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第001話 女神との邂逅、或いは駄女神との出会い
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森である。
いや、林かもしれない。
下草が伸びやかに繁茂する程度の密度でそびえ立つ木々の中に、私は一人立っている。
今まで着た事もない千早を思わせる身二幅のフェルトっぽい生地の上着。
サルエルパンツっぽいアンダー。
それにサンダルだけ。
うん、心と体を冷やすには十分だ。
ちなみに千早だけど、巫女さんが着ている上着みたいな感じになる。
おっさんが着てても可愛くとも何ともないがなー。
秋口を思わせる風は乾燥し、木々の間を吹き抜けている。
それに合わせてたなびく袖の感触を味わいながら。
どうしてこうなったとほんのちょっと前を思い浮かべてみた。
「はい、おめでとう。強くてニューゲームの開始よ」
抜けるように真っ白な空間は現実味と遠近感を失わせながら、厳然と現前している。
視線を下ろすと、生まれたままの姿の胸から足先までが映る。
右手をワキワキ、左手をワキワキ。
首をこきり、こきりと曲げたタイミングで口を開いてみる。
「ここ、どこでしょうか?」
目の前の美女の話によると、私は死んだらしい。
「もう見事なまでの過労死。夜中に一人で仕事をしていたらそのまま、ぱたん。キーボードに伏せている姿を仮眠と思われてたから、病院に連絡されたのは二日が経過していたわ」
私が所属していた会社はブラックである。
子供の頃から目に見えないものの判別しがたい声が聞こえる癖があった。
そんな私は幼稚園の頃から人に馴染めずいじめの対象になる事もしばしばだった。
コミュニケーション能力に問題がある男子が学生生活を送るのは、それはそれは惨めなものだ。
結局大学までの学生生活という苦行を何とかこなし、社会に出ようと思った折にはバブルが崩壊。
世はまさに、氷河期を迎えていた。
選り好みをせずに当たった数百社はことごとくお祈りされ、奇跡の如く受かった一社は手ぐすねを引いて待ち構えていたブラックな派遣業務であったのだ。
折しも労働者派遣法の改正がなされ、ブラックに非ずんば会社に非ずみたいな風潮が世間に蔓延していた。
モラハラ、パワハラ、アルハラ、セクハラ、あらゆるハラスメントを乗り越え、経験を積んで単価が上がりそうになると他の現場に飛ばされる日々。
四十を目前にして、諦観と将来の不安だけが友達さ状態であった。
最期に出向していたのは、下請けの開発会社。
週三十時間のタイムカードに記載されない残業は確実に体を蝕み、日々の不調を訴えていた。
それでも如何ともしがたい現実に立ち向かうべく、今日もスーツに身を包んで家を出たのだが、最近記憶が朦朧としていて出社後の事は明確に覚えていなかったのだが……。
「はぁ。死んじゃいましたか」
微に入り細に入り死んでからの説明を受けての開口一番がそれであり、美女の抱腹絶倒を目の当たりに出来たのはご褒美だろう。
瀟洒なドレープが数多散りばめられたローブ姿なのに、転がりながら大股になって地面を蹴るのはどうかと思ったが。
「で、強くてニューゲームとは何なのでしょうか?」
これでも四十年間生きてきたので、それなりの知識はある。
貧困と多忙の友はライトな趣味なのだ。
ゲームとかで、強いまま最初からやり直せる機能については経験上、理解が出来る。
人生をこの状態で初めからやり直すのか?
このまま天国に行くにしても、輪廻転生するにしても自我は失われるのだろう。
それに比べたら、余禄が付くのだったらほんの少しお得ではないだろうか。
ふむぅ……。
父母は健在だったが、再度幼児から生き直すとなると、どういう関係性になるかは謎だな……。
「いや、違うわよ。因果が確定した世界へは送れないわ。他の世界に今のまま送るの」
ほわわわと浮かんでいた将来計画をぶった切って美女がのたまう。
「はい? 今のままですか? 強くてニューゲームというのは?」
「今までの蓄積があるのだから、強いでしょ? それに新しい場所での新しい人生の開始。間違った事を言っているかしら?」
ずどんと言い切る美女に絶句する。
「いや、蓄積も何も……。生きるのに精いっぱいだったのですが……」
「それでも四十年近くも生きてきて、弱音を吐かない。まぁ、そうね。今のまま送っちゃうとすぐに死んじゃうから。肉体は健全な状態で現地で目立たないようにしましょう。大サービスよ?」
ばきゅんという感じでウィンクをかましながらのたまう美女に、曖昧な笑顔を送ってみる。
「えと、そもそもどんな世界に送り込まれるのでしょうか?」
聞いてみると、オーソドックスな剣と魔法の世界。
人間以外の種族もわんさかいて、くっついたり離れたりを繰り返している修羅の巷。
文明度はローマ時代も真っ青な青銅時代との事で。
どう考えてもアウトな案件だ。
「えと、出来れば天国か死後の世界か輪廻転生が……」
「もう無理!!」
美女のウィンク付きのテヘペロを前に、はぁと一つ息を吐く。
「すぐに死んじゃうと思いますよ? サバイバビリティ無いので」
私の言葉に、ふむぅと考え込んだ美女が、とんっと額を突いてきた。
その瞬間、ふわりと温かいものが頭の中に溢れてくる。
「自分の力を認識出来る能力を付与したわ。向こうでも分かるのは分かるけど、はっきりしないの。やった結果が着いてくるならやる気も出るでしょ?」
いやいや。
未来の話ではなく、今生き残れるかの話をしているのだ。
ちょっと待ってプリーズと手を上げようとした瞬間、ずぼっと足元が抜ける。
「あら、時間ね。あぁ、そうそう。何かあったら教会を訪れなさい。手が空いていたら相手してあげるわ。呼び出す時は、レリーティアと呼びなさいよ?」
ばいばーいっとひらひら手を降る美女の姿が、意識を失う間際に見た最後の光景であった。
ぽくぽくぽくぽくぽくぽく、ちーん。
回想を終えて、両手を肩の高さに上げて、首を振り振り。
アメリカンな溜息を一つ。
「荷物も何も無しでほったらかしですか。死ねと?」
最近久しく感じる事の無かった、沸々と湧いてくる熱い思い。
「この駄女神がー!!」
きっと叫んでも、私は悪くない。
いや、林かもしれない。
下草が伸びやかに繁茂する程度の密度でそびえ立つ木々の中に、私は一人立っている。
今まで着た事もない千早を思わせる身二幅のフェルトっぽい生地の上着。
サルエルパンツっぽいアンダー。
それにサンダルだけ。
うん、心と体を冷やすには十分だ。
ちなみに千早だけど、巫女さんが着ている上着みたいな感じになる。
おっさんが着てても可愛くとも何ともないがなー。
秋口を思わせる風は乾燥し、木々の間を吹き抜けている。
それに合わせてたなびく袖の感触を味わいながら。
どうしてこうなったとほんのちょっと前を思い浮かべてみた。
「はい、おめでとう。強くてニューゲームの開始よ」
抜けるように真っ白な空間は現実味と遠近感を失わせながら、厳然と現前している。
視線を下ろすと、生まれたままの姿の胸から足先までが映る。
右手をワキワキ、左手をワキワキ。
首をこきり、こきりと曲げたタイミングで口を開いてみる。
「ここ、どこでしょうか?」
目の前の美女の話によると、私は死んだらしい。
「もう見事なまでの過労死。夜中に一人で仕事をしていたらそのまま、ぱたん。キーボードに伏せている姿を仮眠と思われてたから、病院に連絡されたのは二日が経過していたわ」
私が所属していた会社はブラックである。
子供の頃から目に見えないものの判別しがたい声が聞こえる癖があった。
そんな私は幼稚園の頃から人に馴染めずいじめの対象になる事もしばしばだった。
コミュニケーション能力に問題がある男子が学生生活を送るのは、それはそれは惨めなものだ。
結局大学までの学生生活という苦行を何とかこなし、社会に出ようと思った折にはバブルが崩壊。
世はまさに、氷河期を迎えていた。
選り好みをせずに当たった数百社はことごとくお祈りされ、奇跡の如く受かった一社は手ぐすねを引いて待ち構えていたブラックな派遣業務であったのだ。
折しも労働者派遣法の改正がなされ、ブラックに非ずんば会社に非ずみたいな風潮が世間に蔓延していた。
モラハラ、パワハラ、アルハラ、セクハラ、あらゆるハラスメントを乗り越え、経験を積んで単価が上がりそうになると他の現場に飛ばされる日々。
四十を目前にして、諦観と将来の不安だけが友達さ状態であった。
最期に出向していたのは、下請けの開発会社。
週三十時間のタイムカードに記載されない残業は確実に体を蝕み、日々の不調を訴えていた。
それでも如何ともしがたい現実に立ち向かうべく、今日もスーツに身を包んで家を出たのだが、最近記憶が朦朧としていて出社後の事は明確に覚えていなかったのだが……。
「はぁ。死んじゃいましたか」
微に入り細に入り死んでからの説明を受けての開口一番がそれであり、美女の抱腹絶倒を目の当たりに出来たのはご褒美だろう。
瀟洒なドレープが数多散りばめられたローブ姿なのに、転がりながら大股になって地面を蹴るのはどうかと思ったが。
「で、強くてニューゲームとは何なのでしょうか?」
これでも四十年間生きてきたので、それなりの知識はある。
貧困と多忙の友はライトな趣味なのだ。
ゲームとかで、強いまま最初からやり直せる機能については経験上、理解が出来る。
人生をこの状態で初めからやり直すのか?
このまま天国に行くにしても、輪廻転生するにしても自我は失われるのだろう。
それに比べたら、余禄が付くのだったらほんの少しお得ではないだろうか。
ふむぅ……。
父母は健在だったが、再度幼児から生き直すとなると、どういう関係性になるかは謎だな……。
「いや、違うわよ。因果が確定した世界へは送れないわ。他の世界に今のまま送るの」
ほわわわと浮かんでいた将来計画をぶった切って美女がのたまう。
「はい? 今のままですか? 強くてニューゲームというのは?」
「今までの蓄積があるのだから、強いでしょ? それに新しい場所での新しい人生の開始。間違った事を言っているかしら?」
ずどんと言い切る美女に絶句する。
「いや、蓄積も何も……。生きるのに精いっぱいだったのですが……」
「それでも四十年近くも生きてきて、弱音を吐かない。まぁ、そうね。今のまま送っちゃうとすぐに死んじゃうから。肉体は健全な状態で現地で目立たないようにしましょう。大サービスよ?」
ばきゅんという感じでウィンクをかましながらのたまう美女に、曖昧な笑顔を送ってみる。
「えと、そもそもどんな世界に送り込まれるのでしょうか?」
聞いてみると、オーソドックスな剣と魔法の世界。
人間以外の種族もわんさかいて、くっついたり離れたりを繰り返している修羅の巷。
文明度はローマ時代も真っ青な青銅時代との事で。
どう考えてもアウトな案件だ。
「えと、出来れば天国か死後の世界か輪廻転生が……」
「もう無理!!」
美女のウィンク付きのテヘペロを前に、はぁと一つ息を吐く。
「すぐに死んじゃうと思いますよ? サバイバビリティ無いので」
私の言葉に、ふむぅと考え込んだ美女が、とんっと額を突いてきた。
その瞬間、ふわりと温かいものが頭の中に溢れてくる。
「自分の力を認識出来る能力を付与したわ。向こうでも分かるのは分かるけど、はっきりしないの。やった結果が着いてくるならやる気も出るでしょ?」
いやいや。
未来の話ではなく、今生き残れるかの話をしているのだ。
ちょっと待ってプリーズと手を上げようとした瞬間、ずぼっと足元が抜ける。
「あら、時間ね。あぁ、そうそう。何かあったら教会を訪れなさい。手が空いていたら相手してあげるわ。呼び出す時は、レリーティアと呼びなさいよ?」
ばいばーいっとひらひら手を降る美女の姿が、意識を失う間際に見た最後の光景であった。
ぽくぽくぽくぽくぽくぽく、ちーん。
回想を終えて、両手を肩の高さに上げて、首を振り振り。
アメリカンな溜息を一つ。
「荷物も何も無しでほったらかしですか。死ねと?」
最近久しく感じる事の無かった、沸々と湧いてくる熱い思い。
「この駄女神がー!!」
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