色のない虹は透明な空を彩る〜空から降ってきた少年は、まだ『好き』を知らない〜

矢口愛留

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第四章 藍

第59話 「彼女は、僕の……」★セオ視点

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 今回と次回は、セオ視点でお送り致します。

********


「――私は、生まれつき、盲目よ」


 僕は、パステルの言葉に衝撃を受けた。


 確か、僕はエドワードの仲間に刺されて、瀕死の重傷を負ったはずだ。
 パステルがお祖父様のコテージまで飛び、魔法の傷薬ポーションで治療してくれた所までは覚えている。

 パステルは風の力を既に使っているから、ラスか僕の力なしでは、ここまで帰ってくることが出来ない。
 ラスが以前、僕を直接助けてくれたのは、お祖父様への借りを返すためだ。
 もう貸し借りもないのに、人間に直接力を貸すこともないだろう。

 更に、パステルが『ノエルタウンから戻ってきて丸一日』と言っていたのも気がかりだ。
 ノエルタウンから戻って丸一日と言ったら、倉庫の前でエドワードと対峙していた頃のはず。

 とにかく、パステルが何らかの力を使い、このような不可思議な状況が起きていると考えるのが自然だ。
 それも、パステルの性格と状況からかんがみるに、おそらく――いや、間違いなく僕のために力を使ったのだろう。


「パステル……ごめん、僕のせいで」

 僕は、掴んでいた手首を引き寄せ、パステルを抱きしめた。
 パステルをこんな目に遭わせた、自分の力のなさが不甲斐なかった。

「セ、セオ? 本当にどうしたの? 私たち、ただのお友達なんだから、こうやってスキンシップをするのは、その……良くないと思うの。
 ま、まぁ、嫌じゃないし、その、私も自分の部屋にセオを寝かせていたのも良くなかったのかもしれないけど」

 パステルは真っ赤になって、もじもじしている。
 そんなパステルも可愛いけれど、それどころではない衝撃が再び僕を襲った。

 心が、すうっと冷えていく。

 僕は、パステルの身体をそっと離したのだった。

「……友達?」

「と、友達……と、思ってくれてなかったの……?」


 パステルは、酷く傷ついた表情をした。



 僕は結局、パステルに何も言えずに出て来てしまった。
 どう声を掛ければいいのか、わからなかったのだ。

 ――なんだか、苦しい。

 パステルは、エレナに頼んで僕に客室を用意してくれた。
 エレナも、パステルが盲目であることに疑問を持っていないようだ。

 修正されている・・・・・・・

 こんなことが出来るのは、力の強い精霊だけだ。
 僕は、客室の窓を開け、手掛かりを求めて風の神殿に向かうことにした。


 風の神殿は、いつも通りだった。
 危険な鷲獅子グリフォンにも出くわさなかったし、神殿の周囲では多数の妖精が思い思いに過ごしている。
 入り口では緑龍グリーンドラゴンの妖精ドラコと挨拶を交わし、雲の妖精モックの中をすり抜けないよう気をつけながら廊下を進む。

「やあ、セオ。おはよう」

 玉座の間の扉を開くと、すぐさま風の精霊アエーラスからのびのびした声がかかる。

「おはようって……今、昼過ぎだけど」

「くふふ、だってセオ、さっき起きたんでしょ? それにしても、無事で良かったよ。死にかけてたもんね」

 ラスはいつも寝起きが悪いのだが、今日は昼過ぎまで寝ていたのだろうか――そう思って少し失礼な返答をすると、逆の意味のおはようだったらしく、笑われてしまった。

 僕は気を取り直して、本題に入る。

「ラス。何か、変なんだ。パステルの周りに不思議な力が働いてる。何か知ってる?」

「うん、知ってるよ。闇の精霊、ナナシが関係してるね。
 パステルを連れて、湖まで行ってみればわかると思うよ。ほら、全ての始まりの場所」

「全ての、始まり……。わかった。ありがとう、ラス」

 始まりの場所……別荘のあった場所のことだろう。
 僕がお礼を言って立ち去ろうとすると、ラスから引き留める声が掛かる。

「ああ、待って、セオ。
 ……パステルのねじれ・・・が戻ったら、彼女のこと、褒めてあげなよ。
 あの子、すごくすごく頑張ったんだ。見てるこっちが苦しくなるぐらいね」

「……うん。何となく、そんな気がする」

「じゃ、頑張って。ボクも、君たちのこと気に入ってるんだ。上手くいくことを祈るよ」

 僕は、こくりと頷いて、今度こそ風の神殿を後にした。



 ロイド子爵家に戻ってきた所で、部屋の外から男女が言い争う声が聞こえてきた。

「嫌よ。あなたと取引なんてしない」

「ふん。いつまで持つかな?」

 ――聞き覚えのあるやり取り。
 パステルとエドワードだ。
 どうやら、この客室のすぐ側でやり合っているらしい。
 時間にも場所にも、ほんの少しのずれ・・があるが、同じことが繰り返されようとしているのかもしれない。

 僕は一瞬、逡巡する。
 ここで僕が出て行かなければ、例のトラブルには発展せず、パステルの視覚を奪う未来も発生しなかった筈だ。

「――物好きな貴族か奴隷商人にでも売られるのが関の山だぜ」

「……おあいにく様。私にだって、好い人ぐらいいるわよ。
 まだ、友達にもなれていないけど……けど、私、嫌だって言われても、彼を追いかけて出ていくつもり。
 心配しなくても、この家は自分から出ていくわ。行き場がなくなることは、もうないの。
 あなたに助けてもらう必要はなくなったのよ」

 ……まだ、友達にもなれていない、か。

 そういえば、僕、否定してなかったな。
 でも、それでも、パステルは僕を選んでくれようとしている……。

 僕は決めた。

 あのトラブルが起きても、構わない。
 これ以上、パステルを傷付けることの方が、致命的だ。
 何より、パステルが貶されるのを黙ってやり過ごすのは、やはり耐えられない。

 僕は、静かに部屋の外、声がする方へと足を向けた。

「はぁ!? 嘘だろ!? 笑えない冗談だぜ。友達でもない奴を追いかけてって、本気で貰ってくれるとでも思ってんのか?
 もし万が一、億が一そうだったとしても、騙されてるに決まってる。
 金目当てとか、身体目当てとか、ろくな奴じゃないだろ、どうせ」

「……っ、私は、貶されてもいい。一緒になれなくてもいい、そばにいるだけでいいのよ!
 けれど、彼はそんな人じゃない。彼を、侮辱しないで……!」

「あぁ、そうか。やっぱり騙されてんだな。それとも、あれか? 妄想の中の王子様にでも惚れたってか? お前ってば引きこもりだもんな、想像力がたくまし――」

 僕は、ふるふると震えながらも気丈にエドワードに立ち向かうパステルの肩を、そっと引いた。
 彼女とエドワードの間に、身体を滑り込ませる。

 驚きと、怒りに満ちた視線が僕を射抜く。
 だが、その程度では僕は怯まない。
 冷たく、言葉を紡いでいく。

「エドワードさん。撤回して下さい。彼女は、僕の……」

 ……婚約者、ではない。おそらく。

 けれど、これだけは間違いない。

「彼女は、僕の大切な人です。これ以上、彼女を侮辱しないで下さい」

 後ろで、パステルが小さく声を上げるのがわかった。
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