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第3章:重ね塗りのシンフォニー(3)

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 遥奏に連れていかれた先は、四駅先の水族館だった。
「待ってごめん、僕、今日お金持ってないかも」
 入り口付近で自分の所持金事情を思い出した僕は、遥奏にそう告げた。
「大丈夫! 私出すからさ、付き合ってよ!」
 人からお金を借りるのは気が引けたけど、強引に引っ張られたようなもんだし、ま、いっか。
 
 そうして僕らは受付を済ませ、館内を回り始めた。
 薄暗く照らされた、幻想的な内装。
 水槽の中で、色とりどりの海洋生物が各々のペースで泳いでいた。

「見て、かわいい!」
 小さな子供みたいにガラスに顔を近づけて、魚の動きを目で追う遥奏。
 魚それ自体に強く興味を惹かれなかった僕は、遥奏から一歩引いて、館内の様子を見回していた。

 視界の端に、男の子が映った。
 紺と白のストライプの長袖Tシャツに、ベージュの長ズボン。マジックテープで止めるタイプのスポーツシューズ。
 背丈からして、四歳か五歳くらい。
 近くに同伴者の姿はなく、あたりをキョロキョロと不安げに見渡していた。
 見るからに、迷子だった。

「ねえ、秀翔! 見て見て!」
 遥奏が水槽を見ながら僕の名前を呼ぶけど、それどころではない。
 どうしよう。やっぱ、声かけたほうがいいよな。
 でも、なんて声かければいいんだろう。
「秀翔ってば!」
 呼びかけに応じない僕を不審に思ったか、遥奏がこちらを見た。そして、僕の目線の先を追う。

 次の瞬間、遥奏は男の子に駆け寄っていた。
 タンタンタン、とスニーカーが床の上を跳ねて小気味好い音を立てる。
 さすが遥奏。
 遥奏はこういう人だ。
 「こうしよう」と思ったことを、すぐに行動に移せる人。
 僕みたいに、ためらったりしない。

「どうしたの? お家の人は?」
 男の子と目線を合わせて、明るく声をかける遥奏。
 僕も、行っても特に役に立てることはないと思いつつ、一応男の子と遥奏の方に向かう。
「お名前なんていうの?」
 お気に入りの魚を見た直後のハイテンションのまま、男の子に問いかける遥奏。
 勢いに気圧されたのか、男の子は遥奏を見て押し黙っている。

「お家の人とどこではぐれちゃったか覚えてる?」
 思ったことをすぐ口にできるところ。
 それは間違いなく、遥奏の強みだ。
「お姉ちゃんに任せて! 黙ってちゃわかんないよ! 一緒にお家の人探そ!」
 だけど、それが、裏目に出ることもある。

「うわあああああああん」
 男の子が泣き出した。
 遥奏には、決して威圧する意図はなかったと思う。
 けど、矢継ぎ早に質問された男の子は、びっくりしちゃったんだろう。
 遥奏なら「ごめんごめん、落ち着いて」なんて言ってすぐに立て直せるはずだ。
 そう思っていた。

 ところが、僕が二人の前にたどり着くと、
「遥奏?」
 そこには、石化したように固まっている遥奏がいた。
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