのだった。

 髪は、あえて隠さない。
 今回はセオの婚約者候補、『虹の巫女パステル』として、セオに同行する形をとる。

 アイリス王女の前では、王太子ヒューゴとも初対面というていで、カイもヒューゴではなくセオの護衛として振る舞うことになっている。
 ノラは、先にヒューゴの元に向かっているはずだ。

 これからアイリス王女に会うのだと思うと、どうしても緊張してしまう。
 セオも、心なしか表情が固い。
 セオは私が見ていたことに気づくと、ふっと表情を緩める。
 だが、やはり美しい金色の瞳はどこか憂いを帯びていた。

「セオ、大丈夫?」

「うん、僕はね。……けど、パステルが心配で」

「アイリス王女のこと?」

「うん。――それに、ヒューゴ殿下も」

「……え? どうして?」

 アイリスは分かるが、ヒューゴが私たちに危害を加えるとは思えない。
 私は、何が心配なのか分からなくて、こてんと首を傾げた。

「――今日のパステルが、特別綺麗だから」

「えっ」

 予想外の言葉に、私は一瞬固まってしまう。
 眩しげに細められたその瞳の奥は、切なそうに揺れている。

「ドレス、似合ってる。……他の誰にも見せたくないくらい」

「そ、そんなこと」

 その言葉を理解した途端、頬がじわりと熱を持ち始める。
 セオは私の手を取り優しく持ち上げると、薄いグローブ越しの指先に、そっと口付けを落とした。

 目と目が合い、セオは甘く微笑む。

 そして――

「ははは、仲が良いっすねえ」

「……!」

 にこにこと笑いながら、呑気に放たれたその言葉に、セオも私も、馬車にカイが同乗していたことをようやく思い出したのだった。



 馬車は王城の門をくぐり抜け、大回りして城の正面に向かっていく。

 ファブロ王国の王城は、ベルメール帝国の皇城に比べて、オープンな造りになっている。
 城門も広いし、城壁もそんなに高くない。
 馬車を停めるスペースが広く取られていて、広場中央には美しい花壇と、休憩用のベンチが設置されていた。

 馬車が城の正面に停車すると、カイが扉を開けてくれる。
 私はセオにエスコートしてもらって、馬車から降りた。

 私は、隣に停まっている、一際豪華な馬車を見る。
 ちょうど、馬車の中から一人の侍女と、ゆったりとした聖王国の貴族服を身に纏ったフレッドが降りてくるところだった。
 フレッドはこちらに気付くと、こっそりウインクを飛ばし、そのまま役人に従って堂々と歩き始める。
 私はセオの差し出してくれた腕にそっと手を添えると、フレッドの後を追って、城へと足を踏み入れたのだった。



「遠路はるばる、ようこそお越し下さいました」

「王太子殿下自らお出迎え下さるとは。過分なるご配慮、痛み入ります」

 城のエントランスで待っていたのは、王太子ヒューゴだ。
 私は突如、ヒューゴがフレッドと挨拶を交わしているその遥か後ろから、刺すような視線を感じた。

 ヒューゴに失礼のないように、目だけを動かして、視線の主を探る。
 視線の主は、すぐに見つかった。

 睨むようにこちらを伺っていたのは、華美なドレスにこれでもかと言うほどアクセサリーを付けている、銀髪の女性。
 その金色の瞳には、恐怖だろうか、喫驚きっきょうだろうか、言い得ぬ表情が浮かんでいる。
 女性は、周りに控えていた使用人に何事か告げると、急ぎその場を後にしたのだった。


「……ふう、行ったようじゃな。申し訳ありませんのう、うちの者が迷惑をかけて」

「……いえ」

 こちらを睨んでいた女性――アイリスがいなくなった途端に、フレッドとヒューゴは同時に苦笑を漏らした。
 セオも隣でそっと息をついている。

 先程より幾分か柔らかい表情で、ヒューゴが切り出した。

「では、早速今の内に火の神殿に向かいましょうか」

「頼みますぞい。その間に、ワシはノラと話があるのじゃが、借りても良いですかな?」

「はい、勿論です。あちらの者が案内いたします」

「うむ。ではセオ、パステル嬢ちゃん、また後での」

「うん、お祖父様。……あの」

 挨拶をしたらさっさと背中を向けてしまったフレッドに、セオが声をかけた。
 咄嗟に伸ばした手は、フレッドに届く前に空中で止まり、そのまま胸元に下ろされる。

「ん?」

 顔だけ振り返ったフレッドに、セオは口を開くが、少し考えるそぶりを見せる。
 フレッドに真っ直ぐ視線を向け直すと、セオは一言だけ、フレッドに言葉をかけた。

「――無事でよかった」

「ははは、絶交されなくて良かったわい」

 フレッドは、一瞬目を見開くと、にかっと笑う。
 馬車からずっと一緒に行動していた、深海のように青い髪の、背の高い侍女を伴って、そのまま歩き去ってしまった。
 そうして私は、セオ、ヒューゴ、カイの三人と一緒に火の神殿へと向かったのだった。


 火の神殿は、王城の中心部にあった。
 重い金属の扉に閉ざされた先に、小さな小さな中庭がある。
 カイは、念のため金属扉の外で待機してくれることになった。

 壁に囲まれた中庭には、城の窓はひとつも存在せず、堅い煉瓦がぐるりと巡らされている。
 青い空が遠くにまあるく見えていて、中庭というより、大きな煙突の中にいるようだった。

 中庭の中心部には、木枠に囲まれた焚き火が寂しげにゆらゆらと揺らめいていて、神殿らしき建物は存在しない。
 仮に誰かがここに侵入したとしても、火の神殿が存在しているとは思わないだろう。

「セオ殿、パステル嬢。着いたぞ。今から扉を開くが、準備は良いか?」

 私たちがしっかりと頷いたのを確認すると、ヒューゴは中庭の中心で燃えている焚き火に手をかざした。
 すると、小さく燃えていた焚き火は、一気に火力を増し、ヒューゴの身長の倍ほどまで、大きくなる。
 そして、炎は根本から左右に分かれると、人のくぐれるような穴が、ぽっかりと開いたのだった。

 穴の先から、暗闇が手招きしている。
 ヒューゴが先にその穴をくぐると、セオも後に続いて、穴をくぐっていった。
 私も意を決して、暗闇へと続く穴をくぐり抜けたのだった。
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