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第4章:三月のディスコード(10)

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 ※ ※ ※

 助け船は、案外早く訪れた。
 久しぶりに卓球部の練習に参加した翌日、二月の第三水曜日。

 帰りのホームルームで、担任の先生がクラスの一人ひとりと目を合わせるように視線を動かしながらこう言った。
「今日からテスト期間ですね。練習許可願を提出している部活以外は休みだと思います。しっかり、テスト勉強頑張ってください」

 そう、二月下旬は学年末テストの時期だ。
 定期テストの一週間前からは、部活が休みになる。
 そういうことで、僕は今日からしばらくの間、正当な理由で放課後すぐに学校を出ることができる。
 勉強しなくちゃ、という気持ちは二の次。

 帰りの挨拶が終わるなり、僕は早足で河川敷に向かった。

 ※ ※ ※

 同じ帰り道を歩く小集団を次々追い抜いて、河川敷の入り口にたどり着いた。
 階段を上り、川岸に目を凝らす。
 ススキに隠れて見えにくかったけど、いつもの場所あたりに、紺色のセーラー服に身を包んだ女の子の後ろ姿が見えた。
 見慣れたそのロングヘアが視界に入るなり、全身の疲労がすーっと消えていった。

 階段を一段飛ばしで降りて、川岸へ向かう。
 視界には遥奏しか入っていなかった。
「すみません!」
 途中のアスファルトで通行人のおじさんとぶつかりそうになり、あわてて避ける。

 シャトルランの自己ベストを更新できそうな勢いで両足を動かし、数メートル先に遥奏が見える位置まで来た。

「遥奏!」
 黒髪は、微動だにしなかった。
 聞こえなかったのかと思って、近づきながらもう一度呼ぶ。
「おーい、遥奏!」
 けれど、緑色のリボンは、川の方を向いたまま。

 僕は、遥奏の左隣まで移動して、もう一度呼びかけた。
「ねえ、遥奏!」
「何よ!」
 遥奏がやっと僕の方に体を向けながら、半歩後ろに下がった。

 弓のように曲がった唇。
 水平線のようにまっすぐ伸びた二重まぶた。
 大きな瞳はその中に僕を描くことなく、足元のコンクリートを彷徨っている。
 
 遥奏のこんな表情を見たのは初めてだったけれども、どういう気持ちでいるのかは想像できた。

「遥奏、ごめん、昨日来れなかったのは……」
「私、バカみたい。ずーっとひとりで待っててさ」
 薄桃色の唇から、声が吐き捨てられた。

「女の子と約束があるならそう言ってくれればいいのに」
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