色のない虹は透明な空を彩る〜空から降ってきた少年は、まだ『好き』を知らない〜

矢口愛留

文字の大きさ
7 / 154
序章 白黒と透明

第7話 「さよなら、パステル」

しおりを挟む

 私は、見逃さなかった。
 セオが――笑った。
 間違いなく、笑ったのだ。

「セオ……」

「ん?」

 やっぱり、微妙に口角が上がっている気がする。

「いま……笑った……?」

「え?」

「笑ったよね? やっぱり、セオには、感情があるんだよ」

「僕……笑ったの?」

「うん」

 私は嬉しくなって、にこりと笑った。

 窓の外からだろうか、ふわりと甘い花の香りが届く。
 何の花だろう。うちの庭には咲いていない種類だ。

 なんとなく、ふわふわした気持ちでセオの顔を見つめていると。何故か、突然。
 セオの笑顔と言える程でも、微笑みと言える程でもない、柔らかい表情は、消えてしまった。

「……パステル、ごめん。僕、行かなきゃ」

「……え?」

 セオはいつもの無表情に戻ると、私の手をそっと離して立ち上がった。
 そのまま魔法の家に歩み寄って手をかざすと、わずかな光と共に、魔法の家はすぐさま手乗りサイズに戻る。

「セオ……どこかに出かけるの?」

 セオは小さくなった魔法の家を懐にしまいながら、振り返って頷いた。
 私を真っ直ぐに見るその瞳からは、何の思いも読み取れない。

「熱、下がるまで無理しないで。窓……寒かったら閉めてもいい」

「え……?」

 ――窓を閉めてもいい?
 そうしたら、セオはどうやって帰ってくるというのか。

「ねえ、セオ、帰ってくるよね……?」

 セオはその質問には答えず、窓枠に手を掛けた。
 窓を大きく開くと、セオは白い光に包まれて、ふわりと宙に浮かんだ。
 セオが私の前に降り立った時と同じ――世界は、白で包まれていた。

「さよなら、パステル」

「セオ……!? 待って……っ!」

 ――嫌だ。行かないで……。
 私が引き留めるのも虚しく。
 セオは、別れを告げると、あっけなく、空へと舞い上がって消えてしまったのだった。

「セオ……」

 残されたのは、普段と変わらないモノクロの世界。
 私の呟きは、灰色の空に溶けて、冷たい風に散らされてしまったのだった。






 その日は、結局、ほとんど一日中寝て過ごした。
 熱はほぼ下がっていたのだが、今日はなぜだか動く気が全然起きない。
 少し肌寒いが、部屋の窓は細く開けたまま、私は布団を肩まで掛けて丸くなる。


 こうしていても、頭に浮かんでくるのはセオのことばかり。


 どうして、セオは私の所に来たんだろう。
 どうして、突然どこかへ行ってしまったんだろう。
 どうして、帰ってくるって約束してくれなかったんだろう。


「また、帰ってきてくれるかなぁ」


 今日は休みにして良かった。
 この状態では、もう何も手につかないだろう。

 私は、どうしてこんなにセオのことが気になるのだろうと自問する。
 答えは、すぐに出た。

 今まで私には友達がいたことがない。
 けれど、セオはきっと、私にとって初めての友達だ。

 友達の心配をするのは、きっと普通のことだろう。
 友達の相談に乗ったりするのも、友達ともっと話したいと思うのも、きっと普通のこと。


「セオに、さよならって、言えなかった……」


 思い出すのは、真っ直ぐに私を見つめる目。
 頬に触れる、ひんやりとした指先。
 林檎を剥いて、口元に差し出してくれたこと。
 何かに悩んでいるような、何かを押し殺したような表情。
 最後に、ほんの少し上がった口角。

 ずっとセオのことばかり考えてしまって――なんだか、ぐるぐるする。

「……帰って、くるよね」

 私はそう独り言ちて、目を瞑る。
 窓から吹き込んでくる風は、無情なほど、冷たかった。


 その夜、セオは帰ってこなかった。






 それから三日ほど経ったある日。
 私は、執務の合間に庭を散歩していた。

 熱は、セオのいなくなった翌朝には完全に下がり、今まで通り執務をこなせるようになっていた。


 あれからセオは姿を見せていない。
 窓は閉めてもいいとセオは言っていたが、いつも結局細く開けたままにしている。


 ロイド子爵家は、相変わらず閉ざされている。
 門は固く閉ざされ、誰かが買い出しに行く時ぐらいしか開くことはない。
 何も、そう、何も変わらない。


 閉ざされた世界。
 私を嘲る者も憐れむ者もいないし、与えられた仕事もあるし、何不自由ない生活が出来る。
 安心で、平和で、変化のない世界だ。

 ……でも今は、一週間前には感じなかった物足りなさと、寂しさがある。
 心に穴が開いて、そこからすきま風が入ってくるみたいだ。


 たった三日間、それもほんの少ししか会っていない友人の顔を思い浮かべながら、私はベンチに腰掛けた。

 思い返すと、このベンチに座っている時に、セオが空から降ってきたのだ。
 突然のことだったが、不思議と怖くなくて、あっさりと受け入れられる自分がいた。
 私はふぅ、とひとつ息をついて目を閉じる。

 鳥の声、風そよぐ音、少し冷たい空気、金木犀の香り。
 耳の奥でセオの声が蘇る。
 パステル、と呼ぶ澄んだ声を思い出して、私は――自分の名が美しい響きを持っていたのだと、初めて気がついた。


 パステルという名は、私の本当の・・・両親が付けた名だと、聞いている。

 父と母は私が幼い頃に事故で亡くなってしまった。
 直接聞いた訳ではないので、本当のところは知らないが――おそらく、この不可思議な虹色の髪を見て、パステルという名を付けたのだろう。

 実父は前ロイド子爵で、現ロイド子爵の兄だった人だ。
 残念ながら、私は両親の顔を覚えていないので、思い入れも薄い。


 育ての父――すなわち義父は、残された私を不憫に思い、私を養子として迎えた。
 当時私は五歳だったが、義父と義母には二歳の男の子と、生まれたばかりの女の赤ちゃんがいた。

 義両親は私を暖かく迎えてくれたし、望むものを与えてくれた。
 だが私は本当の家族ではないという引け目というか、邪魔なのではないかという疎外感をずっと感じていたように思う。
 特に、義弟、義妹と一緒にいる時はそれが顕著だった。


 それでもまだ屋敷の中では平和だった。
 だが、私はとある時点から、外の世界に対して完全に心を閉ざしてしまった。
 それ以降は義弟や義妹とも関わりを持たなくなり、屋敷が静かになる社交シーズンが待ち遠しくなったのである。

 私が心を閉ざしてしまってからも話をする事ができたのは、義両親と、今マナーハウスに残っているトマスとエレナ、イザベラの五人だけ。

 トマスとエレナは、私の祖父が子爵だった頃から子爵家に仕えていて、義両親以上に私を可愛がってくれた。
 イザベラも、歳はひと回り離れているが、頼れる姉のように思っている。
 とはいえ、その五人とも、生活や仕事をする上で必要な最低限の会話しかしないのだが。


 そう考えると、セオとの会話は、久しぶりに心はずむものだった。
 セオに言えた立場ではない……私自身も、楽しいという感情を長らく忘れていた気がする。


「……セオ……」

 私は、初めて出来た友人の名をぼそりと呟く。
 セオは、どこにいるのだろうか。
 元気にしているだろうか。

「……会いたいな」


 私が一言、小さくこぼしたその時。


「ねえねえ、虹色のお姉さん。お友達に会いたい?」

「……へっ!?」

 突然聞こえた見知らぬ声に、私は目を開けた。
 目の前には、いつの間にか、私よりいくつか年下の子供が立っていたのだった。


~序章・終~
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

勝手にサインしろと仰いましたので、廃嫡書類に国璽を押して差し上げました

鷹 綾
恋愛
「確認? 面倒だ。適当にサインして国璽を押しておけ」 そう言ったのは、王太子アレス。 そう言われたのは、公爵令嬢レイナ・アルヴェルト。 外交も財政も軍備も―― すべてを裏で処理してきたのは彼女だった。 けれど功績はすべて王太子のもの。 感謝も敬意も、ただの一度もない。 そして迎えた舞踏会の夜。 「便利だったが、飾りには向かん」 公開婚約破棄。 それならば、とレイナは微笑む。 「では業務も終了でよろしいですね?」 王太子が望んだ通り、 彼女は“確認”をやめた。 保証を外し、責任を返し、 そして最後に―― 「ご確認を」と差し出した書類に、 彼は何も読まずに署名した。 国は契約で成り立っている。 確認しない者に、王の資格はない。 働きたくない公爵令嬢と、 責任を理解しなかった王太子。 静かな契約ざまぁ劇、開幕。 ---

私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました

放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。 だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。 「彼女は可哀想なんだ」 「この子を跡取りにする」 そして人前で、平然と言い放つ。 ――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」 その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。 「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」

魔法使いとして頑張りますわ!

まるねこ
恋愛
母が亡くなってすぐに伯爵家へと来た愛人とその娘。 そこからは家族ごっこの毎日。 私が継ぐはずだった伯爵家。 花畑の住人の義妹が私の婚約者と仲良くなってしまったし、もういいよね? これからは母方の方で養女となり、魔法使いとなるよう頑張っていきますわ。 2025年に改編しました。 いつも通り、ふんわり設定です。 ブックマークに入れて頂けると私のテンションが成層圏を超えて月まで行ける気がします。m(._.)m Copyright©︎2020-まるねこ

転生悪役令嬢に仕立て上げられた幸運の女神様は家門から勘当されたので、自由に生きるため、もう、ほっといてください。今更戻ってこいは遅いです

青の雀
ファンタジー
公爵令嬢ステファニー・エストロゲンは、学園の卒業パーティで第2王子のマリオットから突然、婚約破棄を告げられる それも事実ではない男爵令嬢のリリアーヌ嬢を苛めたという冤罪を掛けられ、問答無用でマリオットから殴り飛ばされ意識を失ってしまう そのショックで、ステファニーは前世社畜OL だった記憶を思い出し、日本料理を提供するファミリーレストランを開業することを思いつく 公爵令嬢として、持ち出せる宝石をなぜか物心ついたときには、すでに貯めていて、それを原資として開業するつもりでいる この国では婚約破棄された令嬢は、キズモノとして扱われることから、なんとか自立しようと修道院回避のために幼いときから貯金していたみたいだった 足取り重く公爵邸に帰ったステファニーに待ち構えていたのが、父からの勘当宣告で…… エストロゲン家では、昔から異能をもって生まれてくるということを当然としている家柄で、異能を持たないステファニーは、前から肩身の狭い思いをしていた 修道院へ行くか、勘当を甘んじて受け入れるか、二者択一を迫られたステファニーは翌早朝にこっそり、家を出た ステファニー自身は忘れているが、実は女神の化身で何代前の過去に人間との恋でいさかいがあり、無念が残っていたので、神界に帰らず、人間界の中で転生を繰り返すうちに、自分自身が女神であるということを忘れている エストロゲン家の人々は、ステファニーの恩恵を受け異能を覚醒したということを知らない ステファニーを追い出したことにより、次々に異能が消えていく…… 4/20ようやく誤字チェックが完了しました もしまだ、何かお気づきの点がありましたら、ご報告お待ち申し上げておりますm(_)m いったん終了します 思いがけずに長くなってしまいましたので、各単元ごとはショートショートなのですが(笑) 平民女性に転生して、下剋上をするという話も面白いかなぁと 気が向いたら書きますね

「お前を愛することはない」と言われたお飾りの妻ですが、何か?

あんど もあ
ファンタジー
「お前を愛することはない!」「そんな事を言うために女性の寝室に押し入ったのですか? もう寝るつもりで化粧を落として髪をほどいて寝着に着替えてるのに! 最っ低!」 仕事大好き女が「お飾りの妻最高!」と恋愛感情無しで結婚したらこうなるよね、というお話。

【完結】勤労令嬢、街へ行く〜令嬢なのに下働きさせられていた私を養女にしてくれた侯爵様が溺愛してくれるので、国いちばんのレディを目指します〜

鈴木 桜
恋愛
貧乏男爵の妾の子である8歳のジリアンは、使用人ゼロの家で勤労の日々を送っていた。 誰よりも早く起きて畑を耕し、家族の食事を準備し、屋敷を隅々まで掃除し……。 幸いジリアンは【魔法】が使えたので、一人でも仕事をこなすことができていた。 ある夏の日、彼女の運命を大きく変える出来事が起こる。 一人の客人をもてなしたのだ。 その客人は戦争の英雄クリフォード・マクリーン侯爵の使いであり、ジリアンが【魔法の天才】であることに気づくのだった。 【魔法】が『武器』ではなく『生活』のために使われるようになる時代の転換期に、ジリアンは戦争の英雄の養女として迎えられることになる。 彼女は「働かせてください」と訴え続けた。そうしなければ、追い出されると思ったから。 そんな彼女に、周囲の大人たちは目一杯の愛情を注ぎ続けた。 そして、ジリアンは少しずつ子供らしさを取り戻していく。 やがてジリアンは17歳に成長し、新しく設立された王立魔法学院に入学することに。 ところが、マクリーン侯爵は渋い顔で、 「男子生徒と目を合わせるな。微笑みかけるな」と言うのだった。 学院には幼馴染の謎の少年アレンや、かつてジリアンをこき使っていた腹違いの姉もいて──。 ☆第2部完結しました☆

侯爵令嬢に転生したからには、何がなんでも生き抜きたいと思います!

珂里
ファンタジー
侯爵令嬢に生まれた私。 3歳のある日、湖で溺れて前世の記憶を思い出す。 高校に入学した翌日、川で溺れていた子供を助けようとして逆に私が溺れてしまった。 これからハッピーライフを満喫しようと思っていたのに!! 転生したからには、2度目の人生何がなんでも生き抜いて、楽しみたいと思います!!!

無一文で追放される悪女に転生したので特技を活かしてお金儲けを始めたら、聖女様と呼ばれるようになりました

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
スーパームーンの美しい夜。仕事帰り、トラックに撥ねらてしまった私。気づけば草の生えた地面の上に倒れていた。目の前に見える城に入れば、盛大なパーティーの真っ最中。目の前にある豪華な食事を口にしていると見知らぬ男性にいきなり名前を呼ばれて、次期王妃候補の資格を失ったことを聞かされた。理由も分からないまま、家に帰宅すると「お前のような恥さらしは今日限り、出ていけ」と追い出されてしまう。途方に暮れる私についてきてくれたのは、私の専属メイドと御者の青年。そこで私は2人を連れて新天地目指して旅立つことにした。無一文だけど大丈夫。私は前世の特技を活かしてお金を稼ぐことが出来るのだから―― ※ 他サイトでも投稿中

処理中です...