12 / 50
恵みの森の野菜🧅Vegetables of the Blessed Forest
第11話 白き月明かりの下で
しおりを挟む「……ふっ」
私とドラコが爆笑しているのを見て、アデルは口角を上げ、小さく吹き出した。
「あっ! アデル、今、笑ったです!」
「本当だ! アデルさん、笑うと可愛い」
「か、可愛い? 俺が?」
「にししっ、アデル、可愛いですー! ひー、ひー、にしししし」
「ドラコは笑いすぎだろう……」
ドラコはよっぽど楽しいのか、空中に浮かんでお腹を抱え、足をバタつかせていた。その目は笑いすぎて潤んでいる。
「ふふ、アデルさんの笑顔、想像してたよりずっと素敵。好きかも」
柔らかく弧を描く口元。少し下がった目尻。白い肌に、ほんのりと差す朱。
氷で作ったアデルの笑顔と違って、そこには確かな温度がある。
「すっ……」
アデルは、息を呑んで固まってしまった。
じわじわと、頬に差す朱が色味を増していく。
――あれ? 何か変なことを言っただろうか?
「す、好き?」
「うん、アデルさんの笑顔、好きですよ」
「そ……そうか」
彼はそれきり、真っ赤になって黙ってしまった。
アデルのコロコロ変わる表情と、ドラコの嬉しそうな態度を見て、私はあたたかい気持ちになる。
助けてもらったご恩が、これで少しは返せただろうか。
私は改めて二人にお礼を言おうと、姿勢を正した。
「こうやってみんなで食卓を囲んで、笑いあって……久しぶりに、とっても楽しい時間でした。全部お二人のおかげです。――アデルさん、ドラコ、本当にありがとうございます」
「レティ……。礼を言うのはこちらだ。君と出会えて良かった――ありがとう」
「ドラコも、レティと会えて良かったのです。レティのおかげで、アデルが笑うところを見れたのです」
「アデルさん……ドラコ……」
私は、二人のあたたかい言葉に感極まって、涙が出そうになる。
「レティ……君に聞きたいこと、いや、頼みたいことがある。食事の後、少し時間を貰えるか?」
「ええ、もちろん」
食事はその後も和やかに進み、フルーツを冷やす用に出した氷をドラコが食べてキーンとしたりして、また笑った。
後片付けをドラコに頼むと、どこからか小さい毛玉のような妖精たちをたくさん連れてきて、食器洗いを手伝わせていた。
ちっちゃな手をにょきっと出し、数匹がかりで一つの食器をゴシゴシしている毛玉たちは、ムクロジの樹に住むアワダマという妖精らしい。
私とアデルはダイニングを後にし、廊下を進んで玄関から外に出た。
アデルに支えられながら、玄関扉のすぐ横にあるベンチに腰を下ろす。
疑っていたわけではないが、聞いていた通り、この家はやはり森の中にあるようだ。四方を背の高い樹々に囲まれている。夜の森は、真っ暗でよく見えない。
家の周りは少しだけ開けており、白い月明かりが、隣に座るアデルの横顔を清かに照らしていた。
二人きりの、静かな時間が過ぎていく。
アデルも、私も、何も話さない。
けれど、不思議と居心地は悪くなかった。
「……レティ。君は、俺が怖くはないのか?」
どこか中空を見つめたまま、ふいに、アデルが呟く。
その紅い瞳は、どこか不安げに揺れていて――胸がうずくような、不思議な感覚が湧いてくる。
「――アデルさんは、噂で聞いていたよりずっと優しくて繊細な人です。あなたは、どこの誰ともわからない私の命を、救ってくれた。何も聞かずに私をここに置いてくれて、気遣ってくれた。怖いはずがありません」
「……そうか」
「アデルさん……あなたに出会えて、良かった。母が亡くなってから、初めて心安らぐ時を過ごせました」
「レティ」
アデルは、徐に立ち上がると、私の正面に立つ。
そして――真剣な表情でゆっくりと膝を折り、跪いた。
「な、何を……?」
「レティ――君さえ良ければ、これからずっと、この森で暮らさないか?」
「――――え?」
「会ったばかりだというのに突然こんなことを言って、君は驚き戸惑うだろう。だが、俺は本気だ。君に、ここにいてもらいたい。そばにいてもらいたいんだ。どうか……俺と共に過ごす未来を、考えてみてくれないか」
「…………!」
まるで、プロポーズのように。
白い月明かりに照らされた美しいひとは、私の手を取る。
物語の騎士様のように跪き、真っ直ぐに私を見つめている、煌めく紅。
目と目が合った瞬間――ずっとざわめいていた私の心は、驚くほど静かになった。
私の居場所は、ここにあったんだ。
一人で森を出て、不安を抱えながら知らない土地で過ごさなくても、いいんだ。
レストランを開く夢は――それは、もう、仕方がない。
それよりも、今は、目の前で真っ直ぐに私を見つめるこのひとに、美味しいご飯を作ってあげたい。ずっと、笑顔でいてもらいたい。
――それは命の恩人だから? いや、それだけではない。
そう、世界でたった一人だけ、彼だけが、私の存在価値を認めてくれている――ここにいてもいいと、ここにいて欲しいんだと、そう言ってくれるから。
出会ってからの期間は短いけれど、彼が嘘をつけない人間だというのも、分かっている。
もし仮にいつわりだとしても、森の外に私の生きる場所はない。これは理にかなった選択でもあるんだ。
でも、そんな理屈がなくても、私の心はとっくに――そう、彼が私の頭を優しく撫でてくれたあの時から、アデルのもとにある。
「アデルさん。私……あなたと、過ごしたい。あなたに命を救われた時から――私の未来は全部あなたのものです」
「レティ……!」
アデルの顔が、ぱあっと華やぐ。
幸せそうに微笑む彼の顔を見て、私の口元も綻んだ。
ざわめいていた心が、不安が、白い夜に溶けていく。
「ありがとう、ありがとう……!」
アデルは、私の手をきゅっと握り、頭を下げる。
そして、何度も、何度も、私にありがとうを繰り返したのだった。
🍳🍳🍳
【恵みの森の野菜🧅】Completed!!
▷▶︎▷ Next 【妖精たちのティーパーティー☕️】
0
お気に入りに追加
108
あなたにおすすめの小説
拾った宰相閣下に溺愛されまして。~残念イケメンの執着が重すぎます!
枢 呂紅
恋愛
「わたしにだって、限界があるんですよ……」
そんな風に泣きながら、べろべろに酔いつぶれて行き倒れていたイケメンを拾ってしまったフィアナ。そのまま道端に放っておくのも忍びなくて、仏心をみせて拾ってやったのがすべての間違いの始まりだった――。
「天使で、女神で、マイスウィートハニーなフィアナさん。どうか私の愛を受け入れてください!」
「気持ち悪いし重いんで絶対嫌です」
外見だけは最強だが中身は残念なイケメン宰相と、そんな宰相に好かれてしまった庶民ムスメの、温度差しかない身分差×年の差溺愛ストーリー、ここに開幕!
※小説家になろう様にも掲載しています。
目が覚めたら異世界でした!~病弱だけど、心優しい人達に出会えました。なので現代の知識で恩返ししながら元気に頑張って生きていきます!〜
楠ノ木雫
恋愛
病院に入院中だった私、奥村菖は知らず知らずに異世界へ続く穴に落っこちていたらしく、目が覚めたら知らない屋敷のベッドにいた。倒れていた菖を保護してくれたのはこの国の公爵家。彼女達からは、地球には帰れないと言われてしまった。
病気を患っている私はこのままでは死んでしまうのではないだろうかと悟ってしまったその時、いきなり目の前に〝妖精〟が現れた。その妖精達が持っていたものは幻の薬草と呼ばれるもので、自分の病気が治る事が発覚。治療を始めてどんどん元気になった。
元気になり、この国の公爵家にも歓迎されて。だから、恩返しの為に現代の知識をフル活用して頑張って元気に生きたいと思います!
でも、あれ? この世界には私の知る食材はないはずなのに、どうして食事にこの四角くて白い〝コレ〟が出てきたの……!?
※他の投稿サイトにも掲載しています。
異世界で王城生活~陛下の隣で~
遥
恋愛
女子大生の友梨香はキャンピングカーで一人旅の途中にトラックと衝突して、谷底へ転落し死亡した。けれど、気が付けば異世界に車ごと飛ばされ王城に落ちていた。神様の計らいでキャンピングカーの内部は電気も食料も永久に賄えるられる事になった。
グランティア王国の人達は異世界人の友梨香を客人として迎え入れてくれて。なぜか保護者となった国陛下シリウスはやたらと構ってくる。一度死んだ命だもん、これからは楽しく生きさせて頂きます!
※キャンピングカー、魔石効果などなどご都合主義です。
※のんびり更新。他サイトにも投稿しております。
旦那様は大変忙しいお方なのです
あねもね
恋愛
レオナルド・サルヴェール侯爵と政略結婚することになった私、リゼット・クレージュ。
しかし、その当人が結婚式に現れません。
侍従長が言うことには「旦那様は大変忙しいお方なのです」
呆気にとられたものの、こらえつつ、いざ侯爵家で生活することになっても、お目にかかれない。
相変わらず侍従長のお言葉は「旦那様は大変忙しいお方なのです」のみ。
我慢の限界が――来ました。
そちらがその気ならこちらにも考えがあります。
さあ。腕が鳴りますよ!
※視点がころころ変わります。
※※2021年10月1日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。
【完結】愛を知らない伯爵令嬢は執着激重王太子の愛を一身に受ける。
扇 レンナ
恋愛
スパダリ系執着王太子×愛を知らない純情令嬢――婚約破棄から始まる、極上の恋
伯爵令嬢テレジアは小さな頃から両親に《次期公爵閣下の婚約者》という価値しか見出してもらえなかった。
それでもその利用価値に縋っていたテレジアだが、努力も虚しく婚約破棄を突きつけられる。
途方に暮れるテレジアを助けたのは、留学中だったはずの王太子ラインヴァルト。彼は何故かテレジアに「好きだ」と告げて、熱烈に愛してくれる。
その真意が、テレジアにはわからなくて……。
*hotランキング 最高68位ありがとうございます♡
▼掲載先→ベリーズカフェ、エブリスタ、アルファポリス
聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる
夕立悠理
恋愛
ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。
しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。
しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。
※小説家になろう様にも投稿しています
※感想をいただけると、とても嬉しいです
※著作権は放棄してません
捨てられた聖女のはずが、精霊の森で隣国の王子に求婚されちゃいました。
羽村美海
恋愛
【お付き合い頂いた皆様のお陰で完結することができました。完結までお付き合い頂きましてありがとうございます🙇💕修正完了しましたが内容等変更ありません。】
キャンプに行って夜空に広がる満天の星空を眺めながら片想い中の先輩に告白されると思っていたら異世界に召喚された挙げ句に。
「そこの娘。『聖女』として『召喚』しておいて悪いが、もうよい。『追放』だ。どこへでも自由に行くがよい」
ーーえ!? いきなり異世界に召喚されて追放って、私、どうなっちゃうの? 元の世界に返してくれないの?
「元の世界に戻してください。どこへでも自由にって言われても困りますッ!」
とある事情から、美麗な王太子に冷たい言葉を浴びせられ、お城から追い出されてしまった希の行き着いた先は精霊の森だった。
✧麻生希《あそうのぞみ》19歳
大学デビューしたばかりの女子大生
✧クリストファー・パストゥール 21歳
サファイアブルーの綺麗な瞳が印象的な見目麗しい隣国の訳あり王子
精霊の森でのまさかの出会いから二人の運命が大きく動き出すーー
*:゚+。.☆.+*✩⡱:゚*:゚+。.☆.+*✩⡱:゚
※恋愛小説大賞に応募中です。
※ざまぁ、他視点あり
※R描写には『✱』を表記していますが設定上前半は控え目になります。
※タイトルや概要含め随時改稿や修正をしております。
⚠「Reproduction is prohibited.(転載禁止)」
✧22.2.21 完結✧
✧22.1.11 連載開始✧
婚約破棄された地味姫令嬢は獣人騎士団のブラッシング係に任命される
安眠にどね
恋愛
社交界で『地味姫』と嘲笑されている主人公、オルテシア・ケルンベルマは、ある日婚約破棄をされたことによって前世の記憶を取り戻す。
婚約破棄をされた直後、王城内で一匹の虎に出会う。婚約破棄と前世の記憶と取り戻すという二つのショックで呆然としていたオルテシアは、虎の求めるままブラッシングをしていた。その虎は、実は獣人が獣の姿になった状態だったのだ。虎の獣人であるアルディ・ザルミールに気に入られて、オルテシアは獣人が多く所属する第二騎士団のブラッシング係として働くことになり――!?
【第16回恋愛小説大賞 奨励賞受賞。ありがとうございました!】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる