色のない虹は透明な空を彩る〜空から降ってきた少年は、まだ『好き』を知らない〜

矢口愛留

文字の大きさ
32 / 154
第二章 青

第32話 「歌う人魚の伝説」

しおりを挟む

 セオと二人で、あるいは時折フレッドも交えて帝都観光をしながら過ごしているうちに、約束の日がやってきた。
 これから、水の神殿へと向かうのだ。

 私とセオが砂浜で待っていると、すぐに『川の神子みこ』ルードと亀の妖精きすけがやってきた。

「ルード様、今日はよろしくお願いします」

「こちらこそ」

 セオとルードが挨拶をしていることに気が付き、私も慌てて頭を下げた。
 私は別のことが気になっていたのだ。

「……きすけって、緑色だったっけ?」

 確か、前に会った時は黒っぽい灰色の身体をしていたと思うのだが、今日のきすけは深い緑色だ。

「ええ、この子はずっと深緑色ですよ。恐らく、前回お会いした時は、パステル様が風の力を使ったために、その代償として緑色が判別出来なくなっていたのでしょうね」

「あ……そう言われればそうかも……」

 私は言われて初めて、自分の眼の不思議な変化に気が付いた。
 思い返すと、確かにここのところ木々も野菜も灰色に見えていたのだ。

 どうやら私の眼は、ラスの力を借りた後、しばらく緑色を判別出来ない状態になっていたようである。
 モノクロの世界で過ごす時間があまりにも長かったため、違和感を感じなかったのだろう。

「ということは、『虹の巫女』の力を使うと、しばらく色がわからなくなるということ……でしょうか」

「ええ。恐らく、パステル様の力の鍵が、『色』なのでしょうね。だからこそ先代の『虹の巫女』様と精霊様たちは、パステル様の記憶を『色』を利用して封じることが出来たのでしょう」

「なるほど……。あ、でも、それとセオの感情には、何の繋がりがあるのでしょう?」

「うーん、私にもそこまでは……。何らかの魔力的な繋がりバイパスがあったのかもしれませんが……」

 どうやら、ルードにも詳しいことはわからないようだ。
 知っているとしたら、精霊たちか、何故か私が『虹の巫女』であることを知っていたフレッドぐらいだろうか。

「待たせたわね」

 後ろから凛とした声がかかった。
 『海の神子』メーアである。

 皇女として多忙であろうメーアの表情は、やはり心なしか疲れているように見えた。

「メーア様……あの、お忙しい中、申し訳ありません」

「いいわよ。あなたにも、セオにも、フレデリック様にも借りを作っちゃったしね」

「では、参りましょうか。念のため確認ですが、今日は濡れても良いお召し物で来て下さっていますね? ちょっと冷たいですけど、靴を脱いだら腰のあたりまで海の中に入ってもらえますか」

 ルードはそう声をかけ、自らも靴を脱いで、躊躇なく海の中へ入って行った。

 私たちもルードに倣って、海に入る。
 秋も深まっていて、昼間とはいえ水温は低く、鳥肌が立ってしまう。

 準備が出来たら、ルード、セオ、私、メーアの順に四人で手を繋いだ。
 すぐに、ルードとメーアから光が溢れてきて、私たちを包み込んでゆく。

 全身が光に包まれた瞬間、私は突然立っていられなくなり、バランスを崩してしまった。
 だが、それはセオもメーアも、ルードも同じだったようだ。

 気が付けば私たちはそのまま海中に全身を沈めていた。
 突然のことだったので、私は思いっきり海水を飲んでしまった。

「ごぼ、ごぼっ……!」

「大丈夫よ、海中でも息が出来るようになってるはずよ。楽にして」

 メーアのその言葉に、私は目を見開いて両隣を見る。
 セオも、メーアも、ルードも水中にいるのに、苦しくなさそうだ。
 それどころか、普通に喋っている。

「けほっ、あ、あれ……?」

「ね? 大丈夫でしょう?」

「は、はい……」

 落ち着いて状況を確認する。

 先程まで感じていた、水の冷たさを全く感じない。
 それどころか、心地よい温度だ。

 目を開けていても痛くないし、地上にいる時と同じように呼吸も会話も出来るようになっている。

「これが、『水の精霊の神子』の力なのですね」

「ええ。私たちは、人魚に変身することが出来るの。ただし、自分ともう一人が限界ね」

 メーアに言われて足元を見ると、私たちの足が、鱗を持つ二本の尾に変わっていた。
 メーアとルードは、私たちと手を離し、上手にヒレを動かして遊泳してみせた。

「足……というか左右の尾をぴっちり閉じて、ダイナミックに動かすのがコツね。慣れるまでは私とルードが手を引いて誘導するわ。慣れたら自分で泳いでみてちょうだい」

 そうして私たちは再び四人で手を繋ぎ、水の神殿がある深海を目指して、泳いで行ったのだった。

 海は、潜れば潜るほど水温は低く、水圧も高くなる。
 徐々に光も届かなくなっていくが、人魚の身体は視界も良好だ。
 さらに、低い水温や水圧の差にも耐えられるようになっているとの事だ。

 ただし、時々遭遇する、毒を持つ生物や魔物には注意する必要があるらしい。
 普通の生物はこちらから危害を加えなければ襲ってこないが、魔物は別で、向こうから襲って来ることもあるそうだ。


 しばらくして、メーアが何かの歌を歌い出した。
 引き込まれるような、美しい歌声だ。

「この辺りに棲む魔物の多くは、音を嫌います。なので、歌を歌いながら泳ぐと襲われないのです」

「なるほど……」

「自衛のためなので仕方がないのですが、時折上を通っている船が驚いて岩礁に乗り上げたりして、仕方なく救助に向かうこともありますね。歌う人魚サイレンの伝説として、船乗りには恐れられているみたいです」

 ルードは解説を終えると、メーアの歌に低い旋律を加える。
 美しい高音ソプラノに、深い海のように大らかな低音バリトンが重なり、響き合う。

 この美しいハーモニーは、地上からはどのように聞こえるのだろうか。
 きっと、座礁した船も、この世ならざる幻想的な音色に引き込まれてしまったのだろう。


 程なくして、私たちは海の神殿に辿り着いた。
 貝殻のような材質で出来た真っ白な建物は、神殿というよりも宮殿である。

 所々に珊瑚や真珠の飾りがあしらわれていて、人が入れるほど大きな二枚貝や巻貝には、大小様々な魚たちが出入りしていた。

 時折、アクセサリーを付けているタコや、短い足をちょこちょこと動かして二足歩行しているヒトデなど、明らかに普通の魚ではない何かが通っていく。
 ここに棲む妖精たちだろう。この宮殿は、なんだか賑やかで楽しい。

 大きな通路の奥には、さわさわと海藻のカーテンが揺れている。
 その向こう側に、水の精霊の玉座があるようだ。

 私は、あたりをキョロキョロと見て回りながら、先導するメーアの後に付いていったのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

勝手にサインしろと仰いましたので、廃嫡書類に国璽を押して差し上げました

鷹 綾
恋愛
「確認? 面倒だ。適当にサインして国璽を押しておけ」 そう言ったのは、王太子アレス。 そう言われたのは、公爵令嬢レイナ・アルヴェルト。 外交も財政も軍備も―― すべてを裏で処理してきたのは彼女だった。 けれど功績はすべて王太子のもの。 感謝も敬意も、ただの一度もない。 そして迎えた舞踏会の夜。 「便利だったが、飾りには向かん」 公開婚約破棄。 それならば、とレイナは微笑む。 「では業務も終了でよろしいですね?」 王太子が望んだ通り、 彼女は“確認”をやめた。 保証を外し、責任を返し、 そして最後に―― 「ご確認を」と差し出した書類に、 彼は何も読まずに署名した。 国は契約で成り立っている。 確認しない者に、王の資格はない。 働きたくない公爵令嬢と、 責任を理解しなかった王太子。 静かな契約ざまぁ劇、開幕。 ---

魔法使いとして頑張りますわ!

まるねこ
恋愛
母が亡くなってすぐに伯爵家へと来た愛人とその娘。 そこからは家族ごっこの毎日。 私が継ぐはずだった伯爵家。 花畑の住人の義妹が私の婚約者と仲良くなってしまったし、もういいよね? これからは母方の方で養女となり、魔法使いとなるよう頑張っていきますわ。 2025年に改編しました。 いつも通り、ふんわり設定です。 ブックマークに入れて頂けると私のテンションが成層圏を超えて月まで行ける気がします。m(._.)m Copyright©︎2020-まるねこ

転生悪役令嬢に仕立て上げられた幸運の女神様は家門から勘当されたので、自由に生きるため、もう、ほっといてください。今更戻ってこいは遅いです

青の雀
ファンタジー
公爵令嬢ステファニー・エストロゲンは、学園の卒業パーティで第2王子のマリオットから突然、婚約破棄を告げられる それも事実ではない男爵令嬢のリリアーヌ嬢を苛めたという冤罪を掛けられ、問答無用でマリオットから殴り飛ばされ意識を失ってしまう そのショックで、ステファニーは前世社畜OL だった記憶を思い出し、日本料理を提供するファミリーレストランを開業することを思いつく 公爵令嬢として、持ち出せる宝石をなぜか物心ついたときには、すでに貯めていて、それを原資として開業するつもりでいる この国では婚約破棄された令嬢は、キズモノとして扱われることから、なんとか自立しようと修道院回避のために幼いときから貯金していたみたいだった 足取り重く公爵邸に帰ったステファニーに待ち構えていたのが、父からの勘当宣告で…… エストロゲン家では、昔から異能をもって生まれてくるということを当然としている家柄で、異能を持たないステファニーは、前から肩身の狭い思いをしていた 修道院へ行くか、勘当を甘んじて受け入れるか、二者択一を迫られたステファニーは翌早朝にこっそり、家を出た ステファニー自身は忘れているが、実は女神の化身で何代前の過去に人間との恋でいさかいがあり、無念が残っていたので、神界に帰らず、人間界の中で転生を繰り返すうちに、自分自身が女神であるということを忘れている エストロゲン家の人々は、ステファニーの恩恵を受け異能を覚醒したということを知らない ステファニーを追い出したことにより、次々に異能が消えていく…… 4/20ようやく誤字チェックが完了しました もしまだ、何かお気づきの点がありましたら、ご報告お待ち申し上げておりますm(_)m いったん終了します 思いがけずに長くなってしまいましたので、各単元ごとはショートショートなのですが(笑) 平民女性に転生して、下剋上をするという話も面白いかなぁと 気が向いたら書きますね

侯爵令嬢に転生したからには、何がなんでも生き抜きたいと思います!

珂里
ファンタジー
侯爵令嬢に生まれた私。 3歳のある日、湖で溺れて前世の記憶を思い出す。 高校に入学した翌日、川で溺れていた子供を助けようとして逆に私が溺れてしまった。 これからハッピーライフを満喫しようと思っていたのに!! 転生したからには、2度目の人生何がなんでも生き抜いて、楽しみたいと思います!!!

無一文で追放される悪女に転生したので特技を活かしてお金儲けを始めたら、聖女様と呼ばれるようになりました

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
スーパームーンの美しい夜。仕事帰り、トラックに撥ねらてしまった私。気づけば草の生えた地面の上に倒れていた。目の前に見える城に入れば、盛大なパーティーの真っ最中。目の前にある豪華な食事を口にしていると見知らぬ男性にいきなり名前を呼ばれて、次期王妃候補の資格を失ったことを聞かされた。理由も分からないまま、家に帰宅すると「お前のような恥さらしは今日限り、出ていけ」と追い出されてしまう。途方に暮れる私についてきてくれたのは、私の専属メイドと御者の青年。そこで私は2人を連れて新天地目指して旅立つことにした。無一文だけど大丈夫。私は前世の特技を活かしてお金を稼ぐことが出来るのだから―― ※ 他サイトでも投稿中

不倫されて離婚した社畜OLが幼女転生して聖女になりましたが、王国が揉めてて大事にしてもらえないので好きに生きます

天田れおぽん
ファンタジー
 ブラック企業に勤める社畜OL沙羅(サラ)は、結婚したものの不倫されて離婚した。スッキリした気分で明るい未来に期待を馳せるも、公園から飛び出てきた子どもを助けたことで、弱っていた心臓が止まってしまい死亡。同情した女神が、黒髪黒目中肉中背バツイチの沙羅を、銀髪碧眼3歳児の聖女として異世界へと転生させてくれた。  ところが王国内で聖女の処遇で揉めていて、転生先は草原だった。  サラは女神がくれた山盛りてんこ盛りのスキルを使い、異世界で知り合ったモフモフたちと暮らし始める―――― ※第16話 あつまれ聖獣の森 6 が抜けていましたので2025/07/30に追加しました。

【完結】離縁王妃アデリアは故郷で聖姫と崇められています ~冤罪で捨てられた王妃、地元に戻ったら領民に愛され「聖姫」と呼ばれていました~

猫燕
恋愛
「――そなたとの婚姻を破棄する。即刻、王宮を去れ」 王妃としての5年間、私はただ国を支えていただけだった。 王妃アデリアは、側妃ラウラの嘘と王の独断により、「毒を盛った」という冤罪で突然の離縁を言い渡された。「ただちに城を去れ」と宣告されたアデリアは静かに王宮を去り、生まれ故郷・ターヴァへと向かう。 しかし、領地の国境を越えた彼女を待っていたのは、驚くべき光景だった。 迎えに来たのは何百もの領民、兄、彼女の帰還に歓喜する侍女たち。 かつて王宮で軽んじられ続けたアデリアの政策は、故郷では“奇跡”として受け継がれ、領地を繁栄へ導いていたのだ。実際は薬学・医療・農政・内政の天才で、治癒魔法まで操る超有能王妃だった。 故郷の温かさに癒やされ、彼女の有能さが改めて証明されると、その評判は瞬く間に近隣諸国へ広がり── “冷徹の皇帝”と恐れられる隣国の若き皇帝・カリオンが現れる。 皇帝は彼女の才覚と優しさに心を奪われ、「私はあなたを守りたい」と静かに誓う。 冷徹と恐れられる彼が、なぜかターヴァ領に何度も通うようになり――「君の価値を、誰よりも私が知っている」「アデリア・ターヴァ。君の全てを、私のものにしたい」 一方その頃――アデリアを失った王国は急速に荒れ、疫病、飢饉、魔物被害が連鎖し、内政は崩壊。国王はようやく“失ったものの価値”を理解し始めるが、もう遅い。 追放された王妃は、故郷で神と崇められ、最強の溺愛皇帝に娶られる!「あなたが望むなら、帝国も全部君のものだ」――これは、誰からも理解されなかった“本物の聖女”が、 ようやく正当に愛され、報われる物語。 ※「小説家になろう」にも投稿しています

いつまでもドアマットと思うなよ

あんど もあ
ファンタジー
二年前に母を亡くしたミレーネは、後妻と妹が家にやって来てからすっかり使用人以下の扱いをされている。王宮で舞踏会が開催されるが、用意されたのは妹のドレスだけ。そんなミレーネに手を差し伸べる人が……。

処理中です...