上 下
22 / 50
ドワーフたちの大宴会🍺Gathering of Dwarves

第21話 祝い酒

しおりを挟む

 アデルと一緒に、天ぷらの準備を進めていく。
 私が衣を作っている間に、アデルには具材に打ち粉をしてもらう。

 卵をよく溶き、冷水を加えてしっかり混ぜる。
 ふるった小麦粉に卵液を加え、泡立て器で混ぜる。ダマが残る程度でいい。
 さらりとした仕上がりになったことを確認したら、衣を油に落として、温度を確認する。ちょうどいい温度になったところで、アデルが用意してくれた具材を衣にくぐらせ、次々と揚げていく。

 きつね色にカラッと揚がったら、網の上で油を落とし、ペーパーを敷いた皿に並べる。
 その間にドワーフたちも全員揃ったようだ。早々に持ち寄ったお酒を呑んでいる人、テーブルに並ぶ料理を選んでいる人、そして天ぷらが揚がっていくのを眺めている人もいる。

「どうぞ、皆さん、よかったらお取りしますよ。揚げたてのうちに召し上がって下さい。こちらがさつまいも、こっちは舞茸。それから――」

『ナスをもらおうかの』
『アタイは舞茸とたけのこを』
『オレはししとうだな』

 私は、天ぷらを揚げる手を止めて、皿上の天ぷらを配ろうと、菜箸を置く。
 だが、アデルが私を手で制し、代わりにドワーフたちに言われた品を取り分けていってくれる。
 隣のテーブルで、ドラコも冷製のおつまみをドワーフたちに取ってあげていた。

『いつもの塩茹で枝豆より、こっちの方が旨いな。ニンニクが効いて、酒がすすむぞ』
『揚げたての天ぷら、何だこれ。サックサクだぜ』
『ワシ、漬物好きなんじゃ。恵みの森の野菜で作ってるからかのう、外で買ってくる漬物より野菜の味が濃いのう』
『卵焼きも美味しいね。特にこの赤いやつ……紅生姜? アタイ、気に入ったよ』

 ドワーフたちの評価も上々だ。

 やがて天ぷらの列も途切れ、私とアデルも一休みする。冷菜を配っていたドラコの方も、もうすぐ落ち着きそうだ。

「アデル、手伝ってくれてありがとう。助かったわ」

「いや、俺が無理を言ったからな。こちらこそ、ありがとう」

「ねえ、アデル。このコンロ……」

 私は一度言葉を切る。
 この宴会のお代としてコンロを持ち帰っても良い、とブラックスミスは言ったが、その程度では到底釣り合わないはずだ。
 私は、アデルの帰りが遅かった日が何日かあったことを、思い出した。

「――本当に、嬉しい。ありがとう」

 言葉では伝えきれない想いを、感謝を、全部込めてアデルの瞳を覗き込む。
 愛しいひとは、料理のために後ろで一括りにした長い黒髪を揺らして、嬉しそうに頷いた。

「――二階と庭を何度も往復するのは、大変だからな。森に祝福をもらって、君がレストランを開くことを決めた後、すぐにドワーフに依頼したんだ」

「そんなに前から……」

「ただし」

 アデルはふっと妖しく笑う。
 美しい顔を耳元に近付け――ねだるように囁いた。

「……俺がいる時は、コンロ禁止な」

「――!」

 間近で囁かれるその言葉に、私の耳はとろけてしまいそうになる。
 顔に熱がのぼっていく。

「うん。アデルと一緒にお料理するの……好き」

 私は、ほんの少しアデルの方に顔を傾け、目を合わせて、囁き返す。甘い笑顔に、くらくらしそうだ。
 紅く澄んだ瞳に吸い込まれそうになって、目を閉じ――

「あーっ、みんな見ないであげるです! 見せ物じゃないです!」

 ドラコが声を上げた。
 私たちは、はっとして周りを見回す。
 ――ドワーフたちの視線が、一人残らず全て真っ直ぐこちらへと向いていた。

「いや、その、あの」

 私は慌ててブンブンと手を振るが、あたりはしーんと静まり返っている。
 アデルが、ひとつ咳払いをした。

「……遅くなったが、皆に紹介しよう。彼女は、俺の妻、レティだ。今後、世話になることもあるだろう。よろしく頼む」

 一瞬ののち。
 ブワッと、鍋が突然吹きこぼれるように、場が沸き立つ。

『うおおお、めでたい!』
『酒の追加じゃあ!』
『めでてえな、祝言はあげたのか? 何、まだだと!?』
『祝言をあげる時は呼べよ、一族総出で良い酒持ってってやる!』
『祝い酒じゃあー!!』

 そうして、私たちも宴席に混ざって、夜は更けていく。気さくなドワーフたちに囲まれて、私もアデルも惜しみなく祝福を受けた。
 ただし、ドワーフたちのお酒は、普通の人間には強すぎる。私とアデルは「後片付けがあるから」とお酒を辞退し、水を飲んで過ごした。

 ドラコはお酒をペロリと一口舐めてしまったようだ。早々に酔っ払って寝てしまった。
 アデルがドラコを柔らかい布の上に寝かせる。
 ドラコは寝言で、「アデル……レティ……ドラコは嬉しいでふぅ……」と呟いて、私たちは顔を見合わせて笑った。

 しばらくしてドラコが目を覚ましたところで、私たちはドワーフの住処を後にした。
 出口に向かう途中で通った工房で、アデルはまた少しだけ師匠マスターと話をする。
 マスターは、『悩んだが、新しいアイデア、買わせてもらう。試作品ができたら連絡する、ただし時間はかかるぞ』と言い、アデルはお礼を言って深く頭を下げたのだった。


 *


 ドワーフたちの宴会から、さらに時が経った。
 あの日、ドワーフからもらった魔鉱石式コンロは、車輪付きの台の上に載せられ、庭で、森で、活躍している。

 ドワーフ謹製のコンロはとても頑丈で、非常に重い代わりに、でこぼこ道を通っても壊れる気配は全くない。
 このコンロのおかげで、ドラコと一緒に荷台を引っ張って、森のあちこちで移動販売をすることが可能になった。

 少し遠い場所へ行く時は、巨鳥のエピが荷台を引っ張ってくれることもある。
 エピは巨体に見合った脚力で、重たい荷台をものともせず、おもちゃを与えられた子供みたいに楽しそうに引いてくれるのだ。


 焼きたてのパンの匂い、甘い蜜を煮詰める匂い。
 野菜を炒める香ばしい匂い、香辛料のスパイシーな匂い。

 毎回違う、美味しそうな匂いに誘われて、妖精たちが興味を持ってくれることも多くなってきた。

 甘い匂いの花蜜パンケーキがお気に入りの妖精。
 香ばしく炒った木の実がごろごろ入った、ふかふかの蒸しパンを買ってくれる妖精。
 胡椒を効かせたスパイシーな揚げ芋が好きな妖精。


 こうして森のあちこちを巡るついでに食材を調達することが出来るのも、移動販売の利点だ。
 採れたての野菜や果実を使って、その場でリクエストに沿った料理を出すことだってできる。

 移動販売が軌道に乗ってきたので、レストランの営業を三日に一度、移動販売も三日に一度、後の一日は仕込みや家のことをするための休日にした。
 ドラコが手伝ってくれることも多いが、私とドラコだけではこれがギリギリのスケジュールだ。
 それに、無理をしようとするとアデルに怒られる。当の本人も、最近は何やら忙しそうにしているのだが。

 レストランの方も、花の妖精を中心に、少しずつ他のお客様も増えてきた。
 相変わらず花の妖精は『最終調整ー』『リボンはこの辺ー?』『胸元の花飾りもう少し増やすー?』なんて相談しながら、細かな採寸をして帰る。
 アデルが居合わせた時に、彼も採寸されていたのだが、妖精たちは一体何を作っているのだろうか。



 さて、今日も営業開始だ。
 今日は移動販売の日。今いる場所は、森の中央。精霊の樹のそばである。

「ドラコ。今日も頑張ろうね」

「はい、ですー! たくさん売れるといいですね」

 ドラコの小さな手とグータッチすると、私はコンロを積んだ荷台の前に立つ。
 ドラコがコンロに火をつけると、花蜜を煮立てる甘い香りが漂い始めた。
 私は、息をたっぷり吸って、声を張り上げる。

「いらっしゃいませー!」



 こうして、私とドラコのレストラン兼移動販売は軌道に乗り始め、今は充実した毎日を過ごしている。
 アデルと、ドラコと、恵みの森の妖精たちと一緒に、これからずっとこの森で暮らしていくのだ。


 人間たちの住む街では色々なことがあった。時々、ふと思い出してしまう夜もある。

 けれど、過去の記憶が私を傷つけることは、もうない。それより大きな幸せが、私を包んでくれるから。

 愛しい旦那様と、大切な友達と、ずっと夢だったレストラン。

 ――ああ、幸せ。

 隣で、小さなドラゴンの親友が笑っている。
 家に帰れば、愛しいひとが頭を撫でて抱きしめてくれる。

 笑顔をこぼす私を慈しむように、純白の樹がさわさわと揺れた。

 ――本当に、本当に幸せ!

 美しい緑のカーテンをぬって、見えるのは抜けるような青い空。
 森の恵みと柔らかな木漏れ日の下、私は心の中で幸せを噛み締めた。


 【第一部・完】


 🍳🍳🍳

 【ドワーフたちの大宴会🍺】Completed!!

  ▷▶︎ Next 【雷雨のランチタイム⚡️】
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

拾った宰相閣下に溺愛されまして。~残念イケメンの執着が重すぎます!

枢 呂紅
恋愛
「わたしにだって、限界があるんですよ……」 そんな風に泣きながら、べろべろに酔いつぶれて行き倒れていたイケメンを拾ってしまったフィアナ。そのまま道端に放っておくのも忍びなくて、仏心をみせて拾ってやったのがすべての間違いの始まりだった――。 「天使で、女神で、マイスウィートハニーなフィアナさん。どうか私の愛を受け入れてください!」 「気持ち悪いし重いんで絶対嫌です」  外見だけは最強だが中身は残念なイケメン宰相と、そんな宰相に好かれてしまった庶民ムスメの、温度差しかない身分差×年の差溺愛ストーリー、ここに開幕! ※小説家になろう様にも掲載しています。

目が覚めたら異世界でした!~病弱だけど、心優しい人達に出会えました。なので現代の知識で恩返ししながら元気に頑張って生きていきます!〜

楠ノ木雫
恋愛
 病院に入院中だった私、奥村菖は知らず知らずに異世界へ続く穴に落っこちていたらしく、目が覚めたら知らない屋敷のベッドにいた。倒れていた菖を保護してくれたのはこの国の公爵家。彼女達からは、地球には帰れないと言われてしまった。  病気を患っている私はこのままでは死んでしまうのではないだろうかと悟ってしまったその時、いきなり目の前に〝妖精〟が現れた。その妖精達が持っていたものは幻の薬草と呼ばれるもので、自分の病気が治る事が発覚。治療を始めてどんどん元気になった。  元気になり、この国の公爵家にも歓迎されて。だから、恩返しの為に現代の知識をフル活用して頑張って元気に生きたいと思います!  でも、あれ? この世界には私の知る食材はないはずなのに、どうして食事にこの四角くて白い〝コレ〟が出てきたの……!?  ※他の投稿サイトにも掲載しています。

異世界で王城生活~陛下の隣で~

恋愛
女子大生の友梨香はキャンピングカーで一人旅の途中にトラックと衝突して、谷底へ転落し死亡した。けれど、気が付けば異世界に車ごと飛ばされ王城に落ちていた。神様の計らいでキャンピングカーの内部は電気も食料も永久に賄えるられる事になった。  グランティア王国の人達は異世界人の友梨香を客人として迎え入れてくれて。なぜか保護者となった国陛下シリウスはやたらと構ってくる。一度死んだ命だもん、これからは楽しく生きさせて頂きます! ※キャンピングカー、魔石効果などなどご都合主義です。 ※のんびり更新。他サイトにも投稿しております。

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

【完結】愛を知らない伯爵令嬢は執着激重王太子の愛を一身に受ける。

扇 レンナ
恋愛
スパダリ系執着王太子×愛を知らない純情令嬢――婚約破棄から始まる、極上の恋 伯爵令嬢テレジアは小さな頃から両親に《次期公爵閣下の婚約者》という価値しか見出してもらえなかった。 それでもその利用価値に縋っていたテレジアだが、努力も虚しく婚約破棄を突きつけられる。 途方に暮れるテレジアを助けたのは、留学中だったはずの王太子ラインヴァルト。彼は何故かテレジアに「好きだ」と告げて、熱烈に愛してくれる。 その真意が、テレジアにはわからなくて……。 *hotランキング 最高68位ありがとうございます♡ ▼掲載先→ベリーズカフェ、エブリスタ、アルファポリス

聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる

夕立悠理
恋愛
 ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。  しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。  しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。 ※小説家になろう様にも投稿しています ※感想をいただけると、とても嬉しいです ※著作権は放棄してません

捨てられた聖女のはずが、精霊の森で隣国の王子に求婚されちゃいました。

羽村美海
恋愛
【お付き合い頂いた皆様のお陰で完結することができました。完結までお付き合い頂きましてありがとうございます🙇💕修正完了しましたが内容等変更ありません。】 キャンプに行って夜空に広がる満天の星空を眺めながら片想い中の先輩に告白されると思っていたら異世界に召喚された挙げ句に。 「そこの娘。『聖女』として『召喚』しておいて悪いが、もうよい。『追放』だ。どこへでも自由に行くがよい」 ーーえ!? いきなり異世界に召喚されて追放って、私、どうなっちゃうの? 元の世界に返してくれないの? 「元の世界に戻してください。どこへでも自由にって言われても困りますッ!」 とある事情から、美麗な王太子に冷たい言葉を浴びせられ、お城から追い出されてしまった希の行き着いた先は精霊の森だった。 ✧麻生希《あそうのぞみ》19歳 大学デビューしたばかりの女子大生 ✧クリストファー・パストゥール 21歳 サファイアブルーの綺麗な瞳が印象的な見目麗しい隣国の訳あり王子 精霊の森でのまさかの出会いから二人の運命が大きく動き出すーー *:゚+。.☆.+*✩⡱:゚*:゚+。.☆.+*✩⡱:゚ ※恋愛小説大賞に応募中です。 ※ざまぁ、他視点あり ※R描写には『✱』を表記していますが設定上前半は控え目になります。 ※タイトルや概要含め随時改稿や修正をしております。 ⚠「Reproduction is prohibited.(転載禁止)」 ✧22.2.21 完結✧ ✧22.1.11 連載開始✧

婚約破棄された地味姫令嬢は獣人騎士団のブラッシング係に任命される

安眠にどね
恋愛
 社交界で『地味姫』と嘲笑されている主人公、オルテシア・ケルンベルマは、ある日婚約破棄をされたことによって前世の記憶を取り戻す。  婚約破棄をされた直後、王城内で一匹の虎に出会う。婚約破棄と前世の記憶と取り戻すという二つのショックで呆然としていたオルテシアは、虎の求めるままブラッシングをしていた。その虎は、実は獣人が獣の姿になった状態だったのだ。虎の獣人であるアルディ・ザルミールに気に入られて、オルテシアは獣人が多く所属する第二騎士団のブラッシング係として働くことになり――!? 【第16回恋愛小説大賞 奨励賞受賞。ありがとうございました!】  

処理中です...