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第六章 赤
第92話 「ようこそにゃー」
しおりを挟む料理を食べ終わった頃に、再びテーブルにカイがやって来た。
雑用の仕事を終えたのか、腰に巻いていたエプロンは既に外している。
「殿下、パステル嬢、お待たせしました。どうです、ここの店なかなかイケたでしょう」
「うん、美味しかった。ごちそうさま」
「変わったお料理だったけど、美味しかったです。どこかの郷土料理なんですか?」
「殿下、そう言ってもらえると店長も喜びますよ。パステル嬢も、ありがとうございます。
ええと、郷土料理というか、ここの店長の遠い祖先が海外からの移民なんだそうで。
先祖代々受け継いできた、王都平民街で随一の老舗なんだそうですよ」
カイはテーブルをせっせと片付けながら、説明してくれる。
食器をすべてトレーの上にまとめると、厨房に繋がるカウンターへと持っていき、そのまますぐに戻ってきた。
「さ、二階に行きましょうか」
「あ、お会計してくるね」
「ああ、パステル嬢、大丈夫ですよ。ここは俺にご馳走させて下さい」
「え、でも」
「いいんすよ。店長ー、ここのテーブルのお代、今月の家賃に上乗せでツケといて下さーい」
「了解アルよー」
レジに行こうと立ち上がりかけた私を制し、カイはホールを忙しなく行き来している店員に呼びかけた。
どうやら、先程注文を取りに来た不思議な口調の店員が、店長だったらしい。
オッケーサインを返す店長に会釈をして、私たちは席を立った。
「さ、行きましょう。外階段からお願いします」
「ごちそうさま。ありがとう、カイ」
「いえいえ、安いもんですし、どうか気にせず」
私たちはカイにお礼を言って店の外に出た。
カイは店の外に付いている狭い階段を登り、二階の扉の鍵を開ける。
私たちもカイの後について扉をくぐった。
「ただいまー」
「おかえりにゃー。待ちくたびれ……って、後ろにいるの、セオにパステルかにゃ?」
扉を開けた途端、奥からとてとて、と近寄ってきたのは、大きなしましまのリボンを首元につけた黒猫。
湖でカイと再会した時に一緒にいた、妖精のノラだ。
私たちの姿が見えると、ノラは立ち止まった。
「ノラちゃん、久しぶり!」
「にゃーん♪ パステル、セオ、会いたかったにゃー!」
ノラはカイをすり抜け、私たちの足元にすり寄ってきた。
セオが抱き上げたノラを、私が横から優しく撫でる。
ノラは嬉しそうに目を細めた。
「二人がいつ来るかと思って、待ちわびたにゃー。ようこそにゃー」
「ふふ、私も会いたかったよ」
「ふにゃーん」
「さ、何にもお構い出来ないんすけど、奥へどうぞ」
カイに促されて、私たちは奥にある客間へ移動する。
客間は意外にも広く綺麗で、どっしりした円卓と椅子が六脚、中央に置かれていた。
レストランの看板に書かれていたのと似た形の文字が書かれた掛け軸や、蛙の置物、丸みを帯びた不思議な形のランプなどが飾られていて、異国情緒が漂っている。
「わぁ……素敵。別の国に旅行に来たみたい」
「けっこう広いでしょう?
ここ、数年前まで店長の家族が住んでたんすよ。けど、奥さんが足を悪くしたとかで二階に上がれなくなっちゃって、新しい家に引っ越して。
それでいらない家具もそのまま譲ってもらって、安く間借りさせてもらってるんすよ」
「へぇ……だから変わったデザインの家具が多いんですね」
「今お茶を用意しますんで、適当に座ってて下さい」
カイはそう告げると、部屋を出て行った。
私たちは円卓を囲むように並べられた椅子に、腰掛ける。
「カイ、意外と綺麗にしてるんだ」
セオは辺りを見回すと、感心したように呟いた。
ノラが、円卓の上にぴょこん、と飛び乗り、尻尾をピンと伸ばして自慢げに胸を張る。
「ふふん、それはミーがお掃除してるからなのにゃー」
「ノラちゃんがお掃除してるの? まぁ、とっても偉いのね!」
「そうなのにゃー! やっぱりパステルは猫を見る目があるのにゃー!」
そうしていると、カイが、飲み物を用意して戻ってきた。
カイは自分の近くに飲み物と茶菓子の置かれたトレーを置くと、円卓を手で回す。
ご機嫌なノラが胸を張ったままの姿勢で遠くに運ばれていき、代わりにカイの持ってきたトレーが目の前に届く。
ノラは静かにカイを睨みつけ、テーブルから降りた。
「これも店長に分けてもらったお茶なんすよ。なんでも、昔同じ国から来た親戚が茶畑を持ってるらしいっす」
カイの淹れてくれたお茶は綺麗な琥珀色で、持ち手の付いていないカップに注がれている。
普段口にする紅茶とは異なる、華やかな香りとさっぱりした味わいが、喉を潤す。
「それで、殿下。王妃様からも聞いてはいるんすけど、今の状況、一応教えてもらっていいですか?」
カイは不機嫌になったノラを抱き上げ、自らも椅子に腰掛けると、セオの話に耳を傾けたのだった。
「なるほど……大体わかったにゃ。二人は火の精霊に会いたいんだにゃ?」
「うん、そう」
セオの話を一通り聞き、反応を返したのはノラだった。
「つまり……どうすりゃいいんだ?」
納得のいかないところがあるのか、カイはまだ首を捻っている。
「えっと、僕たちは火の精霊の神子――つまり、この国の王族に会わなきゃいけない。けど、それは危険を伴う可能性がある」
「危険? 何がです?」
「カイはポンコツなんだから黙ってるにゃ。いつも通りミーが指示するから、カイはその通りに動いてくれればいいのにゃ」
「おう、そうか。わかったぜ」
ノラにビシッと言われて、カイは気を悪くした様子もなく、腕を組んで大きく頷いた。
「セオ、パステル。ミーたちは、火の精霊の神子が誰なのか知ってるにゃ。この国の王族の中でも、今も火の精霊の加護を受けているのは二人――国王と王太子にゃ」
「王太子殿下が火の精霊の神子だとはししまるから聞いていたけど――もう一人は国王陛下?」
ベルメール帝国の皇城で、ししまるから確かにこう聞いている。
王領の湖、採掘現場で起きた爆発事故。
その事故に火の精霊が関わっている可能性があり、ハルモニア王妃からの依頼でノラとカイが、ファブロ王国王太子と共に調査をしている、と。
「そうだにゃ。国王は流石に会えないんにゃけど、王太子のヒューゴなら接点があるにゃ。今は仕事をお休みしてるけど、カイはヒューゴの近衛騎士なのにゃ。話をしてみるかにゃ?」
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「想像通りにゃ。エーデルシュタイン聖王国の王女アイリスは、どうやらファブロ王国の王太子ヒューゴのことが気に入ったみたいだにゃー」
ノラのその言葉に、セオは深い深いため息をこぼしたのだった。
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