転生令嬢の涙 〜泣き虫な悪役令嬢は強気なヒロインと張り合えないので代わりに王子様が罠を仕掛けます〜

矢口愛留

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18 天体観測と悪役令嬢

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 エミリア視点です。

――*――

 プリシラが去り、一頻り殿下の胸を借りて泣いたあと。
 私達はマクレディ先生の手伝いのため、まずは理科準備室で観測と記録の方法を教わり、レジャーシートや時計、記録用のノートなどを持って屋上と校庭の二箇所に分かれて観測する事になった。
 頭の良い殿下はすぐにやり方を理解したようで、逆にアレクは少し分からない点があったらしい。
 アレクも成績は悪くないが、理系科目はどうやら少し苦手なようだ。
 そのため、アレクは先生と組み、私は殿下と組んでサポートに回ることになった。

「いいかい、七時半から三十分間観測をするよ。放射点を見つけたら、そこから流れてくる光の強さと時間を……」

 最終確認を終えると、私と殿下は屋上へ、アレクと先生は校庭へ向かった。
 観測が始まるまで、あと五分ぐらいある。
 私達はレジャーシートに座って、その時間を待っている。

「エミリア、もう落ち着いたかい?」

「はい。先程は、ご迷惑をおかけしました……」

「迷惑なんかじゃないよ。それより、これ以上君に悲しい思いをさせるようなら、私は……」

「いえ、いいんです。殿下が私の事を想って下さっているのは、良く分かっていますから」

「エミリア……」

「ふふ、なんだか不思議ですわ。記憶が戻るまでは、私は殿下と婚約者としては仲が良いものの、恋愛対象として見ていただけていないと思っていました。でも、この困った泣き癖のお陰で、殿下の想いを知ることが出来て……今、とても幸せなのです。どんな未来が待っていても、きっと私は今この時、胸を張って幸せだったと言えますわ」

 私は空を眺めながら、殿下に語りかける。
 プリシラの件で大変な思いをしてはいるが、こうやって毎日殿下やアレクと過ごすことが出来て、本当に楽しいし、充実しているし、幸せなのだ。

「……じゃない」

 殿下は、小さい声で呟いた。

「え?」

 ――風に揺れる銀色の髪、月に照らされる美しいお顔。

「幸せだった・・・、じゃない。これからもずっと、幸せにする。ずっと、一生」

 ――私を真っ直ぐに見つめる、熱の灯った銀色の瞳。

「……殿下……」

「……名前」

「え?」

「名前で、呼んでほしい」

「……」

「エミリア……お願い」

 ――優しく私を呼ぶ声。私は、このひとが、

「……ラインハルト様……」

「……!」

 殿下は、今までで一番強く私を抱きしめる。


 ――好き。


「エミリア……。絶対に、離さない」

「ラインハルト様……」

 私は殿下の背中に、そっと手を回す。
 少しして殿下は私から体を離すと、私のおとがいに手を添えた。
 再び、二人の距離が縮まっていく。
 その距離が限りなくゼロに近くなった時――

 ジリリリリリリ!

 間が悪く、観測開始を告げる目覚まし時計の音が鳴ったのだった。


 ********


「よし、充分データは取れたな」

「ええ。三十分間でこんなに流れ星が観測出来るとは思いませんでしたわ」

「マクレディ先生に報告に行く前に、願い事でもしていくかい?」

「ふふ、そうですね」

 こうしている間にも、幾つもの流れ星が夜空を滑っていく。

「こんなに沢山の流れ星に願い事をしたら、本当に叶いそうだな」

「そうかもしれないですね。叶うといいなあ」

 夜空にはひっきりなしに星が流れていく。
 周りには障害物も殆ど無いし、まるで二人きりで星に包まれているかのような、幻想的な光景である。
 こんなにも美しい夜は、初めてだ。

「エミリアは何を願ったんだい? 私は……」

「しー、です」

 私は、流れ星にかけた願い事を言おうとした殿下の口に、人差し指をそっと置いた。
 殿下は目を丸くしている。

「願い事は、人に言うと叶わなくなっちゃうんですよ」

 私が指をどけると、殿下はその手を優しく取った。
 美しい目をすっと細め、形良い唇が弧を描き、甘い微笑みを形作る。

「じゃあ、言わない」

 殿下は、もう片方の手で、私の頬に触れる。
 その瞳には、甘い熱を宿している。

「でも、一つは……今叶う」

 頬に触れていた手は、すうっと顎まで降りてゆく。
 私が目を閉じると、今度こそ、唇が優しく触れ合ったのだった。


 ********


 それからしばらくして。
 秋も深まり、肌寒い日々が続くようになったある日のこと。
 学園では先週中間テストが終わり、今まさにその結果が貼り出されている。

「流石ですわ、殿下は単独主席ですわね」

「ふふ、エミリアに褒められると嬉しいな」

「殿下は社交も学問も芸術も、さらには運動まで全てに秀でておいでですからね。俺は総合では上位に入りますが、馬術と剣術で点を伸ばしているだけでそれ以外は平均的です。というかエミリア様もかなり上位に入っていらっしゃるじゃないですか」

「私は運動はあまり得意ではないけれど、それ以外の部分は王太子妃教育のお陰で鍛えられましたからね」

「エミリアは社交も完璧だし、刺繍やピアノ演奏はプロ級だ。その上賢くて可愛らしくて優しくて美しくて努力家で可愛らしくて」

「はいはい、わかりましたから」

 ひとまず私達三人は、何の問題もない。
 だが問題は、三年生とは反対側の壁に掲示されている成績表だ。

「……プリシラ嬢、ぶっちぎりの最下位ですね」

「……落第の危機だな」

「……唯一まともに点が取れているのは運動系の科目、それも平均より少し低い程度ですわね」

 私達が小声でヒソヒソと話している場所から数メートル先、ピンク色の髪の頭上には、どんよりと重たい空気が漂っている。
 誰一人として、暗いオーラを漂わせる彼女の近くに寄る者はいない。

「……プリシラ嬢、学園では私達以外に話せる相手がいないらしいですよ」

「……一年生にも仲の良い者はいないのか?」

「……年度が始まってすぐ、校門前で悪目立ちしてから、誰一人近寄ろうとする人はいないようですよ。更にあの茶会の騒動で、居合わせた令嬢達から悪い噂が広まっているようですね」

「……孤立しているのね。可哀想に……」

 天敵とはいえ、不思議な縁で知り合いになったのだから、このまま見過ごすのも何となく可哀想である。

「……ねえ、私達で何とかしてあげられないかしら?」

「ええっ?」

 アレクが大きい声を出したせいで、プリシラがこちらに気づいて駆け寄ってきた。
 殿下も信じられないと言わんばかりに、こちらを見ている。

「ラインハルト殿下ぁー! こんにちはぁ!」

「あ、ああ……」

「……エミリア様、正気ですか? あんなのに情けをかけることないんじゃないですか?」

 プリシラが殿下と話している間に、アレクが小声で私に耳打ちしてくる。

「……だって、スワロー男爵領は貧乏なのよ。それなのに頑張って貴族学園に入学させて……それだけプリシラに期待しているはずよ。なのに落第してしまったら、男爵もプリシラも可哀想よ」

「……本当にお優しい人ですね。自分を苦しめている相手だというのに」

 アレクはため息をついた。
 お人好しと言われようが何だろうが、困っている者を助けるのも貴族の務めである。
 私は、少しだけ悪役令嬢らしく振る舞ってみることにした。

「お話し中申し訳ありません、少しよろしいでしょうか?」

「エミリア……何だい?」

「プリシラ様に一言言いたい事がございまして。殿下のご歓談を遮る形となり、申し訳ございません」

「私は構わないよ。さあ、どうぞ」

「ありがとうございます」

 殿下は心配そうな顔で私とプリシラを見るが、一歩下がる。
 アレクが殿下に何やら耳打ちする気配を感じつつ、プリシラが私に話しかける。

「あーん折角殿下とお話ししてたのにぃ。邪魔しないで下さいよぉ。何のご用事ですかぁ?」

 プリシラのその言葉を聞いて、周りで野次馬をしていた生徒たちがヒヤヒヤし始めた。
 だが、私もようやく最近プリシラに慣れてきた。
 プリシラのためだもの、今日は泣かないで強気でいくわよ。

「プリシラ様、失礼を承知で申し上げますが、この成績は何なのです? このままでは落第です。あなたを信じて入学させて下さったスワロー男爵に、何と説明するおつもりですか?」

「うっ……こ、これから頑張るんですぅ! 余計なお世話ですよぉ!」

「頑張ると言っても、どう頑張るおつもりです? どの科目も及第点まで程遠い点数ですわよ。お一人では限界があるのではなくて?」

「うぅ……! な、何とかなりますよぉ……!」

「教師や、友人を頼りになさい。真剣に努力するつもりがあるのなら、私も手を貸して差し上げても良くってよ」

「~~~!! 間に合ってますっ! 授業の準備があるので失礼しますっ!」


 プリシラは悔しそうな顔をして、そう言い放った。
 彼女が一年生の教室へ走り去っていったのを見て、私は満足し、悪い笑顔を浮かべたのだった。
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