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第2章:胸の奥からクレッシェンド(18)

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 ※ ※ ※

 それからまたしばらく、僕らは館内を回った。

 じっくり作品を堪能したくなったのか、喋り疲れたのか、水島くんはいつの間にか僕のガイド役をやめていて、僕らは各々のペースで鑑賞を進めていた。
 
 奥に進むと、小部屋のような場所の入り口が目に止まった。
 人がひとり通れるくらいの入り口の隣に、きらびやかに飾り付けられた案内板。
 中学生の水彩画コンクール優秀作品を展示しているとのことだった。

 せっかくだからこれも見ていこうと入り口をくぐる。
 学校の教室より少し狭い部屋に、僕は足を踏み入れた。

 壁に、数十枚ほどの風景画や人物画が飾られている。
 応募要件で決まっていたのだろう、サイズはどの作品も一律で四つ切り画用紙。

 中学生の作品だと知った上で見るからというのもあるかもしれないけど、さっきのプロの人たちの作品よりは、神々しい雰囲気は感じられない。
 それでも、僕と同年代の人が描いたとは思えないほど美しい作品がたくさんあった。

 部屋の半周ほどを歩いた時だ。
 壁面の『最優秀賞』と書かれた掲示の前で、足が止まった。

 うちの中学校の生徒の作品だった。
 僕の記憶が正しければ、たしか美術部の人だったはず。
 掲示の下の水彩画に、目が吸い寄せられる。

 真ん中に、大きな樹木があった。生命の活力を感じさせる、鮮やかな緑色の葉。どっしりと構える太い幹。
 木陰に、子供が二人座っている。
 藤紫のワンピースを着た女の子。
 その右隣に、同じくらいの背丈の男の子。モカ色のTシャツにブラックのハーフパンツ。
 二人とも、同じ黄色い帽子を被っている。日よけのタレが後ろについた帽子のデザインからして、幼稚園児か保育園児がモデルだろうと思われた。
 カラフルなシートを二枚繋げて座っている二人。それぞれの足元に、弁当箱と水筒がひとつずつ。
 シートの外には、黄緑色の芝生が広がっていた。
 季節はおそらく夏頃の設定か。枝葉の隙間から日の光が漏れて、二人をやさしく照らしている。

 眺めているだけで今にも蝉の鳴き声が聞こえてきそうな、生き生きとした色遣い。
 右下のほうに、切れのいい字で『C.S.』とサイン。
 四つ切り画用紙のあちこちに目を配り、その絵画の魅力をなめるように堪能した。

「きれいだね」
 いつの間にか水島くんが隣に来て、僕と同じ絵を見ていた。
 僕は頷いて言った。
「うちの美術部って、レベル高いんだね」

 年度始めに体育館で見た部活動紹介を思い出す。
 野球部を皮切りに運動部による元気な挨拶や面白い出し物が続いて、美術部の出番は最後だった。
 三年生と二年生が三名ずつ。「部」として認められるには部員が最低五名必要。三年生が抜けたら三名になるからギリギリとのことだった。
 球技系の部活のような華のあるスピーチはしていなかったけど、繊細な色遣いが施されたポスターから、美術に真剣に取り組んでいることが伝わってきた。
 学校では目立たなくても、特技を突き詰めて力を発揮している人たちは、僕には眩しく輝いて見える。

 何かを「好き」と言う資格を持っている人たち。
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