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第4章:三月のディスコード(14)

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 三年生の卒業式が終わって四日後、三月の第三火曜日。
 人口の少なくなった校舎を、まだまだ冷たい風が貫いていく。

 今日の四時間目の国語は先生が休みで、代わりに自習課題が出た。
 教科書の説明文を読んでプリントの問題を解き、自己採点まで終えてから提出するというもの。

 面倒な自習課題であろうと、やることが決まっている状態は今の僕には心地よかった。
 問題を解いたあと、模範解答を見て赤ペンで丸つけをしていく。長い記述問題は、自分で書いた答えが正解なのかよくわからないから、とりあえず解答例を横に写した。

 ちょうど全ての課題を終えたその時、下のほうからコロコロコロ、という音が聞こえてきた。
 足元を見ると、高級そうな木軸のシャープペンシルが僕のところに転がってきている。

 斜め前の席で突っ伏していた水島くんが、ペンの落ちた音で目が覚めたようで、眠そうに目をこすりながら顔を上げた。
 
「大丈夫? これ水島くんのかな?」
「拾ってくれてありがとう。申し訳ない」
 水島くんは僕からペンを受け取って筆箱に入れると、机の上に放置してあったメガネをかけ直した。
 登校時にはよく整えられていた髪型が、くしゃくしゃに崩れている。

「疲れでも溜まってるの?」
 水島くんが居眠りとは珍しいと思って、尋ねてみた。
「ちょっとね、春休みにうちで主催する、市の生徒会の合同イベントの準備で余裕がなくて」

 どういうイベントなのか知らないけど、水島くんが居眠りするほどであれば、よっぽど大変な仕事なのかと想像した。

「先輩がひとり体調不良で学校をしばらくお休みしてるんだけど、その人が担っていた部分が結構大きくてね」
 水島くんが困ったように笑いながら言った。

「水彩画の上手な人で、イベントのポスターもその先輩に作ってもらう予定だったんだけど、それも考え直さないといけなくて。当日まで二週間切ってるから、今から生徒会以外の人にお願いするのも難しいし」

「そっか、春休みに入っても忙しくて大変だね」
 長期休暇もタイトなスケジュールで動く水島くん。「将来有望」という単語を絵に描いたような中学一年生だ。僕の春休みの半分くらいは水島くんに分けてあげたほうが、世のため人のためになる気がする。

「心配してくれてありがとう。とはいえ、それが終われば僕にもバカンスが訪れるよ。そういえば、篠崎くん、春休み時間あるかな? 篠崎くんが興味を持ちそうなアート展が開かれるんだ」
「いいね、行きたい!」
「うれしいよ。じゃあまた日程連絡するね」

 惰性で部活に行くだけの日々だと思っていた春休みが、少しだけ楽しみになってきた。
 そうだ、僕の居場所は河川敷だけじゃない。
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