転生令嬢の涙 〜泣き虫な悪役令嬢は強気なヒロインと張り合えないので代わりに王子様が罠を仕掛けます〜

矢口愛留

文字の大きさ
上 下
46 / 48

番外編 アレクの文通・前編

しおりを挟む
 本編が始まる三年前(アレク14歳、モニカ13歳)のお話です。
 アレクとモニカはまだお付き合いしていないので、アレクを敬称付きで呼んでいるなど、本編時点よりちょっとだけ距離があります。

 アレク視点です。

――*――
「もうっ! アレク様なんて、大っ嫌い!!」

 モニカ様は、可愛いお顔をリンゴのように真っ赤にして、眉をキュッと吊り上げ、そう言い放った。

「モ、モニカ様? 俺――」

「もう知らないっ!!」

 俺が引き留める間もなく、モニカ様は自室に閉じこもってしまったのだった。

______


 事の発端は、ブラウン公爵邸の庭に設けられた、お茶の席だ。
 茶会というほど大袈裟なものではなく、ラインハルト殿下とエミリア様、モニカ様の三人が席に着き、あとは護衛の俺と給仕のメイドが二人控えているだけ。

 殿下とエミリア様は、御二方とも奥手だ。
 はたから見ていると、どこからどう見ても互いのことが大好きで仕方ないのに、本人を目の前にすると、ガッチガチに王侯貴族の仮面を被って、恋心を必死に隠している。

 分かりやすいのは、どちらかが別の誰かと話したり、何かに気を取られたりして、自分以外の人や物に意識が向いている時だ。
 視線がぶつからないのをいいことに、ずーっと相手を目で追っている。
 しかし、自分に相手の意識が戻ってくると、即座に視線をずらし、スマートで優雅な所作に戻るのだ。
 見ているこちらは面白いぐらいだったが、いつかすれ違う時が来たら、大ごとになってしまいそうで怖い。

 そういう訳で現在、二人とも好き合っているはずなのに自分の恋心を隠していて、しかも相手にだけ気付かれていないという、ものすごく複雑な状況なのだ。
 そのため、二人きりでいるより、誰かが間に入っている方が気楽らしい。
 間に挟まれているモニカ様は少し気の毒だが、モニカ様ご本人は大して気にしていなさそうだ。
 ただ、時折殿下の後ろに立つ俺に視線を寄越してくるから、やはり気まずく思う瞬間もあるのかもしれない。


 その日も、モニカ様は時折俺に視線を投げてきていた。
 俺はいつものように、少しだけ微笑んで、頷く。
 モニカ様はその都度、俺にだけ分かるように、にこりと笑い返してくれる。
 その笑顔が可愛らしくて、俺はいつも密かに癒されているのだ。

 いつもはその後すぐに視線を逸らして三人での会話に戻るのだが、その日はいつもと違っていた。
 普段通り、俺とモニカ様が密かに微笑みを交わしていることに、エミリア様が気付いたのだ。

「……?」

 エミリア様は、不思議そうに俺とモニカ様を交互に見ている。

「……!」

 かと思うと、急に何かに気付いたようにハッと口元に手を当てた。
 そして、エミリア様の視線に気付いた殿下も、俺たちの顔を交互に見始めたのだった。

「あ、あの、何か……?」

 主に殿下の視線に耐えきれなくなった俺は、思わずそんな質問を口にしてしまった。

「……いや、何でもない」

 殿下の銀色の瞳が、妖しげに光る。
 これは何か良からぬことを閃いた時の視線だ。
 そう思って密かに身構えていると、俺の予想は的中した。

「ところでエミリア。良かったら、庭を散策したいのだが、案内して貰えないだろうか?」

「ええ、勿論ですわ。今はちょうど薔薇が咲き始めたところですの。お城の中庭には到底及びませんが、殿下にご覧いただければ庭師も喜ぶかと存じますわ」

「ああ、ありがとう」

 殿下がエミリア様に提案すると、エミリア様もすぐに殿下の魂胆を理解したようだった。
 自分たちのことは棚に上げて、他人のことになると鋭い……困った二人だ。

「アレク、モニカ嬢。私はエミリアと、庭を散策してくる。折角だからアレクも座って、モニカ嬢と二人で歓談してはどうだ」

「……いえ、あくまでも俺は殿下の護衛ですから……」

「アレク、散策と言っても公爵邸の敷地内だ。何も起こらないさ」

「いえ、しかし」

「命令だ。モニカ嬢とここでお茶して待ってろ」

「はぁ……そこまでおっしゃるなら。承知いたしました」

「では行こうか、エミリア」

「ええ、殿下」

 殿下は立ち上がるとエミリア様に手を差し出し、スマートにエスコートして、庭園の奥へと歩き去って行った。
 去り際にエミリア様がモニカ様に向かってウインクしているのが見えたのだった。

「あの、アレク様……どうぞ、お座りになって」

「し、しかし」

「あら、殿下とお姉様がお戻りになるまでずっとそこに立っていらっしゃるおつもりですか? 話しにくくて仕方ないわ」

 モニカ様は困ったように頬に片手を当て、首をこてんと傾げた。
 少し恥ずかしいのか、耳が赤くなっている。
 それでも勇気を出して誘ってくれているのだから、俺が断る道理はなかった。

「……では、お言葉に甘えて……失礼します」

 俺は恐る恐る、モニカ様の向かいの椅子を引く。
 モニカ様は、ホッとしたように微笑んだ。

「ありがとう、アレク様」

「い、いえ」

「アレク様は、コーヒーと紅茶どちらにしますか? すぐに用意させますので」

「では、紅茶を……」

「紅茶ですのね。では私も同じものを」

 モニカ様がそう口にすると、側に控えていたメイドが頭を下げて、邸内に下がって行った。
 ものの数分で新しい紅茶と茶菓子がサーブされる。

「アレク様は、どんなお菓子がお好きですか?」

「お菓子ですか? そうですね、ムースやプリンのような食感の菓子は苦手ですが、ビスケットやクッキーのような焼き菓子は好きですよ」

「まあ! でしたらぜひこのクッキー、召し上がってみて下さい」

「いただきます」

 モニカ様は俺がクッキーを口元に運ぶのを、固唾を呑んで見守っている。
 俺は無駄に緊張しながら、クッキーを頬張った。
 絞り金を使って一口サイズに作られたクッキーで、口元を汚さず食べられる。
 さっくりとした食感で、バターの香りも豊かなクッキーは、どこか素朴な味がした。

「……美味しいですね」

「良かったわ! 実はこのクッキー、私が焼いたんですよ」

「モニカ様が?」

「ええ! アレク様に召し上がっていただきたくて、公爵家の料理人に教わりながら作ったのです」

「俺に、ですか?」

 モニカ様は、頬を染めて恥ずかしそうに頷いている。

「今日、一緒にお茶が出来て良かった。本当は、帰り際にこっそりお渡ししようと思って、用意していたのです」

「……嬉しいです。もう一ついただいても?」

「ええ! どんどん召し上がって!」

 嬉しそうに微笑むモニカ様を見ていると、俺も自然と笑顔になっていた。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

リリィ=ブランシュはスローライフを満喫したい!~追放された悪役令嬢ですが、なぜか皇太子の胃袋をつかんでしまったようです~

汐埼ゆたか
恋愛
伯爵令嬢に転生したリリィ=ブランシュは第四王子の許嫁だったが、悪女の汚名を着せられて辺境へ追放された。 ――というのは表向きの話。 婚約破棄大成功! 追放万歳!!  辺境の地で、前世からの夢だったスローライフに胸躍らせるリリィに、新たな出会いが待っていた。 ▹◃┄▸◂┄▹◃┄▸◂┄▹◃┄▸◂┄▹◃ リリィ=ブランシュ・ル・ベルナール(19) 第四王子の元許嫁で転生者。 悪女のうわさを流されて、王都から去る   × アル(24) 街でリリィを助けてくれたなぞの剣士 三食おやつ付きで臨時護衛を引き受ける ▹◃┄▸◂┄▹◃┄▸◂┄▹◃┄▸◂┄▹◃ 「さすが稀代の悪女様だな」 「手玉に取ってもらおうか」 「お手並み拝見だな」 「あのうわさが本物だとしたら、アルはどうしますか?」 ********** ※他サイトからの転載。 ※表紙はイラストAC様からお借りした画像を加工しております。

【コミカライズ決定】地味令嬢は冤罪で処刑されて逆行転生したので、華麗な悪女を目指します!~目隠れ美形の天才王子に溺愛されまして~

胡蝶乃夢
恋愛
婚約者である王太子の望む通り『理想の淑女』として尽くしてきたにも関わらず、婚約破棄された挙句に冤罪で処刑されてしまった公爵令嬢ガーネット。 時間が遡り目覚めたガーネットは、二度と自分を犠牲にして尽くしたりしないと怒り、今度は自分勝手に生きる『華麗な悪女』になると決意する。 王太子の弟であるルベリウス王子にガーネットは留学をやめて傍にいて欲しいと願う。 処刑された時、留学中でいなかった彼がガーネットの傍にいることで運命は大きく変わっていく。 これは、不憫な地味令嬢が華麗な悪女へと変貌して周囲を魅了し、幼馴染の天才王子にも溺愛され、ざまぁして幸せになる物語です。

恋愛戦線からあぶれた公爵令嬢ですので、私は官僚になります~就業内容は無茶振り皇子の我儘に付き合うことでしょうか?~

めもぐあい
恋愛
 公爵令嬢として皆に慕われ、平穏な学生生活を送っていたモニカ。ところが最終学年になってすぐ、親友と思っていた伯爵令嬢に裏切られ、いつの間にか悪役公爵令嬢にされ苛めに遭うようになる。  そのせいで、貴族社会で慣例となっている『女性が学園を卒業するのに合わせて男性が婚約の申し入れをする』からもあぶれてしまった。  家にも迷惑を掛けずに一人で生きていくためトップであり続けた成績を活かし官僚となって働き始めたが、仕事内容は第二皇子の無茶振りに付き合う事。社会人になりたてのモニカは日々奮闘するが――

【完結】その溺愛は聞いてない! ~やり直しの二度目の人生は悪役令嬢なんてごめんです~

Rohdea
恋愛
私が最期に聞いた言葉、それは……「お前のような奴はまさに悪役令嬢だ!」でした。 第1王子、スチュアート殿下の婚約者として過ごしていた、 公爵令嬢のリーツェはある日、スチュアートから突然婚約破棄を告げられる。 その傍らには、最近スチュアートとの距離を縮めて彼と噂になっていた平民、ミリアンヌの姿が…… そして身に覚えのあるような無いような罪で投獄されたリーツェに待っていたのは、まさかの処刑処分で── そうして死んだはずのリーツェが目を覚ますと1年前に時が戻っていた! 理由は分からないけれど、やり直せるというのなら…… 同じ道を歩まず“悪役令嬢”と呼ばれる存在にならなければいい! そう決意し、過去の記憶を頼りに以前とは違う行動を取ろうとするリーツェ。 だけど、何故か過去と違う行動をする人が他にもいて─── あれ? 知らないわよ、こんなの……聞いてない!

【完結】魔女令嬢はただ静かに生きていたいだけ

こな
恋愛
 公爵家の令嬢として傲慢に育った十歳の少女、エマ・ルソーネは、ちょっとした事故により前世の記憶を思い出し、今世が乙女ゲームの世界であることに気付く。しかも自分は、魔女の血を引く最低最悪の悪役令嬢だった。  待っているのはオールデスエンド。回避すべく動くも、何故だが攻略対象たちとの接点は増えるばかりで、あれよあれよという間に物語の筋書き通り、魔法研究機関に入所することになってしまう。  ひたすら静かに過ごすことに努めるエマを、研究所に集った癖のある者たちの脅威が襲う。日々の苦悩に、エマの胃痛はとどまる所を知らない……

88回の前世で婚約破棄され続けて男性不信になった令嬢〜今世は絶対に婚約しないと誓ったが、なぜか周囲から溺愛されてしまう

冬月光輝
恋愛
 ハウルメルク公爵家の令嬢、クリスティーナには88回分の人生の記憶がある。  前世の88回は全てが男に婚約破棄され、近しい人間に婚約者を掠め取られ、悲惨な最期を遂げていた。  彼女は88回の人生は全て自分磨きに費やしていた。美容から、勉学に運動、果てには剣術や魔術までを最高レベルにまで極めたりした。  それは全て無駄に終わり、クリスは悟った。  “男は必ず裏切る”それなら、いっそ絶対に婚約しないほうが幸せだと。  89回目の人生を婚約しないように努力した彼女は、前世の88回分の経験値が覚醒し、無駄にハイスペックになっていたおかげで、今更モテ期が到来して、周囲から溺愛されるのであった。しかし、男に懲りたクリスはただひたすら迷惑な顔をしていた。

無事にバッドエンドは回避できたので、これからは自由に楽しく生きていきます。

木山楽斗
恋愛
悪役令嬢ラナトゥーリ・ウェルリグルに転生した私は、無事にゲームのエンディングである魔法学校の卒業式の日を迎えていた。 本来であれば、ラナトゥーリはこの時点で断罪されており、良くて国外追放になっているのだが、私は大人しく生活を送ったおかげでそれを回避することができていた。 しかしながら、思い返してみると私の今までの人生というものは、それ程面白いものではなかったように感じられる。 特に友達も作らず勉強ばかりしてきたこの人生は、悪いとは言えないが少々彩りに欠けているような気がしたのだ。 せっかく掴んだ二度目の人生を、このまま終わらせていいはずはない。 そう思った私は、これからの人生を楽しいものにすることを決意した。 幸いにも、私はそれ程貴族としてのしがらみに縛られている訳でもない。多少のわがままも許してもらえるはずだ。 こうして私は、改めてゲームの世界で新たな人生を送る決意をするのだった。 ※一部キャラクターの名前を変更しました。(リウェルド→リベルト)

【完結】毒殺疑惑で断罪されるのはゴメンですが婚約破棄は即決でOKです

早奈恵
恋愛
 ざまぁも有ります。  クラウン王太子から突然婚約破棄を言い渡されたグレイシア侯爵令嬢。  理由は殿下の恋人ルーザリアに『チャボット毒殺事件』の濡れ衣を着せたという身に覚えの無いこと。  詳細を聞くうちに重大な勘違いを発見し、幼なじみの公爵令息ヴィクターを味方として召喚。  二人で冤罪を晴らし婚約破棄の取り消しを阻止して自由を手に入れようとするお話。

処理中です...