色のない虹は透明な空を彩る〜空から降ってきた少年は、まだ『好き』を知らない〜

矢口愛留

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第六章 赤

第85話 「見てたらわかるよ」

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 セオにいくつか質問をして、虹色の髪を隠すためのかつらを身につけた私は、セオを屋敷に残して街へと繰り出した。
 もちろん、迷子になったり危ないことがあっては困るので、侯爵家のメイドさんにもついて来てもらった形だ。

「えっと、これとこれは買えたから、後は……」

「それでしたら、隣の通りにあるお店で買えますよ」

 こんな調子で、メイドさんに街を案内してもらいながら買い物をする。
 私が屋敷に戻ったのは、日が傾き始めた頃だった。



「ただいま。セオ、いる?」

 私は買い物袋を抱えて、セオの部屋の扉をノックする。
 セオは部屋の扉を開くと、荷物を受け取り、私を部屋の中へ招き入れてくれたのだった。

「おかえり。買い物、ありがとう。僕も一緒に行けたら良かったんだけど」

「仕方ないよ。今はセオの安全が一番大事だもの。それに、お買い物代を出してくれて助かったわ。聖王国の貨幣は持っていなかったから」

「ううん、そもそもお祖父様のものだから、予算は気にしなくていい。慣れない街で、疲れたんじゃない?」

「ふふ、ありがとう。王国とは違った活気があって、楽しかったよ」

 私は、袋の中身をひとつひとつセオに確認してもらう。
 今回買ってきた物は、ほとんどが日持ちのする食料である。

 フレッドはこれまで、ずっと魔の森のコテージからほとんど出ずに生活していた。
 買い物も魔の森の外にある小さな街で、時折土魔法で作った陶芸品や道具を売り、代わりに必要物資や食料を買っている程度だったようだ。
 そのため食生活も質素なものだったようで、帝都に出かけた際などは両手いっぱいに食料を買い込んでいたし、レストランや露店で食事をした際も嬉々としていた。

 今回、フレッドは買い物をする余裕もないだろうし、帝都でも生まれ故郷の品は手に入りにくいだろう。
 フレッドに必ず帰ってきてもらいたいという願いも込めて、フレッドの好物をセオに確認し、たくさん買い込んできたのである。

「フレッドさん、喜んでくれるといいね」

「うん。きっと喜ぶよ。ししまるからお祖父様に伝えておいてもらおう」

「そうだね。……あと、セオにも渡すものがあるの」

「僕に?」

「うん。はい、これ」

 私は、カバンの方にしまっていた小さな袋を取り出し、セオに渡す。
 セオは予想外のお土産に、目を丸くしていた。

「これ……どうしてわかったの?」

「ふふ、見てたらわかるよ。セオの好きなものくらい」

 セオの手に収まっているのは、聖王国の特産品である、特別な種類の林檎をドライフルーツにしたものだ。
 王国や帝国では見かけない種類の林檎で、普通の物より香りが強く、甘みもぎゅっと濃縮されている。
 国境を越えてから食事のたびに嬉しそうに林檎を手にしていたし、自分で上手に剥いて食べていることもあったから、この林檎が好物なんだというのはすぐにわかった。

「パステル……ありがとう」

「どういたしまして。ドライフルーツだから、しばらく楽しめるはずよ」

「うん。大事に食べるね」

「ふふ、喜んでもらえて良かった」

 セオは嬉しそうに顔を綻ばせている。
 こんなに喜んでくれるなら、足をのばして正解だった。

「パステル」

「なーに?」

「何か、お礼をしたいんだけど……パステルは、何かして欲しいこととか、ない?」

「ううん、そんな、お礼なんていいよ。私は、セオが喜んでくれればそれだけで嬉しいの」

「……ありがとう」

 セオは、小さな袋を持ったまま、私をそっと抱き寄せた。
 甘い林檎が、ふわりと香る。
 セオの肩に頭を預け、背中にゆっくり手を回すと、セオはさっきよりも少しだけ強く、けれど優しく、私を抱きしめてくれたのだった。



 そして、翌日。

 私たちは、フレッドの手配してくれていた商隊と合流していた。
 帝国と聖王国の双方に拠点を置く大きな商会で、皇室・王室御用達の品も卸している老舗なのだそうだ。

 フレッドが不在になることは事前に知らされていたらしく、商隊のリーダーはスムーズに対応してくれた。
 私たちは幌のかかった大きな荷馬車に乗せられる。

 大きな荷馬車は、来る時に乗った豪華な馬車とは大違いだ。
 幌の中には家畜用の干し草が大量に積み込まれていて、その間のちょっとしたスペースに私たちは埋もれていた。

「荷馬車だと身体が痛くなるかと思ったけど、思ったよりふかふかだね」

「うん。お日様の匂いがする」

「うー、ぼく、乾燥するぅー」

「そうよね、ししまるには辛いよね。でも、検問を通るまでは我慢よ」

「がんばるー」

 この干し草は聖王都の東にある地域で仕入れたもので、聖王国各地に運ばれるらしい。
 精霊の加護を受けた特別な農地では、季節に関係なく青々とした牧草が次々と生えてくる。
 そのため、冬でも他の地域に干し草を出荷できるのだそうだ。


 少しして、ガタゴトと大きく揺れながら、荷馬車は街を出発した。
 すぐに街の入り口で止まったものの、さっと荷台を覗かれただけで、干し草に埋もれていた私たちが見つかることはなかった。

「ねえねえ、あとどのくらいこうしてればいいのー?」

 しばらくして、口を開いたのはししまるだった。
 干し草を濡らすわけにはいかないので、水のボールを我慢し、三色のボールを鼻でつついている。

「次の休憩の時に、降ろしてもらう予定よ。一、二時間ぐらいじゃないかしら?」

「そうだね。次の街に着く前に一度休憩するって言ってたよ。その後はパステルの家まで飛んで帰ればいい」

「そっかぁー。かゆいけど、我慢するー」

「ししまる、そういえば、メーア様の手紙に書いてあった伝言って、何だったの?」

「うーんと、えーとぉ、情報屋さんのお話はまた後でするんだけどぉ」

 そうしてししまるは新しくメーアが手に入れ、ハルモニア王妃から知らされた情報を、ぽつぽつと話し始めたのだった。

「まずはじめにぃ、ハルモニア様は、大神官様の娘さんなんだって。それで、マクシミリアン聖王様とは、政略結婚だったんだってぇ」

「そうなの?」

「うん。それは僕もお祖父様も知ってた。表面的には仲が悪いようには見えなかったけど、今思うとハルモニア様は聖王陛下を怖がってるように見えたかも」

「そっか……」

 もしかして、ハルモニア王妃がセオを逃し、フレッドを探し当てたのも、彼女なりのSOSだったのかもしれない。

「それからぁ、ハルモニア様、ハーフエルフなんだぁ」

 ししまるの一言が予想外だったのか、セオは今度こそ目を丸くしたのだった。
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