転生令嬢の涙 〜泣き虫な悪役令嬢は強気なヒロインと張り合えないので代わりに王子様が罠を仕掛けます〜

矢口愛留

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番外編 アレクの文通・前編

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 本編が始まる三年前(アレク14歳、モニカ13歳)のお話です。
 アレクとモニカはまだお付き合いしていないので、アレクを敬称付きで呼んでいるなど、本編時点よりちょっとだけ距離があります。

 アレク視点です。

――*――
「もうっ! アレク様なんて、大っ嫌い!!」

 モニカ様は、可愛いお顔をリンゴのように真っ赤にして、眉をキュッと吊り上げ、そう言い放った。

「モ、モニカ様? 俺――」

「もう知らないっ!!」

 俺が引き留める間もなく、モニカ様は自室に閉じこもってしまったのだった。

______


 事の発端は、ブラウン公爵邸の庭に設けられた、お茶の席だ。
 茶会というほど大袈裟なものではなく、ラインハルト殿下とエミリア様、モニカ様の三人が席に着き、あとは護衛の俺と給仕のメイドが二人控えているだけ。

 殿下とエミリア様は、御二方とも奥手だ。
 はたから見ていると、どこからどう見ても互いのことが大好きで仕方ないのに、本人を目の前にすると、ガッチガチに王侯貴族の仮面を被って、恋心を必死に隠している。

 分かりやすいのは、どちらかが別の誰かと話したり、何かに気を取られたりして、自分以外の人や物に意識が向いている時だ。
 視線がぶつからないのをいいことに、ずーっと相手を目で追っている。
 しかし、自分に相手の意識が戻ってくると、即座に視線をずらし、スマートで優雅な所作に戻るのだ。
 見ているこちらは面白いぐらいだったが、いつかすれ違う時が来たら、大ごとになってしまいそうで怖い。

 そういう訳で現在、二人とも好き合っているはずなのに自分の恋心を隠していて、しかも相手にだけ気付かれていないという、ものすごく複雑な状況なのだ。
 そのため、二人きりでいるより、誰かが間に入っている方が気楽らしい。
 間に挟まれているモニカ様は少し気の毒だが、モニカ様ご本人は大して気にしていなさそうだ。
 ただ、時折殿下の後ろに立つ俺に視線を寄越してくるから、やはり気まずく思う瞬間もあるのかもしれない。


 その日も、モニカ様は時折俺に視線を投げてきていた。
 俺はいつものように、少しだけ微笑んで、頷く。
 モニカ様はその都度、俺にだけ分かるように、にこりと笑い返してくれる。
 その笑顔が可愛らしくて、俺はいつも密かに癒されているのだ。

 いつもはその後すぐに視線を逸らして三人での会話に戻るのだが、その日はいつもと違っていた。
 普段通り、俺とモニカ様が密かに微笑みを交わしていることに、エミリア様が気付いたのだ。

「……?」

 エミリア様は、不思議そうに俺とモニカ様を交互に見ている。

「……!」

 かと思うと、急に何かに気付いたようにハッと口元に手を当てた。
 そして、エミリア様の視線に気付いた殿下も、俺たちの顔を交互に見始めたのだった。

「あ、あの、何か……?」

 主に殿下の視線に耐えきれなくなった俺は、思わずそんな質問を口にしてしまった。

「……いや、何でもない」

 殿下の銀色の瞳が、妖しげに光る。
 これは何か良からぬことを閃いた時の視線だ。
 そう思って密かに身構えていると、俺の予想は的中した。

「ところでエミリア。良かったら、庭を散策したいのだが、案内して貰えないだろうか?」

「ええ、勿論ですわ。今はちょうど薔薇が咲き始めたところですの。お城の中庭には到底及びませんが、殿下にご覧いただければ庭師も喜ぶかと存じますわ」

「ああ、ありがとう」

 殿下がエミリア様に提案すると、エミリア様もすぐに殿下の魂胆を理解したようだった。
 自分たちのことは棚に上げて、他人のことになると鋭い……困った二人だ。

「アレク、モニカ嬢。私はエミリアと、庭を散策してくる。折角だからアレクも座って、モニカ嬢と二人で歓談してはどうだ」

「……いえ、あくまでも俺は殿下の護衛ですから……」

「アレク、散策と言っても公爵邸の敷地内だ。何も起こらないさ」

「いえ、しかし」

「命令だ。モニカ嬢とここでお茶して待ってろ」

「はぁ……そこまでおっしゃるなら。承知いたしました」

「では行こうか、エミリア」

「ええ、殿下」

 殿下は立ち上がるとエミリア様に手を差し出し、スマートにエスコートして、庭園の奥へと歩き去って行った。
 去り際にエミリア様がモニカ様に向かってウインクしているのが見えたのだった。

「あの、アレク様……どうぞ、お座りになって」

「し、しかし」

「あら、殿下とお姉様がお戻りになるまでずっとそこに立っていらっしゃるおつもりですか? 話しにくくて仕方ないわ」

 モニカ様は困ったように頬に片手を当て、首をこてんと傾げた。
 少し恥ずかしいのか、耳が赤くなっている。
 それでも勇気を出して誘ってくれているのだから、俺が断る道理はなかった。

「……では、お言葉に甘えて……失礼します」

 俺は恐る恐る、モニカ様の向かいの椅子を引く。
 モニカ様は、ホッとしたように微笑んだ。

「ありがとう、アレク様」

「い、いえ」

「アレク様は、コーヒーと紅茶どちらにしますか? すぐに用意させますので」

「では、紅茶を……」

「紅茶ですのね。では私も同じものを」

 モニカ様がそう口にすると、側に控えていたメイドが頭を下げて、邸内に下がって行った。
 ものの数分で新しい紅茶と茶菓子がサーブされる。

「アレク様は、どんなお菓子がお好きですか?」

「お菓子ですか? そうですね、ムースやプリンのような食感の菓子は苦手ですが、ビスケットやクッキーのような焼き菓子は好きですよ」

「まあ! でしたらぜひこのクッキー、召し上がってみて下さい」

「いただきます」

 モニカ様は俺がクッキーを口元に運ぶのを、固唾を呑んで見守っている。
 俺は無駄に緊張しながら、クッキーを頬張った。
 絞り金を使って一口サイズに作られたクッキーで、口元を汚さず食べられる。
 さっくりとした食感で、バターの香りも豊かなクッキーは、どこか素朴な味がした。

「……美味しいですね」

「良かったわ! 実はこのクッキー、私が焼いたんですよ」

「モニカ様が?」

「ええ! アレク様に召し上がっていただきたくて、公爵家の料理人に教わりながら作ったのです」

「俺に、ですか?」

 モニカ様は、頬を染めて恥ずかしそうに頷いている。

「今日、一緒にお茶が出来て良かった。本当は、帰り際にこっそりお渡ししようと思って、用意していたのです」

「……嬉しいです。もう一ついただいても?」

「ええ! どんどん召し上がって!」

 嬉しそうに微笑むモニカ様を見ていると、俺も自然と笑顔になっていた。
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