転生令嬢の涙 〜泣き虫な悪役令嬢は強気なヒロインと張り合えないので代わりに王子様が罠を仕掛けます〜

矢口愛留

文字の大きさ
上 下
21 / 48

21 成長と……和解?

しおりを挟む
「――負けて落ち込むウサギさんの肩をポンッと叩いて、カメさんは言いました。『いっぱい運動したらお腹減りましたねぇ。一緒にお昼ご飯を食べましょう。ここ、美味しそうな草が一杯生えてますよ』。そう言って、カメさんはウサギさんの横に座って、ムシャムシャと草を食べ始めました。

 初めは食欲のなかったウサギさんでしたが、美味しそうに草を食べるカメさんを見ているとお腹が空いてきて、一緒に草をムシャムシャ食べました。

『美味しいね、カメさん』『美味しいですね、ウサギさん』『カメさん、のろまだって馬鹿にしてごめんね』『こちらこそ、ごめんなさい。負けたくなくて起こさなかったんです』。
 草を食べながらたくさんお話をして、お腹いっぱいになる頃には、二人はとっても仲良しになりましたとさ。めでたし、めでたし!」

『おしまい』という文字と、夕焼けをバックに爆睡するカメを背負って歩くウサギが描かれている最後の板が現れると、子供たちの間から始まりよりも大きな拍手が沸き起こる。

 その中で「子供たちのために自らお芝居をされるジゼル様、尊い……次回の会合ではメインの話題として取り上げなければ……」などと、悶えながらブツブツつぶやくロゼッタがいたが、なんだか触れてはいけないような気がしてスルーすることにした。
 奇行に走るロゼッタは脇に置き、ひとまず好感触だったことに安心しつつ、芝居がかった動作で一礼する。

「ご清聴ありがとうございましたーってな。どやった? 面白かった?」
「うん! おもしろかったー!」

「かてそうにないカメさんがかっちゃって、びっくりした!」
「ウサギさん、さいしょはイヤなやつだなっておもったけど、ちゃんとあやまれてえらかったとおもう!」
「ケンカしたときはハラハラしたけど、さいごはなかよしになって、よかった!」

「……おいしそうにごはんたべてるのみたら、おなかへったー……」
「ホントだ! おなかペコペコ!」
「全然ブレへんな、ジブンら!?」

 いい感じの締めに入っていたのに、食欲魔人たちのお腹の虫がグーグー鳴り出したので、一気に空気が弛緩する。恐るべし、成長期。
 だが、ちょうどお昼時分なのでこうなることは折り込み済みだ。

「……まあええわ。そろそろお昼ができる頃やし、みんな手ぇ洗ってき!」
「やったー!」
「ごはんだー!」

 腹ペコちびっ子たちはシートの上から我先にと飛び出し、井戸水を汲み上げるポンプの前で待ち構える先生の前に並んで、ジャブジャブと手を洗う。
 孤児院の子だけでなく近所の子供たちも一緒だ。
 キャンプだとかオリエンテーリングだとかのように、楽しい時間とセットで美味しい時間も共有することで、もっと仲良くなれるはず。いわゆる“同じ釜の飯を食った仲間”というヤツだ。

 もちろん普段は遊びに来る外の子に食事は出ないし、ジゼルたちが来る時だけに限られるが、その特別感もいい思い出になればいいと思う。

 絵板芝居中に所用を済ませた母と合流し、ワイワイガヤガヤとピクニック風の食事を終え、家に帰る子もいればまだ残って遊ぶ子もいる、いつもよりにぎやかな孤児院の庭先を尻目に、食堂で顔を突き合わせる数人の大人がいた。
 去年のガーデンパーティー以来、ジゼルと縁を持った商人たちだ。
 貧民救済に理解のある者たちを募り、孤児を含めた子供たちの就職斡旋や、グリード地区の再開発のための意見交換などをするため、時々こうして集まってもらっている。

 今回は孤児院の補修のために彼らから援助をもらおうと、ジゼルが絵板芝居をしている間に、施設内を院長先生と母に案内してもらっていたのだ。
 昼食後にバトンタッチして、ロゼッタと共に子供たちの相手をしてくれている。

「丁寧に補修されてはいますが、随分老朽化が進んでいますね。早急に手を打った方がいいでしょう」
「王都は積雪が他よりマシだったので、去年の冬の大雪を乗り切れたんでしょうけど、同じことがあれば大変なことになりますね」
「補修するより、いっそ建て替えた方が安く上がるのでは?」

 実際にこの地区の現状を目の当たりにしてきた彼らは、孤児院の再建に関しても前向きに検討してくれている。
 元より慈善活動に精力的というのもあるが、資金に関しては結構余裕があることも大きい。自身の資産だけでなく、この計画が持ち上がってから何度か街頭募金を行い、思いのほか多数の市民から援助がもらえたのだ。

 ジゼルが赤い羽根募金の真似をして、カラフルな色に染めた鶏の羽根を紐で結んだだけの簡易なアクセサリーを募金してくれた人にプレゼントしたら、オマケ欲しさに人が集まってお金を落としていってくれた。
オモチャ同然の代物だが、アクセサリーに縁のない庶民には珍しく映ったのだろう。箱に小銭を一枚二枚入れるだけでいいというのも手伝って、予想以上の人出になった。

 製作者はグリード地区の主婦たちで、羽根は肉屋で出た廃棄物をもらい、紐は古着を細く裂いて編んだもので、人件費はともかく原価は正味ゼロ。
 一人一人の募金額は微々たるもので、海老で鯛を釣る、なんていうほどうまい話ではないが、集まれば結構な額になった。

 とはいえ、問題は金だけではない。

「ですが、その間子供たちの住む場所がなくなります。取り壊しから始めるなら、住める程度にするまででも二、三か月はかかりますし……」
「それに、自分が住んでいた家を壊されるというのは、大人でもショックを受けることです。子供ではもっと傷つくかもしれませんねぇ……」

 工事の前に仮設の母屋を庭に作り、しばらくはそこで生活してもらって、完成したら移り住んでもらうというのが一番妥当な案ではあるが……それでは費用が倍近くかかることになるし、慣れ親しんだ“我が家”が崩壊していくのを間近で見せるのは可哀想だ。
 近頃は子供たちのご近所付き合いの輪も広がったので、友達の家に預かってもらうという線も考えたのだが、一日二日ならともかく何か月もとなると無理な相談だろう。

 子供が一人増えるだけで家計や家事の負担が増え、その家族の生活を壊してしまいかねない。
 孤児のエンゲル係数分をこちらが援助すれば解決するように思えるが、子供を預かる家だけ金を渡すとなると、地域内で「あの家だけずるい」と不満が出る可能性があるし、知り合いを疑いたくはないが、その金を目的以外で使う者も出るかもしれない。

 金には魔力がある。特にあぶく銭は、善人を悪人に変えてしまう魔性の存在だ。
 まあ、全員顔見知りのような狭い地域コミュニティで下手なことをすれば、あっという間に悪評が広がって、牢にぶち込まれるより悲惨な目に遭うこともしばしばあるが、そのリスク感覚を麻痺させ狂気に走らせるのが、金の魔力というもの。
 その魔力に抗いつつ、時に取引を有利に運ぶため利用する商人たちは、よく心得ている。

 食堂の中に沈黙が落ち、話し合いは袋小路に入ったかと思われたが、

「……うーん。せやったら、ひとまずは現状維持の補強だけして、建て直しの先に違う施設を手ぇ付けた方がええかもしれませんね。ほら、公民館とかよろしいんやないですか? 家具を持ち込めば仮住まいにも使えますし、なんかあった時に頼れる場所があるっていうだけでも、住民の人らも安心できますし」

 ジゼルは考えすぎで寄った眉間のしわを指先で伸ばしつつ、行き詰った空気の中に一石を投じる。

 再開発計画の一環として、空き地に公民館を造る案が出されている。もちろんジゼルの発案だ。
 普段は地域住民の憩いの場に使いつつ、炊き出しやリサイクル品の譲渡会などの慈善活動の場として、職業斡旋や出張販売など外部と繋がる窓口として、非常時は家を失った住民らの避難場所としても使う予定の、汎用性の高い便利施設だ。

 大きな災害にも耐えられるよう、他の建造物より頑丈に作らないといけないので金も時間もかかるが、大雪の件で人命を守る施設の必要性は人々に浸透したし、孤児院の建て直し時にそこを生活拠点として利用すれば、仮住まいを建てるコストを抑えられる。

 出費そのものは結構痛いが、費用対効果は抜群だと言える。
 公民館建設予定地に新しい孤児院を造ることも考えたが、現在よりも敷地面積が減ってしまうので断念した。孤児はジゼルが最初に来た頃から見ても減少傾向にあるとはいえ、いつ起こるか分からない災害や疫病に備え、身寄りを失った子供たちの受け皿は大きい方がいい。
 ……ということをざっくり話すと、おおむね賛同を得られた。

「なるほど。ひとつ新しく大きな建物ができれば、再開発のシンボルにもなりますね」
「外からの支援提供の場を確立することで、全体的に生活水準の向上にも繋がるでしょうな」
「となると、雨期の間に資材調達の手はずを整えねばなりませんね」

 懸念がなくなれば、話がまとまるのも早い。
 細かい打ち合わせは後日ゆっくり行うことにして、商人たちに寄る会議はお開きとなった。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

リリィ=ブランシュはスローライフを満喫したい!~追放された悪役令嬢ですが、なぜか皇太子の胃袋をつかんでしまったようです~

汐埼ゆたか
恋愛
伯爵令嬢に転生したリリィ=ブランシュは第四王子の許嫁だったが、悪女の汚名を着せられて辺境へ追放された。 ――というのは表向きの話。 婚約破棄大成功! 追放万歳!!  辺境の地で、前世からの夢だったスローライフに胸躍らせるリリィに、新たな出会いが待っていた。 ▹◃┄▸◂┄▹◃┄▸◂┄▹◃┄▸◂┄▹◃ リリィ=ブランシュ・ル・ベルナール(19) 第四王子の元許嫁で転生者。 悪女のうわさを流されて、王都から去る   × アル(24) 街でリリィを助けてくれたなぞの剣士 三食おやつ付きで臨時護衛を引き受ける ▹◃┄▸◂┄▹◃┄▸◂┄▹◃┄▸◂┄▹◃ 「さすが稀代の悪女様だな」 「手玉に取ってもらおうか」 「お手並み拝見だな」 「あのうわさが本物だとしたら、アルはどうしますか?」 ********** ※他サイトからの転載。 ※表紙はイラストAC様からお借りした画像を加工しております。

【コミカライズ決定】地味令嬢は冤罪で処刑されて逆行転生したので、華麗な悪女を目指します!~目隠れ美形の天才王子に溺愛されまして~

胡蝶乃夢
恋愛
婚約者である王太子の望む通り『理想の淑女』として尽くしてきたにも関わらず、婚約破棄された挙句に冤罪で処刑されてしまった公爵令嬢ガーネット。 時間が遡り目覚めたガーネットは、二度と自分を犠牲にして尽くしたりしないと怒り、今度は自分勝手に生きる『華麗な悪女』になると決意する。 王太子の弟であるルベリウス王子にガーネットは留学をやめて傍にいて欲しいと願う。 処刑された時、留学中でいなかった彼がガーネットの傍にいることで運命は大きく変わっていく。 これは、不憫な地味令嬢が華麗な悪女へと変貌して周囲を魅了し、幼馴染の天才王子にも溺愛され、ざまぁして幸せになる物語です。

恋愛戦線からあぶれた公爵令嬢ですので、私は官僚になります~就業内容は無茶振り皇子の我儘に付き合うことでしょうか?~

めもぐあい
恋愛
 公爵令嬢として皆に慕われ、平穏な学生生活を送っていたモニカ。ところが最終学年になってすぐ、親友と思っていた伯爵令嬢に裏切られ、いつの間にか悪役公爵令嬢にされ苛めに遭うようになる。  そのせいで、貴族社会で慣例となっている『女性が学園を卒業するのに合わせて男性が婚約の申し入れをする』からもあぶれてしまった。  家にも迷惑を掛けずに一人で生きていくためトップであり続けた成績を活かし官僚となって働き始めたが、仕事内容は第二皇子の無茶振りに付き合う事。社会人になりたてのモニカは日々奮闘するが――

【完結】その溺愛は聞いてない! ~やり直しの二度目の人生は悪役令嬢なんてごめんです~

Rohdea
恋愛
私が最期に聞いた言葉、それは……「お前のような奴はまさに悪役令嬢だ!」でした。 第1王子、スチュアート殿下の婚約者として過ごしていた、 公爵令嬢のリーツェはある日、スチュアートから突然婚約破棄を告げられる。 その傍らには、最近スチュアートとの距離を縮めて彼と噂になっていた平民、ミリアンヌの姿が…… そして身に覚えのあるような無いような罪で投獄されたリーツェに待っていたのは、まさかの処刑処分で── そうして死んだはずのリーツェが目を覚ますと1年前に時が戻っていた! 理由は分からないけれど、やり直せるというのなら…… 同じ道を歩まず“悪役令嬢”と呼ばれる存在にならなければいい! そう決意し、過去の記憶を頼りに以前とは違う行動を取ろうとするリーツェ。 だけど、何故か過去と違う行動をする人が他にもいて─── あれ? 知らないわよ、こんなの……聞いてない!

【完結】魔女令嬢はただ静かに生きていたいだけ

こな
恋愛
 公爵家の令嬢として傲慢に育った十歳の少女、エマ・ルソーネは、ちょっとした事故により前世の記憶を思い出し、今世が乙女ゲームの世界であることに気付く。しかも自分は、魔女の血を引く最低最悪の悪役令嬢だった。  待っているのはオールデスエンド。回避すべく動くも、何故だが攻略対象たちとの接点は増えるばかりで、あれよあれよという間に物語の筋書き通り、魔法研究機関に入所することになってしまう。  ひたすら静かに過ごすことに努めるエマを、研究所に集った癖のある者たちの脅威が襲う。日々の苦悩に、エマの胃痛はとどまる所を知らない……

88回の前世で婚約破棄され続けて男性不信になった令嬢〜今世は絶対に婚約しないと誓ったが、なぜか周囲から溺愛されてしまう

冬月光輝
恋愛
 ハウルメルク公爵家の令嬢、クリスティーナには88回分の人生の記憶がある。  前世の88回は全てが男に婚約破棄され、近しい人間に婚約者を掠め取られ、悲惨な最期を遂げていた。  彼女は88回の人生は全て自分磨きに費やしていた。美容から、勉学に運動、果てには剣術や魔術までを最高レベルにまで極めたりした。  それは全て無駄に終わり、クリスは悟った。  “男は必ず裏切る”それなら、いっそ絶対に婚約しないほうが幸せだと。  89回目の人生を婚約しないように努力した彼女は、前世の88回分の経験値が覚醒し、無駄にハイスペックになっていたおかげで、今更モテ期が到来して、周囲から溺愛されるのであった。しかし、男に懲りたクリスはただひたすら迷惑な顔をしていた。

無事にバッドエンドは回避できたので、これからは自由に楽しく生きていきます。

木山楽斗
恋愛
悪役令嬢ラナトゥーリ・ウェルリグルに転生した私は、無事にゲームのエンディングである魔法学校の卒業式の日を迎えていた。 本来であれば、ラナトゥーリはこの時点で断罪されており、良くて国外追放になっているのだが、私は大人しく生活を送ったおかげでそれを回避することができていた。 しかしながら、思い返してみると私の今までの人生というものは、それ程面白いものではなかったように感じられる。 特に友達も作らず勉強ばかりしてきたこの人生は、悪いとは言えないが少々彩りに欠けているような気がしたのだ。 せっかく掴んだ二度目の人生を、このまま終わらせていいはずはない。 そう思った私は、これからの人生を楽しいものにすることを決意した。 幸いにも、私はそれ程貴族としてのしがらみに縛られている訳でもない。多少のわがままも許してもらえるはずだ。 こうして私は、改めてゲームの世界で新たな人生を送る決意をするのだった。 ※一部キャラクターの名前を変更しました。(リウェルド→リベルト)

【完結】毒殺疑惑で断罪されるのはゴメンですが婚約破棄は即決でOKです

早奈恵
恋愛
 ざまぁも有ります。  クラウン王太子から突然婚約破棄を言い渡されたグレイシア侯爵令嬢。  理由は殿下の恋人ルーザリアに『チャボット毒殺事件』の濡れ衣を着せたという身に覚えの無いこと。  詳細を聞くうちに重大な勘違いを発見し、幼なじみの公爵令息ヴィクターを味方として召喚。  二人で冤罪を晴らし婚約破棄の取り消しを阻止して自由を手に入れようとするお話。

処理中です...