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第4章:三月のディスコード(7)

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「おかしいとは思っていた」
 父さんが、冷たい目で僕を見据えながら続ける。
「一向に試合の話は出てこないしな。写真に写っていないだけならまだしも、普通、試合があれば、日曜日に部活に出て行く日があるはずだろう」

 何も言えずに口をパクパクさせる僕。
「ずっと、部活に行くふりをしていたってことか!」
 父さんが机を叩いた。
 カタカタ、と、陶器が音を立てる。カップの中の紅茶が波打った。

「部活に行かずに、今まで何をしていたんだ?」
「えっと、その……」
 河川敷で絵を描いていました、とは言えず、僕は言葉を濁す。
「まさか、悪い遊びでもしてたんじゃないだろうな?」
「そんなことは……」
「こういうことがあるから、中学生は運動をして健康的に過ごす必要があるんだ」
「違う、違うって!」
 どんどん悪い方向に誤解されている。
 これは、ほんとうのことを言ったほうがいい。

「じゃあどこで何をしていた?」
「絵を……」
「なんて?」
 もう、あらいざらい言って証拠も出したほうがいいだろう。
「ちょっと待ってて」

 部屋からスケッチブックを取ってきて父さんに見せる。
「枝杜えと川の河川敷に行って、絵を描いていたんだよ」

 父さんはスケッチブックをパラパラとめくると、やがてテーブルの上に放り投げた。
 秋頃に描いたアカツメクサが、冷たい木材の上でうつ伏せになった。

「まあ、変なことに巻き込まれていたんじゃないようで、それは安心した」
 父さんの声は、さっきよりもトーンダウンしていた。
「でもな」
 諭すように続ける父さん。
「こんな落書きをしているより、中学生——特に男子は、運動して健康な心身を育むべきなんだ」

 落書き。
 その単語が、僕の意識から色彩を消し去った。
 ……いや、違う。
 僕が見ている世界に、もともと色彩なんてなかったんだ。
 数ヶ月ぶりに思い出した、世界の味気なさ。
 やがてそれは、僕の中に冷たい安堵感を呼び起こした。

 父さんが、僕を目覚めさせてくれた。
 毎日のように遥奏に絵を褒められて自信をつけてしまいそうだった僕に、自分が崖の下の人間であることを思い知らせてくれた。
 『好きなこと:特になし 得意なこと:特になし』の取るに足らない人間。それが僕の姿。間違っても、「ガハク」になれる可能性なんて夢見てはいけない。
 自分の姿を見誤らなければ、七年前のような喪失感を味わうことなく日々を過ごせる。

「わかったら、明日からは部活頑張れるな?」
 「明日」という単語が、僕の中の安堵感を瞬時に消し去る。
「えっと……」
 だって、明日は——
『楽しみにしといてね!』
 記憶の中で輝いていた笑顔が、粉々に崩れ落ちた。

 ここにきて僕は、あんなに顔を合わせていたのに遥奏と連絡先を交換していなかったことに気づいた。

「明日から、ちゃんと練習に行ったかどうか、片桐先生に毎日報告していただくようにするからな」
 そんな。
 せめて明日だけは。
 あと一日だけ、河川敷に行かせてください。
 なんて言うことはできなかった。
 そうしたい口実をこしらえる力量も、ほんとうの理由を伝える度胸も、僕は持ち合わせていなかった。

「すまん、つい怒鳴って悪かった」
 そう言って父さんがカップを口元で大きく傾ける。
「もう二度とサボるな」

 空っぽになったカップが、音もなくソーサーの上に戻された。
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