格闘系女子しののめラオ

弱キック

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序~1

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 東京都杉並区某所、令和の時代に珍しい木造平屋の和風建築。そこは格闘ファミリー『東雲家』が経営する流派『残心道空手』の道場だ。
 東雲家は夫婦と一男一女の4人家族。兄の冬哉が一般教室の、母親の佳那子がキッズ教室の師範をそれぞれしている。妹の果央(ラオ)は両部門の師範代。ちなみに本作の主人公でもある。父親の拳二郎は自作格闘術『救世七星流(ぐぜしちせいりゅう)拳法』の研鑽で武者修行中。今ごろは南米辺りで怪しげな技を会得中と思われる。
 救世七星流拳法は投(投げ技)、打(打撃技)、極(関節技および絞め技)をバランスよく組み込んだ、超実戦的格闘術である。その特徴を一言で説明すれば、すっげー強い! ベースこそ拳二郎が最初に極めた残心道空手だが、数ある格闘術のイイトコ取りをした結果、全くの別物に生まれ変わった。しかもまだまだ成長途中であり、触れた相手を内部から破壊することを最終目標としている。だから強い。語彙力がなくなるほど強い。ただし強いだけに危険でもあり、他人には教えていない。拳二郎いわく、『救世七星流は一子相伝の暗殺拳』とのことで、現在の使い手は本人と果央のみである。


【4月某日 残心道道場】
 ようやく冬の寒さが和らぎ、誰もが脱ぎ捨てた外套の分だけ活発になり始める春の午後。学校から帰宅した果央は早々に空手道着に着替え、キッズ教室の手伝いをしに道場へ向かった。
 「たっだいまー。手伝いに……あれ?」
 いつもなら子供たちの掛け声が聞こえているはずだが、今日は様子が違った。道場の隅で、面識のない青年に詰め寄られている冬哉。静かにその様子を見守る佳那子と子供たち。
 「もしかして久しぶりの?」
 果央に気付いた冬哉は、藁にもすがる思いで助けを求めた。
 「果央、いいところに。いつものアレだから説明代わってくれ」
 「うへぇ、やっぱりかぁ」
 果央は全てを理解し、溜め息交じりで青年の方に声をかけた。
 「お兄さん、ここは残心道の道場ッス。救世七星流は教えてないんスよ」
 青年は聞く耳を持たなかった。
 「嘘を言わんでください! ここは東雲拳二郎さんのご自宅と道場でしょ。なのに教えてないなんておかしいじゃないですか」
 冬哉は呆れ顔。既に何度も同じ説明をしたが、青年は受け入れてくれなかったのだろう。いつものアレというだけあって、この道場には似たような入門希望者が定期的に訪れていた。
 「いや、ここの経営者は父ちゃんじゃなくて兄ちゃんなんス。そもそも救世七星流は弟子を取ってないんスよ、未完成の拳法なんで」
 「嘘だ! シノケンさんは世界中の大会で優勝してるじゃないですか。あれで未完成とかありえませんよ」
 東雲拳二郎、通称シノケン。外国人にシノノメは覚えづらいらしく、いつしかこう呼ばれるようになったのだとか。
 青年は大柄で、声もリアクションもやたらと大きい。佳那子がいま稽古を中断しているのも、青年がうるさすぎて集中できないからだった。
 「俺は強くなりたくて青森の田舎から出てきました。お願いします、シノケンさんに会わせてください! そして弟子にしてください!」
 真面目そうで本気具合も伺えるが、他人の話を聞かない時点で問題外である。果央はやむなく強硬策に出ることにした。
 「んじゃ~あたしに勝ったら父ちゃんに推薦するッス」
 「ほ、本当ですか!?」
 「ただし負けたらソッコーで帰ってくださいね。勝っても負けても恨みっこなしッスよ」
 「ははは、望むところです」
 青年は身長190センチを超える筋肉質。果央は145センチの痩せ型。男女の違いもあり、勝敗は戦うまでもなく目に見えていた。
 「どっちかがKOされたら終わりってことで」
 果央はトントンとその場で軽く跳躍し、リズムの調整と膝のバネの確認を行った。それ以外は気持ち腰を落とした程度で、格闘技の構えらしい構えは取らなかった。
 「いつでも好きな時にどうぞ」
 青年の服装はワイシャツとチノパン。動き回るには問題なさそうで、床板で滑らないよう靴下だけ脱いだ。
 「最初から全力でいきます。ダリャー!」
 青年は小柄な果央が相手でも躊躇せず、腕を広げた前傾姿勢で突進してきた。タックルで押し倒し、マウント技で一気に勝負を決めるつもりだ。しかし迫力は確かにあるが、冷静に見極めると隙だらけ。小技で距離とタイミングを測ってから出すというセオリーを無視した、力で押し潰す気まんまんの攻撃だった。勝てば弟子入りという旨味と、体格差で自分の方が有利だという驕りが技を曇らせたか。 
 「手ぶらで帰すのも忍びないんで。せりゃ!」
 果央はタックルがヒットする直前その下に潜り込み、両手を伸ばして青年の首を掴んだ。そしてそこを支柱にして斜め上方向にジャンプ。首にかけた手を滑らせて後方へと回り、無防備な延髄に両膝を落とした。
 「ドハッ!」
 急所に直撃を受けた青年は顔面からダウン。この間も果央の手は青年の首回りをロックしたまま、膝は延髄に乗せたままだった。すなわち一連の動作でプロレス技の子牛の焼き印押し(投)、延髄蹴り(打)、さらに首絞め(極)を与えたのだ。2人の体格差を逆手に取った、アクロバティックな複合技である。
 「今のが救世七星流、即堕三重殺(そくださんじゅうさつ)ッス。良い子はマネしないでね……って、あれ? おーい、聞いてますかー?」
 青年は気を失っていた。代わりに冬哉が答える。
 「一般人相手に無茶な技を……でもおかげで助かったよ。介抱は俺がやっとくから、果央と母さんは稽古を頼む」
 「了解。そんじゃみんな、気合入れてくよー」
 しかし果央の派手な活躍を目の当たりにした子供たちは興奮冷めやらず。稽古に集中できる空気ではなくなってしまい、やむなく終了時間まで果央の特別演舞ショーを見せることになったのだった。

【午後6時 公園】
 時は過ぎて午後5時30分、キッズ教室終了。本来ならこの後すぐに社会人教室があるのだが、本日は冬哉の都合により休講だった。そこで暇と元気を持て余した果央は、夕飯前に軽いジョギングに出かけた。
 自宅から徒歩10分程度のところにある大きな公園。昼間は小さな子供連れや犬の散歩客などでそれなりに賑わうが、夕方過ぎのこの時間帯はガラガラで、走るにはちょうど良い。
 「ん?」
 公園に着いた早々、果央はいつもと違う空気を感じた。周囲を見渡すと、トラック状になった通路の内側、芝生が生い茂る中央広場に人だかり。帰宅時間を忘れて遊ぶ子供たちではなく、長身の男性が5人ほど。さらにもう1人、女性らしき人物が前述の男たちに追い詰められていた。どこからどう見ても、住宅街にある憩いの場には相応しくない光景だ。
 「うぇ、マジ?」
 このままでは女性が危ない。果央は即座に判断し、人だかりに急行した。
 「だりゃー!」
 「ノォォー!」
 一番手近な男の背中に強烈な飛び蹴り。不意打ちを喰らった男は、明らかに日本人ではない叫び声を上げて地面に突っ伏した。
 「女の子を襲う不審者集団とかヤバすぎっしょ。警察呼ぶ前に退いてくれない?」
 果央は男たちにスマートフォンを見せつけた。番号は既に入力してあり、後は通話ボタンを押すだけだ。
 しかし相手は白人で、日本語を理解していない様子。それでも地元民の少女が自分たちの邪魔をする気だと悟ったらしい。ネクタイを緩めたり指の骨を鳴らしたりと、わかりやすい威嚇動作で果央を追い払おうとした。
 「ふ~ん、『痛い目見る前に帰んな』ってトコか。だったらしゃ~ない」
 果央は手のひらを上にして右手を差し出し、指を曲げて手招きのポーズをとった。往年のカンフースターやハリウッドのレスラー兼俳優がよくやる挑発だ。
 男たちは果央の強気な態度に失笑を漏らした。彼らは果央より2回りは大きく、しかも5対1だ。笑われて当然だろう。
 対する果央は軽く溜め息。
 「はぁぁ~。体格イコール強さなのは否定しないけどさ、例外も認めないと、負けた時に恰好つかないよ?」
 呟いた次の瞬間、果央は跳躍して回し蹴り一閃。1人の顎を的確に捉えた。
 「ゴフッ!」
 蹴られた男は、まるでアクション映画のようにきりもみ回転しながらダウン。そのまま気絶したらしく、起き上がってこなかった。
 「重要なのはヒットポイント、タイミング、インパクトの3つ。力はあくまで補助的要素でしかないんだよ」
 果央は打撃技について講釈した。半ば無意識に、師範代を任される時の感覚で行ったのだろう。相手は日本語を理解していないが。
 男たちは果央の実力に驚きつつ、目つきを鋭くさせた。そして無言の合図で彼女の四方を囲み、一斉に襲いかかった。
 多勢に無勢。しかも回し蹴りなどの大技に必要なスペースも狭められ、体格差を埋める手立てがない。大口を叩いた割に果央、大ピンチ!
 「狭くても、肩幅さえあれば十分」
 果央はフィギュアスケートのアクセルジャンプの要領で跳躍した。腕は胸の前で組まず、右肘を横に突き出し、左手を右手の拳に添える。回転を加えたエルボースマッシュだが、救世七星流はこの程度で終わらない。相手の頬に当てた肘をそのまま顔面で滑らせ、1回転してもう1撃。これを何度も繰り返すことで、多くの相手をまとめて叩き潰すことができるのだ。
 「どりゃりゃりゃりゃあぁあぁー!」
 「ゴファ!」
 次々と倒れる男たち。彼らもそれなりに強かったのだろうが、救世七星流の前では赤子同然だった。
 「見たか、救世七星流、肘水車! (ひじすいしゃ)」
 幸運にも軽傷で済んだ男が1人、片膝をついて悔しがった。
 「Блин!(クソッ)」
 「まだやる気? 次は救世七星流の奥義をぶっ放すよ?」
 言葉は通じずとも殺気は伝わる。男は勝ち目がないと察すると、気絶した仲間を叩き起こして去っていった。 
 果央はその姿が公園から消えるまで見送り、それからようやく肩の力を抜いた。
 「ふぃぃ~、どにか諦めてくれたか。さて……」
 戦いに夢中で忘れかけていた被害者を探す。目当てはすぐそばの木陰に倒れていた。
 果央と同じぐらいの年齢で、肌が透き通るように白い、金髪の美少女。抱きしめたら折れてしまいそうな細い身体と、相反する大きな胸。それらが奇跡のバランスで成り立っており、同姓でもつい目が釘付けになってしまう。目立った外傷はないが、額から汗を流しつつ目を覚まさない。どうやら疲労で倒れたようだ。
 「ぬぅぅ、とりあえずウチ連れてくか」
 果央は少女を背負い、その隣に置いてあった旅行用のスーツケースを拾うと、野次馬に見つからないよう祈りながら公園を後にした。
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