色のない虹は透明な空を彩る〜空から降ってきた少年は、まだ『好き』を知らない〜

矢口愛留

文字の大きさ
28 / 154
第二章 青

第28話 「さっさと行きなさい」

しおりを挟む
【前書き】
一部不快な表現がございますことを、事前にお詫び申し上げます。
ご気分を害された方は、無理なさらず、ブラウザバックをお願い致します。
次話からでも話が繋がるように調整致します。

********

 私は、ラスに借りた風の力を使って、大きな瓦礫や木片をなんとか回収し終えた。

 元の位置まで戻ると、騎士たちにピシリと敬礼され、ビクッとしてしまった。
 彼らは網を手に、私が拾いきれなかった小さな瓦礫や細かいゴミを処理している。

 騎士たちに混ざろうかとも思ったが、人員は充分だし、もうほとんど作業は終わっているようだ。
 あとは騎士たちに任せておけば、問題なさそうである。

 しかし、瓦礫を取り除いただけでは川の濁りは改善されない。
 メーアとししまるは依然として厳しい表情である。

「付け焼き刃にしては上出来ね。よくやったわ、使用人」

 メーアは川から目を離さずに私にそう言い、自らは濁りの浄化作業を続けている。
 額には玉のような汗が浮かんでいて、大変な作業であることが見てとれた。

 そして、そんな大変な中でメーアが私を褒めたことに、私は密かに驚いていた。

「……ありがとうございます。メーア様、他にお手伝い出来ることはありますか?」

「ないわ。風魔法では、水の浄化は出来ない」

「そうですか……」

「……状況は、はっきり言ってかんばしくないわね。ししまる、大丈夫?」

「ぼく、疲れてきたよぉ」

 ししまるの足元の水球が、潰れてきている。
 まるで空気の抜けたゴムボールのようだ。

「……使用人。ひとつ、仕事を与えるわ」

「何でしょう?」

「……騎士たちと一緒に、皇城へ向かいなさい。今すぐに」

「え……?」

「資材の片付けをしろと言っているのよ。早くしなさい」

 ――何か引っかかる。
 何か、どこかがおかしい。
 私が考えている間に、メーアは騎士団長に指示を飛ばす。

「騎士団長! 全員急ぎ城へ帰還! 以降は城内で待機している『湖の神子みこ』の指示に従いなさい!」

「はっ! 皆、撤収だ! 急げ!」

 メーアが大きな声で指示をすると、最も立派な騎士服を着ている男性が返事をし、騎士たちが撤収作業を開始した。

 ――そうか。
 私は、違和感の正体に気が付いた。

「『湖の神子』の指示……? あの、メーア様は……?」

「私は浄化作業が落ち着いたら戻るわ。ここから先は『水の精霊の神子』と妖精たちにしか出来ない作業よ。大勢でぞろぞろ側にいられたら、邪魔よ」

 ――嘘だ。

 邪魔だから、じゃない。
 はっきり分かる。
 メーアは、私達を逃がそうとしているのだ。

「でも……メーア様は……」

「あら、この私の命令に逆らうっていうの? 邪魔だって言ってるの。さっさと行きなさい」

「メーア様……ちゃんと、戻ってきますよね?」

「私は『海の神子』よ。海に呑まれたところでどうってことないわ。いいから早くしなさい!」

「……わかりました。メーア様、どうかご無事で……!」

「はぁ、あんたに心配されるなんてね。ほら、さっさと行きなさいよ!」

「は、はい!」

 そうして私は騎士たちの元へ、きびすを返す。

 騎士たちは道具類の片付けは殆ど終えたものの、川に設置してあった一番大きい網の回収に手間取っているようだ。
 私は小走りで、荷物をまとめる手伝いに向かった。

 その時。

「……セオと、仲良くね」

 空耳だろうか。
 メーアが、小さい声でそう言ったような……そんな気がした。

 
 荷物をまとめ終え、騎士たちと一緒に撤収しようとしていると、突如、ししまるが悲痛な声を上げた。
 私はそちらに目をやる。
 どうやら、かなりマズい状況のようだ。

「ねぇ、メーアお姉ちゃん、なんか毒素が強くなってるよぉ」

「……違うわ、ししまる。私たちの浄化速度が落ちてきてるのよ」

「だんだん、溜まってきたねぇ」

「湖に向かった他の妖精たちは、まだ戻らないのかしら」

「体が痛くなってきたよぉ……」

「くぅ……! ししまる、もう少しだけ、頑張って……!」

 ししまるも、メーアも苦しそうだ。
 何も出来ない自分がもどかしい。

 騎士たちも心配そうに、或いは悔しそうにしながらも、海から離れて坂を登りはじめている。

「メーアお姉ちゃん、ぼく、もうダメだぁ……」

「ししまる!?」

 ししまるの足元の水球が、割れる。
 ししまるはそのまま川に入り、姿を消してしまった。

「くっ……私も、もうダメ! みんな、海から離れて……っ」

 濁った水が、あっという間にメーアの魔法を突破し、海へと流れ込んでいく。


 海は、不気味なほど静まり返る。
 時が止まったかのように、波が凪ぐ。


 一瞬ののち。


 うねる。
 のたうつ。
 海が、苦しんでいた。


 そして、海がじわじわと膨れ上がり――

 大きな大きな波となって、陸に向かって押し寄せてくる。


 皆、息を呑んだ。
 その表情は、一人残らず、絶望に染まっていた。




 ――その時。

 ゴゴゴゴゴゴ……

 地を這うような低い音と共に、大地が揺れ始める。

 ズガガガガッ!!

 けたたましい音と共に、地面から高い岩の壁が現れた。
 岩の壁は、次から次へと地面から生えてきて、私たちと海、そして川さえも遮る。

 あっという間に、見渡す限り全ての海岸に、隙間なくびっしりと岩が生えた。

 一拍遅れて、波が岩に激しく打ち付ける音が響き、柔らかな水飛沫が霧雨のように降り注いだ。

 皆、何が起こったのか分からず、呆然としている。
 腰を抜かして座り込んでいる者、手を組み祈りのポーズを作ったまま固まっている者、その場にただ立ち尽くしている者。


「……何が起こったの……?」

 メーアのその問いに、答える者はいない。

 ただ一人、のんびりした声の老人を除いて。

「ふー、間に合ったわい」

 大きな亀と一緒に少し離れた海岸に佇んでいたのは、縦にも横にも大きい、立派な顎髭あごひげの老人――フレッドであった。

「フ、フレッドさん……?」

「おぉパステル嬢ちゃん、きちんとラスの力を喚べたようじゃのう。虹の橋が見えたわい」

 いつも通り、ニカっと人の好い笑みを浮かべるフレッドに、私はようやく手足に血が通ったような心地がした。

 一方、メーアは未だに腰を抜かしている。
 感情の処理が追いついていないようで、いつもの余裕も高慢な態度も全くない。

「あの、この岩の壁はフレッドさんの魔法ですよね。助けて下さって、ありがとうございます」

「いやはや、間一髪じゃったのう。間に合って本当に良かったわい」

 メーアは、フレッドの方を向いて、亡霊を見たかのような表情を浮かべている。
 そうして、震える声でようやく言葉を絞り出した。

「そんな、まさか……あなたは、亡くなったと……」

「ん? おお、メーア嬢、久しいの」

「あ、あなたは……」


 メーアは一度言葉を切り、息を吸って、はっきりとその名を口にした。


「聖王、フレデリック様……!」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

勝手にサインしろと仰いましたので、廃嫡書類に国璽を押して差し上げました

鷹 綾
恋愛
「確認? 面倒だ。適当にサインして国璽を押しておけ」 そう言ったのは、王太子アレス。 そう言われたのは、公爵令嬢レイナ・アルヴェルト。 外交も財政も軍備も―― すべてを裏で処理してきたのは彼女だった。 けれど功績はすべて王太子のもの。 感謝も敬意も、ただの一度もない。 そして迎えた舞踏会の夜。 「便利だったが、飾りには向かん」 公開婚約破棄。 それならば、とレイナは微笑む。 「では業務も終了でよろしいですね?」 王太子が望んだ通り、 彼女は“確認”をやめた。 保証を外し、責任を返し、 そして最後に―― 「ご確認を」と差し出した書類に、 彼は何も読まずに署名した。 国は契約で成り立っている。 確認しない者に、王の資格はない。 働きたくない公爵令嬢と、 責任を理解しなかった王太子。 静かな契約ざまぁ劇、開幕。 ---

私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました

放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。 だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。 「彼女は可哀想なんだ」 「この子を跡取りにする」 そして人前で、平然と言い放つ。 ――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」 その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。 「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」

魔法使いとして頑張りますわ!

まるねこ
恋愛
母が亡くなってすぐに伯爵家へと来た愛人とその娘。 そこからは家族ごっこの毎日。 私が継ぐはずだった伯爵家。 花畑の住人の義妹が私の婚約者と仲良くなってしまったし、もういいよね? これからは母方の方で養女となり、魔法使いとなるよう頑張っていきますわ。 2025年に改編しました。 いつも通り、ふんわり設定です。 ブックマークに入れて頂けると私のテンションが成層圏を超えて月まで行ける気がします。m(._.)m Copyright©︎2020-まるねこ

転生悪役令嬢に仕立て上げられた幸運の女神様は家門から勘当されたので、自由に生きるため、もう、ほっといてください。今更戻ってこいは遅いです

青の雀
ファンタジー
公爵令嬢ステファニー・エストロゲンは、学園の卒業パーティで第2王子のマリオットから突然、婚約破棄を告げられる それも事実ではない男爵令嬢のリリアーヌ嬢を苛めたという冤罪を掛けられ、問答無用でマリオットから殴り飛ばされ意識を失ってしまう そのショックで、ステファニーは前世社畜OL だった記憶を思い出し、日本料理を提供するファミリーレストランを開業することを思いつく 公爵令嬢として、持ち出せる宝石をなぜか物心ついたときには、すでに貯めていて、それを原資として開業するつもりでいる この国では婚約破棄された令嬢は、キズモノとして扱われることから、なんとか自立しようと修道院回避のために幼いときから貯金していたみたいだった 足取り重く公爵邸に帰ったステファニーに待ち構えていたのが、父からの勘当宣告で…… エストロゲン家では、昔から異能をもって生まれてくるということを当然としている家柄で、異能を持たないステファニーは、前から肩身の狭い思いをしていた 修道院へ行くか、勘当を甘んじて受け入れるか、二者択一を迫られたステファニーは翌早朝にこっそり、家を出た ステファニー自身は忘れているが、実は女神の化身で何代前の過去に人間との恋でいさかいがあり、無念が残っていたので、神界に帰らず、人間界の中で転生を繰り返すうちに、自分自身が女神であるということを忘れている エストロゲン家の人々は、ステファニーの恩恵を受け異能を覚醒したということを知らない ステファニーを追い出したことにより、次々に異能が消えていく…… 4/20ようやく誤字チェックが完了しました もしまだ、何かお気づきの点がありましたら、ご報告お待ち申し上げておりますm(_)m いったん終了します 思いがけずに長くなってしまいましたので、各単元ごとはショートショートなのですが(笑) 平民女性に転生して、下剋上をするという話も面白いかなぁと 気が向いたら書きますね

「お前を愛することはない」と言われたお飾りの妻ですが、何か?

あんど もあ
ファンタジー
「お前を愛することはない!」「そんな事を言うために女性の寝室に押し入ったのですか? もう寝るつもりで化粧を落として髪をほどいて寝着に着替えてるのに! 最っ低!」 仕事大好き女が「お飾りの妻最高!」と恋愛感情無しで結婚したらこうなるよね、というお話。

【完結】勤労令嬢、街へ行く〜令嬢なのに下働きさせられていた私を養女にしてくれた侯爵様が溺愛してくれるので、国いちばんのレディを目指します〜

鈴木 桜
恋愛
貧乏男爵の妾の子である8歳のジリアンは、使用人ゼロの家で勤労の日々を送っていた。 誰よりも早く起きて畑を耕し、家族の食事を準備し、屋敷を隅々まで掃除し……。 幸いジリアンは【魔法】が使えたので、一人でも仕事をこなすことができていた。 ある夏の日、彼女の運命を大きく変える出来事が起こる。 一人の客人をもてなしたのだ。 その客人は戦争の英雄クリフォード・マクリーン侯爵の使いであり、ジリアンが【魔法の天才】であることに気づくのだった。 【魔法】が『武器』ではなく『生活』のために使われるようになる時代の転換期に、ジリアンは戦争の英雄の養女として迎えられることになる。 彼女は「働かせてください」と訴え続けた。そうしなければ、追い出されると思ったから。 そんな彼女に、周囲の大人たちは目一杯の愛情を注ぎ続けた。 そして、ジリアンは少しずつ子供らしさを取り戻していく。 やがてジリアンは17歳に成長し、新しく設立された王立魔法学院に入学することに。 ところが、マクリーン侯爵は渋い顔で、 「男子生徒と目を合わせるな。微笑みかけるな」と言うのだった。 学院には幼馴染の謎の少年アレンや、かつてジリアンをこき使っていた腹違いの姉もいて──。 ☆第2部完結しました☆

侯爵令嬢に転生したからには、何がなんでも生き抜きたいと思います!

珂里
ファンタジー
侯爵令嬢に生まれた私。 3歳のある日、湖で溺れて前世の記憶を思い出す。 高校に入学した翌日、川で溺れていた子供を助けようとして逆に私が溺れてしまった。 これからハッピーライフを満喫しようと思っていたのに!! 転生したからには、2度目の人生何がなんでも生き抜いて、楽しみたいと思います!!!

無一文で追放される悪女に転生したので特技を活かしてお金儲けを始めたら、聖女様と呼ばれるようになりました

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
スーパームーンの美しい夜。仕事帰り、トラックに撥ねらてしまった私。気づけば草の生えた地面の上に倒れていた。目の前に見える城に入れば、盛大なパーティーの真っ最中。目の前にある豪華な食事を口にしていると見知らぬ男性にいきなり名前を呼ばれて、次期王妃候補の資格を失ったことを聞かされた。理由も分からないまま、家に帰宅すると「お前のような恥さらしは今日限り、出ていけ」と追い出されてしまう。途方に暮れる私についてきてくれたのは、私の専属メイドと御者の青年。そこで私は2人を連れて新天地目指して旅立つことにした。無一文だけど大丈夫。私は前世の特技を活かしてお金を稼ぐことが出来るのだから―― ※ 他サイトでも投稿中

処理中です...